第十二話 特殊能力者協会
朝からゲリラ豪雨が降っている。バシャバシャと窓ガラスを叩く雨が鬱陶しい。地上四十五階建ての高層ビルから拝む景色は圧巻だが、水しぶきで何も見えなかった。
ここは経済の中心地、氷川SCにそびえ立つ特殊能力者協会、通称協会の本部だ。高層に位置する副会長室で一人の女性がパソコンに向かって作業をしていた。
「はぁ……雨は嫌だなぁ。南に会いたい……」
女性の名前を黒川亜梨沙と言う。協会の副会長だ。日本人らしい黒髪のミディアムボブ、きりっとした顔立ちでクールな印象だが、突如その表情が緩んだ。
「あ! 特能試験ばっくれて南と遊びに行っちゃおうかしら!」
南は溺愛している弟だ。過剰なスキンシップは協会内でも有名であった。「えへへ♪」亜梨沙はしばし妄想にふける。才色兼備のくせに浮いた話が一つも無いのはこの性癖のせいである。
協会の業務は異人街の治安維持、DMD等の対策、異人の保護、仕事の斡旋、訓練校の運営、特殊能力者の認定など多岐にわたる。亜梨沙は二十代の若さでそれらを統括する立場にいるが、いきすぎたブラコンゆえに暴走することがあった。
「まあ……特能試験をばっくれるのはヤバイかぁ。ぴえん」
特殊能力者に登録されると様々な特権を得るため、普通人の偽物や替え玉受験が後を絶たない。審査員は異人なのでマナを視れば一目瞭然なのだが、マナが視えない普通人にも分かる基準を設けることが重要であり、そのために検査機器がある。
異人が能力を使う時、脳波や電磁波に大きな変化が現れる。また、マナを使って生み出したエネルギーは可視化することが可能だ。能力の反動を逃がす排マナも計器で視認できる。協会を異人のみで運営すると公平ではないので、当然普通人も多数在籍しており、彼等にも理解できる明確な基準が必要なのである。
亜梨沙は特殊能力者の上級資格「ギフター」である。等級はAAA級だ。ギフターはSSS級からD級まで十五等級に分かれていて、協会のギフターと言えば異人反社組織が震え上がるほどの知名度があった。
一方、無所属で実践レベルの異能を備えた異人を「ストレンジャー」と呼ぶ。ストレンジャーの中にはギフター以上の異能を秘め、マナの扱いに長けた怪物が存在する。彼らは異人街の深層部で、それぞれの組織の長になっているのだ。
「そろそろランチの時間ね。その後は雑誌の取材と試験かぁ。今日も忙しいわねえ」
亜梨沙が腕時計に視線を落とすとドアがノックされた。返事をすると弟の南が入ってくる。
「姉さん……DMDの現場が終わった。一応……報告に来たよ」
寝癖を掻きながら報告している。姉に似て整った顔をしているが、気怠そうな態度と無感情の瞳がそれを台無しにしていた。しかし亜梨沙は南に抱き付くと頬ずりをする。
「み・な・みぃ♪ お疲れさまぁ! うりうりうりー!」
南は十五歳である。年齢が離れているため、溺愛っぷりに拍車をかけていた。激しい抱擁中、南は人形のように動かない。すると後ろに控えていたフィオナ=ラクルテルが口を開いた。
「副会長……それはセクハラよ」
「はぁ? 実の姉弟なのに、どこがセクハラなのよ!」
「『実』だからこそ色々とまずいじゃない……私は南の貞操を守らなければならないわ」
「どの口が言ってんのよ! あんたが一番ヤバイっつの! 弟との交際なんて、ぜーーっ……たぁいに認めないんだから! このエロ騎士!」
フィオナはアルテミシア騎士団の騎士でA級ギフターでもある。協会と騎士団は協力関係にあり、互いに人員が行き来しているのだ。亜梨沙とフィオナが言い争っているとパソコンからメールの着信音が鳴った。亜梨沙は南を解放してモニターを覗く。
「んー? あらあら、ちょっと面倒なことになっているわね」
亜梨沙は席に座ると長い足を組んだ。
「異人組織のカラーズが東銀に潜伏し龍尾と接触しようとしているみたい」
フィオナが首を傾げる。
「……カラーズ?」
「東国やロシア、中国で活動しているグループよ。密航や薬物の密売、武器売買などを手広くやっている多国籍組織。日本での目撃情報は無かったんだけど、どこかのブローカーが手引きしたのね」
亜梨沙はそこまで話すと二人を見た。先刻まで南をあやしていた緩い表情は消えている。南とフィオナは姿勢を正した。
「カラーズが龍尾と接触する前に捕えてちょうだい。迅速にね」
「……殺していいの? 姉さん」
「カラーズはドラッグに強い組織よ。もしかしたらDMDの密売が目当てかもしれないわ。異人街の薬物汚染は協会が解決すべき事案……拘束が難しい場合は――殺害を許可する」
「分かったよ」
亜梨沙の言葉を聞いて南は笑みを浮かべた。




