愛しい日々をあなたに 〜魔法省特務課の事件簿〜 野良の使い魔
「やはりお前が野良使い魔で間違いないようだな。躾がなってねぇ使い魔だ。使い魔なら使い魔らしくブラブラしてねぇでさっさと契約者の元へ帰りやがれ、それともこの俺が引導を渡してやろうか?」
「グルルルルルッァ゛……!」
ーーど、どうしてこんな事にっ……
対峙するレガルドと巨大な魔法生物の間で、菫は只々狼狽えるだけであった。
◇
◇
◇
◇
「契約した使い魔が戻らない?」
「そう。魔法省の相談窓口に直接訴えに来た魔術師によると、ひと月前に召喚した使い魔が勝手に飛び出して行ったっきり戻って来ないそうなんだ」
特務課長のウォーレンが出動要請の書面をピラピラさせて答えた。
ミーガンが筆談で語る。
【だって使い魔は召喚され契約した人間の命令に従うものでしょう?契約違反となると誓約魔法が発動して制裁を受けるはずだわ】
ウォーレンが首を傾げた。
「そうなんだよなぁ。でもどうやら契約時と互いの立場が逆転したようなんだよ」
「そんな事ってあるのですか?」
菫が皆にお茶を配りながら訊いた。
「ごくごく稀にだけどあるらしいんだ」
なんでもこの世界とは違うフェーズに棲息する魔力を持ち魔法を扱える生物、(以後魔法生物と呼ぶ)を特別な術式を用いて召喚し、使役するには誓約魔法にて必ず契約を交わすのが取り決めとなっている。
その際に術者は召喚した魔法生物に使役内容を提示し、魔法生物は術者の魔力量が使役対価と釣り合うかを見る。
そして双方の条件が合えば契約成立となり使役出来る仕組みになっているのだ。
が、ごく偶に契約時よりも術者の魔力量が下がったり、反対に使役魔法生物の魔力量が上がる等して力のバランスが崩れる事があるそうなのだ。
その変化にいち早く気付ければ、早々に契約終了として魔法生物の使役を解き、元の世界へ戻す事が出来るのだが、依頼人は使役生物の変化に全く気付けず、漸く気付いた時には制御不能となっていたらしい。
「そしてそのまま何処かへ逃げ去って帰ってこないと。野良使い魔だな」
レガルドが腕を組んでそう言った。
今日は全身変身で有名絵画の人物になっているコーディが嘆息する。
「はぁ……こっちにいれば魔力のつまみ食いし放題だもんねぇ」
そして話をしながらもレース編みの手を止めずにフランキーが言った。
「でもどうしてパワーバランスが崩れたんだろう?魔法生物が契約者以外の人間からつまみ食い出来る魔力は高々知れているはずだが……」
「運良くむっちゃ質のいい高魔力保持者を見つけて、毎日つまみ食いしたんだろうね。しかもよっぽど魔力の相性が良かったんだよ」
【その魔法生物って絶対にオスね!これだから男なんて生きものは嫌いなのよ!】
「性別は関係なくない?」
「とにかく、その魔法生物を探して、見つけ次第捕獲。場合によってはその場で強制送還もやむを得ないだろう」
「その魔法生物の特徴は?」
「依頼者の話だと赤い目の黒猫みたいな容貌をしているらしい」
「赤目の黒猫ね、了解」
「赤目の……黒猫?」
使い魔の特徴を聞き、菫が反応した。
「菫?」
レガルドが菫を見る。
菫はウォーレンに訊ねた。
「……もしかしてその使い魔は、シッポの先が白くないですか……?」
その言葉を受け、ウォーレンが再び依頼書に目を落とす。
「ああ、赤目の黒猫のような容貌、シッポの先が白くなっていると書いてあるよ。ん?スミレ?何でそれを知ってるんだ?」
「わ、私……その子知ってます……」
「え?」「は?」「知ってる?」
「近頃、魔法省の給湯室に面した裏庭に住み着いている炭ちゃんが……そんな特徴で……でもとっても可愛くて、赤い目が珍しくて綺麗で……それでお友達になったの……」
菫がそういうとレガルドが眉根を寄せた。
「え゛……もしかしてその炭ちゃんが例の野良使い魔だったとして、そいつがつまみ食いしてた魔力って……」
「わ、私の……魔力?」
「っクソ使い魔めっ!よくも菫の魔力を勝手に!」
カッとしたレガルドが刀を手にして裏庭に向かおうとするのを菫は必死に止めた。
