Act.86 合流 <2>
二千九十八年 三月三十一日。
イアノートが手配したという車両に乗り込み羽田空港から程近い駐車場へと降り立ったシェリルは、車内にてHNS(ハーモナイザースーツ)へと着替えた肢体を温い外気に晒した。
括った銀髪をヘルメットの中に上手く収めるように手繰りつつ、一種のヘッドマウンドディスプレイと化しているフルフェイスヘルメットを被る。
周囲を見回すように首の稼働具合を確認してから耳裏のシールドディスプレイの収納スイッチを叩くように押すと、頭上から降りたスモークシールドによって視界が薄い夜を帯びた。
「シェリル様、こちらも」
「すみません、ありがとうございます」
同乗していたイアノートから差し出された棺のような黒塗りの箱を受け取り、錠に指先を当てて思念波を送信する。
「AIUの調整は全て済ませてありますので」
認証確認を終え開錠された箱の中に収まっていたのは、二丁の拳銃型AIUと分解された銃のパーツが一式。
取り敢えず分解されたパーツを手に取り慣れた手付きで組み立ててゆくと、完成したのは対物ライフルのような形状をした大型の射撃特化型AIUであった。
これは俗にライフル型と呼ばれるAIUであり、軍で一般的に普及しているものとしては『FLAME』などが存在しているが、手元にあるAIUはどうやらそれらとは仕様が大きく異なっているらしい。
「これは…?」
確認の意味を込めて思念波を送信してみると、装置の起動とともにシールドディスプレイの一端に装置の稼働状況を知らせる情報が表示された。
「こちらは『エクスーシア』と呼ばれるAIUです。
長距離射撃に特化した射撃兵装で、実弾の代わりに詞晶石を詰めた弾丸を装填、思念波によって再変換しビ―ムとして銃口から射出する兵器です」
そう言ってイアノートが手渡してきた箱の中には、直径十三センチはあろう巨大な弾丸とその弾丸を装填する専用のマガジンが収められていた。
「では、ここにある弾数が使用限界ということでしょうか」と弾丸をマガジンに装填しながら尋ねたシェリルに「いえ、こちらに『Fパック』と呼ばれる一時的に圧縮詞素を保存できる装置を用意いたしましたので、こちらに詞素を充填していただければ弾丸がなくとも継続して運用可能です」そう答えたイアノートが専用のマガジンに似た形状の装置を手渡してくる。
「物質化せずに詩素を保存できるのですか?一体どうやって…」
Fパックと呼ばれていた装置をイアノートから受け取りつつ、さらりと言われた言葉にシェリルは驚愕を露わにした。
物質が分子間に詩素を吸蔵しようとする力(吸蔵圧)が、残留思念の干渉力よりも大きくなった瞬間。詩素は物質内部に吸蔵され、再利用することが困難になってしまう。
だからこそ詞晶石という生成物が開発されたのであり、詞素を粒子状態のまま保存できる技術があればそれこそ詞晶石を超える大発明では――?
