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構成術士の欠陥因子 《OD》  作者: 寺鳥 夜鶏
オーバーダイブ編 <中>
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Act.47 罪科 <3>

今回は地の文が多くなっておりますが、今後においてキーとなる要素です。

結局一人虚しく置いて行かれたポリバケツ――もとい襲だったが、二人から遅れること小一時間、何とか最寄りの駅へと辿り着き、リニアモーターカーに乗り込むことに成功していた。


下り坂を転がり、上り坂を跳ねる。


いくら最寄りの乗り場とは言っても学園の外にあるわけで、やや時代外れの感が否めないポリバケツと“切っても切り離せない(物理的な)関係”に陥った襲は、必然的に馬鹿広い学園を奇妙な醜態を晒したまま転がって行く羽目になった。

前も碌(ろく)に見えない中、何とかここまで辿り着いた自分を正直褒めてあげたいところである。


「うっぷ……覚えてろよ。あのじゃじゃ馬…」


だが、支払った代償は小さくはなかった。

ゴロゴロと回る青く狭い世界に見事三半規管をやられ、飛び跳ねた際にぶつけた体中の節々が鈍い痛みを訴えてきている。学園の出入口に設けられたゲートに辿り着く直前に「結合術式(コネクションマジック)」の効力が切れたから良かったものの、ポリバケツの中から脱出した時には既に身体中がボロボロであった。


それ以上に問題だったのは、道中行く先々で上がった「見てアレっ!」「面白ぉーい!」などの、学生の方々からの謎の声援(?)である。まぁ、ポリバケツが動き回っていれば誰でも気になるだろう。俺だって気になる。

しかし、ポリバケツから這い出した瞬間に周囲から向けられた、心無い嘲笑と冷えた奇異の眼差しが今も脳裏に焼き付いて離れない。

中学生時代の苦い思い出――否、“苦い”中学生時代の思い出を想起させるや、奇声を発しながら夜の街を疾駆したい衝動に駆られるではないか。完全なトラウマだぞ、これ……。


これは余談だが、襲がリニアモーターカーの順番をベンチに座って待っている最中、隣のベンチに座っていた泥酔状態の酔っ払いのおじさんが駅のホームで見事吐き気を催し、公共の場を汚させるのは忍びないと判断した襲が、慌てて今までお世話になっていたポリバケツを宛行(あてが)うことで事無きを得た――という、実に温かな「人間ドラマ」が繰り広げられたりもしていた。

その際、おじさんの催しに釣られて、自らも吐瀉(としゃ)りそうになったのはここだけの秘密である。今も吐きそう。


とにもかくにも。


斯(か)くして、無事――ではないが、何とかリニアモーターカーに乗り込むことに成功した襲であったが、窓の外に覗く景色は既に黄昏を過ぎ、温い夜の帳が降り始めていた。

ちらほらと明かりの灯り始めたウィスタリアの街並を見下ろしながら、靴を脱いで二人掛けの座席に寝転ぶ。だが、それを咎める者はいない。それ以前に、襲が乗り込んだのは普通自動車程度の空間しか有さない個別車両であり、襲以外には人が乗っていなかった。


そもそもウィスタリアに巡らされている公共の交通網は、リニアモーターカーと言うよりリニア式の小型車両のような形式を取っている。これは構成学及び詞素学(フォノニクス)推進都市の特色の一つであり、CTCS(中央交通管制システム)などの最新技術の恩恵を国策都市として敢えて色濃く示しているのかもしれない。皮肉な話として、現代の社会情勢を如実に表している施設の一つだと言えるだろう。

と言うのも、日本の大半のリニアモーターカーが従来の電車や地下鉄同様連結した車両であるのに対し、構成術に関する情報の機密性を保持したいこの街では、そうした「開放的な空間」が嫌われる傾向にあるのだ。


それもそのはず。様々な意味で大きな影響力を持つ「構成術に関する情報」が、外部…特に海外に漏れることは国としても絶対に避けたいことであり、移動中における取引内容の盗聴や盗撮、取引資料等の窃盗などを未然に防ぎたいという魂胆が、この個人車両という移動システムの随所に見え隠れしている。

何もこれは日本だけに限った話ではない。むしろアメリカや中国、ロシアなどを始めとした構成学における先進国の方が、もっと表面的で直接的な一面を持っていると考えた方が無難だろう。