「待ってレガルド様っ……!まだそうと決まったわけじゃないわ、その子の事は私に任せてっ」
「ダメだっ、特務課に依頼が来るような案件だぞっ!危険過ぎる!」
レガルドがそう言うと、横からのんびりとしたウォーレンの声がした。
「いや?他所にくらべてウチが暇だからじゃな~い?」
「だとしても駄目だっ!」
そう言ってレガルドはダッシュで部屋を出て行った。
「あぁっ……レガルド様っ!」
そうして、突然殺気を漲らせて飛び込んで来たレガルドを見た野良使い魔が、一瞬にして黒猫モードから巨大な黒豹のように変化して臨戦体制を取った。
その姿を認めたレガルドと使い魔が対峙し、冒頭のシーンとなったわけである。
「やはりお前が野良使い魔で間違いないようだな。躾がなってねぇ使い魔だ。使い魔なら使い魔らしくブラブラしてねぇでさっさと契約者の元へ帰りやがれ、それともこの俺が引導を渡してやろうか?」
「グルルルルルッァ゛……!」
「どうだ?菫の魔力は美味かったか?そりゃあさぞ美味かっただろうなぁ?俺だってさすがに菫の魔力は食った事がないというのにっ!羨まし過ぎるだろがゴルァッ!!」
「え?そこ?怒るとこそこ?」
「いくら自分の奥さんだからって魔力は食べないもんねぇ」
【男ってホント馬鹿っ!!】
後から追いかけて裏庭に来た皆がそう言いながら傍観している。
レガルドなら一人で捕まえるだろうと高見の見物を決めたようだ。
菫はその皆よりも一歩前へ出てレガルドと使い魔を狼狽えながら見ていた。
「ど、どうしましょう……」
「ガルルルルルルァッ!」
牙を剥き出しで威嚇する巨大な魔法生物を相手に少しも怯む様子もなくレガルドが刀の柄に手をかける。
「上等だコラ゛掛かって来い、躾し直してやる」
ーー駄目、どちらも怪我をしてしまうわ……!
「ガァァァッーー!!」
使い魔が巨体に見合わず俊敏な動きでレガルドに飛びかかった。
「宅急便で異界に送り返してやらぁっ!!」
それを迎え撃つべくレガルドが抜刀しようとしたその時、
菫がかつてないほどの大声を上げた。
「炭ちゃん駄目よーーっ!!」
それを聞き、驚いたレガルドがその場で止まり、使い魔は「きゅん!?」と鳴いて元の小さな黒猫の様な姿に戻った。
そして菫の側に駆け寄り、その胸の中に飛び込んだ。
「あっ!コラてめぇっ!」
菫は“炭ちゃん”に戻った使い魔を抱きしめながら言う。
「レガルド様もやめてっ、もう炭ちゃんはお利口さんに戻ったわ」
「だがな菫っ……」
「まぁまぁ若。落ち着いて下さいよ」
突然現れた桐生にレガルドが言う。
「お前、外に出てたんだろ。いつの間に帰ってたんだよ」
「今し方。そしたらこんな面白い事になってるんで見物してたんですよ」
「面白くなんかねぇわ」
「面白いですよ、使い魔に菫様を取られる若を見るのは」
「てめぇ……」
そんな元主従のやり取りを他所に、ウォーレンが菫に言った。
「まぁなんやかんやと言ってスミレのおかげで捕獲出来てスピード解決だ。お手柄だぞスミレ」
「いえ、私は何も……」
使い魔だと知らずに仲良くなっただけで菫は何もしていない。
お手柄だと言われても困るばかりである。
「きゅぅん?」
使い魔は……炭ちゃんは不思議そうに菫の顔を見上げていた。
結局、炭ちゃんがどうなったかというと……
「お前……契約者との契約は解除されたんだから帰れよ」
「きゅきゅきゅん」
「きゅんじゃねぇよ、なんでウチに住みついてんだよ」
「きゅきゅん♪」
「ふふ」
すっかり菫の事が気に入ったらしい炭ちゃんは、契約が切れても元の世界に戻らずに菫とレガルドの家に棲みついたのであった。
魔力を与える菫が認めているのだから、この世界に留まる事が出来るらしい。
契約の儀式も誓約魔法も必要ない、友情という名の契約だ。
菫に馴れ馴れしいこの使い魔がレガルドは気に入らない様子だが、結局は菫が喜んでいるので諦める事にしたらしい。
それにこの使い魔は、菫の身に危険が迫った時は全力で戦うはずだ。
それも鑑みて同居を認めたのだった。
リー家に新しい家族が増えたというわけだ。