そうした意味合いを強く滲ませた疑問に、イアノートは淡々と答えた。
「襲さまが開発なされました。基本的な原理でしたら把握しておりますが、詳しい話が聞きたいのでしたら後日ご本人に訊かれるのが宜しいかと」
胸中に芽生えた驚愕と動揺を押し殺し、シェリルは頷く。
「…そうですね、わかりました」
今第一に優先すべきは、与えられた任務を全うすること。
彼女は自身をそう首肯させ、意識を無理やり装備の準備へと切り替えた。
試しにFパックへと詞素を注ぎ込んでみると、充填率を知らせる表示がシールドディスプレイの一角に映り、充填開始を知らせるアラートがヘルメットの中で鳴り響く。
有事の際に備えて充填を完了させてから、シェリルはスーツの背中に取り付けられているハーモナイザーの上の金具に銃身を接続し懸架すると、続けて一対の拳銃へと視線を落とした。
普段は「結合術式」によって形成した力場を銃に見立てることで、「ガンクラフト」と呼ばれる構成術を行使しているシェリルだが、箱に納められたAIUに彼女は少なからずの親しみを持っていた。
拳銃としては長銃身に分類されるであろう二丁の拳銃。
銀のバレルが特徴的な自動式拳銃型AIU「ペネトレーター」と、黒のバレルが特徴的な「レベニューシェア」。
どちらも先日のうちに襲がシェリル専用に調整を終えていたモデルで、元々は鳴神家の倉庫に埋まっていた骨董品らしい。
しかし独自のチューニングを終えた銃身のデザインは近代的なもので、シンプルながら気品を感じさせる造形は年代もののAIUに有りがちな不格好さは感じられない。
腰の左右のヒップホルスターにそれぞれの銃身を収めたシェリルは、最後に八本の刃物を持参のケースから取り出した。
うち、一本が肉厚のコンバットナイフで、もう一本がバヨネットと呼ばれる銃口に取り付ける細見のナイフ。残りの六本は流線型の幅広い刀身をした銀のスローイングダガーである。
コンバットナイフを背中を横切るように装着したホルスターに差し、バヨネットもそれに習う。残りのスローイングダガーは両足のレッグホルスターに三本ずつ収めた。
「私は一足先にアイハ・フォノニクスに戻っておりますので、何かありましたら無線にご連絡下さい」
「わかりました、では――」
全ての戦闘準備を終えたシェリルが一礼すると、それに応じてイアノートも深く腰を折る。
イアノートが伏せた顔を上げたときには、既にHETマジックを発動させたシェリルが飛ぶように駆け出していた。乗り捨てられた一般車両と駆け付けた軍の装甲車を跳び超え、空港へと向かう。
その背中を、イアノートは無表情に見送った。
『御武運を』
同刻、同じくイアノートの言を背に受けた襲は、《マーナガルマ》のコックピットのハッチを開け、その眼下に羽田空港の輪郭を収めていた。
なぜ襲が空港に降下しようとしているのかと訊かれれば、帰還途中に入ったミルハレーナの無線から羽田空港のおおよその現状を察し、事態の収拾へと乗り出した為である。
「ああ、さっさと片してくる。昼寝もしたいしな」
イアノートの洗礼に低く呻くように応じると、イアノートが微かに笑ったような気がした。
ふと、明日香から手渡された校章のことを襲は思い出す。
腰に巻いたポーチを弄ると、詞晶石を模した金属製の校章バッチが掌の上に転がるように乗った。
だが、手にした校章がやけに重たく感じるのは何故だろう。
そんな疑問が浮かび、沸き上がった黒く淀んだ感情が腐食にも似た緩慢さでじくじくと心を蝕む。それはハンニバルの侵蝕にも似ていて――。
ため息を零しつつスーツの左胸にバッチを留めると、それがより表面化してゆくのを自覚した。思わず、柄にもなく苦笑する。
左胸に輝く校章は金属特有の光沢を放ち、薄れ始めた現実味に一点の色彩を付けたようにも感じた。
感傷的になった心象を悟られまいと一つ一つの挙動に留意しながら、コックピットの内壁を叩いて黒の箱を引き摺り出した襲は、錠として取り付けられた認識装置に思念波を送信し中に収納されていたものを“抜き放った”。
襲の左手に握られたのは、剣型のAIU。
反りの少ない片刃の刀身は直刀に近く、外見はまさしく「刀」と呼ぶ他ない。
銘は「霈」。
濡れたような刃が特徴的な霈は、元々軍で支給されている高周波ブレードをAIUへと改造した代物である。
そもそも霈のベースとなった高周波ブレードとは、振動発生装置とバッテリーを柄に内蔵したブレード形態の近接兵装のことで、超高周波の交流電流により刀身に用いられた金属の金属結合を強化しつつ、共振により対象物を構成する原子間の結合力を弱め、切断する。
対人兵器としてならば非常に高い殺傷能力を誇る高周波ブレードだが、ハンニバルが相手となると話は別だ。
柄の空洞は元々バッテリーを装填する為に作られた構造だが、AIUとして流用するにあたり、Cボックスを装填する仕様となっている。
腰のポーチから取り出したCボックスをカチッと柄に装填する動作は銃のリロードさながらで、日本刀を思わせる造形と合わせて見ても多少の違和感だけが感じられる程度には様になっていた。
霈を背中の金具に止め、長刀を背負う。
瞬間、襲は高さにしておよそ三百メートルのスカイダイビングへと臨んでいた。