武力として、自衛力として。そして、経済の発展を担う科学技術として。

半世紀という長くも短い間に、構成学は既に人類にとって大きな存在となっているのだ。


そして、もう一つの理由。それは痴漢だ。

一件軽視されがちな要素ではあるが、構成術士に対する痴漢には様々な意味を伴う。


先ずは一つ、構成術の「暴発」である。


構成術は思念波によって発動するものだが、重要なのは思念、つまり“感情”によって引き起こされる現象だということである。

これは痴漢に限った話ではないのだが、強い感情やストレスは詞素呼吸(フォノンブリーズ)を激しくさせる。これによって周囲の詞素濃度が上昇し、詞素への耐性がない者は中毒症状のように中(あ)てられてしまうこともあるという。


これだけならまだ良い。起きたとしても眩暈や立ち眩み、酷くて失神程度で済む。

だが最も問題なのは、構成術の「暴発」だ。

繰り返される訓練の中で、向けられた害意に対して無意識に構成術を放つ癖(これは構成術士としては一概に悪いこととは言えない)が付いている生徒もいれば、不本意なれど、未熟であるがゆえに身を護る為に反射的に構成術を一般人に向けてしまうことも時と場合によってはありうる。


それは「死」に直結する行為だ。最悪、一撃でズタズタに人体を破壊してしまうこともあるだろう。そうして、構成術を放ってしまった本人の意思とは無関係な所で「悲劇」は起こってしまう…。

一度(ひとたび)「悲劇」を起こしてしまえば、仮に罪に問われなかったとしても、彼ら彼女らの中で“精神的なシコリ”として存在し続ける。これは構成術士として致命的なことだ。構成術を行使する度にその「悲劇」が脳裏にちらつき、“思念”を掻き乱す。

要するに、構成術の一切が使えなくなってしまうのだ。


だが、それだけならまだしも。中には構成術の対象を無意識的に“己”へと定めてしまうケースがある。

それこそが、酷い罪悪感によって成される第二の「悲劇」。


つまりは、構成術による無意識的な「自殺」――。


中には実技の実習中に生徒自身が放った構成術で爆死したなんて「悲劇」もあったらしく、その光景を目撃してしまった同級生の多くが構成術に対する強い恐怖心を抱いてしまい、それ以来構成術が行使できなくなってしまったケースもあるらしい。


恐怖は感染し、痛みは感情と伝播する。

恐怖と痛みは教訓と成り、教訓は法を生み出す。

そうして、人は善悪を定義する。


だが恬淡(てんたん)な話、襲はこれら事情に同情心はあまり抱いていない。

構成術は己の意思で制御する「力」であり、紛れもない凶器だ。構成術士自身が人間兵器(リーサルウェポン)なんて卑下されるように、それは常に自身が意識すべき認識である。


制御を失ったモノは、「兵器」ですらない。ただ悪戯に周囲を傷つける、「災厄」でしかない。


だから構成術士は皆、己を律し、感情を制御する術(すべ)を学ぶ。

そうして人としても、構成術士としても成長していく。

だから構成術士に手を出して痛い目を見た者は言うまでもなく、暴発させてしまった構成術士にも責任はある。

それは心の弱さであり、理性の弱さだ。

常に己が凶器を持ち歩いていることを自覚し続けることは、一端の高校生では難しいことなのかもしれない。だがそれは、襲からすれば言い訳にもならない戯言のようなものだった。

その程度で動揺を来すようなら者ならば、間違いなく戦場では役に立たない上に、向こう(・・・・)側へ(・・・)堕ちてしまう(・・・・・・・・)ことが目に見えている。


『仕事』を増やされるのはゴメンだ。


そう胸中で毒づいて、座席の上でごろりと寝返りを打つ。

されど、そんな彼にも同情心を抱くものはある。

それは「痴漢」を忌むもう一つの理由と関係があり、構成術士という「兵器」の開発の基づく、言葉にすることさえ憚(はばか)られる卑しいものだ。


これを理解する為にはまず、構成術の「裏側」について触れる必要がある。裏側とは謂わば、構成術が現代のような体制に至るまでに歩んだ道なりのことだ。


様々な環境問題が巻き起こり、人々の居住環境が悪化してゆく中。奴らは……シャドウは出現した。

そしてシャドウは黒い瘴気として災厄を振りまき、ハンニバルと呼ばれる異形の者達を生み出した。


異形の者達を生み出した諸悪の根源、それはフリークス粒子と呼ばれる謎の粒子である。またフリークス粒子によって形成されたフリークス細胞の集合体。即ち「ハンニバル」はその体組織が非常に強靭であり、そして、それ以上に問題とされていたのが高い「再生力」であった。

フリークス細胞における「再生力」とは細胞組織を形成する粒子の供給速度のことであり、フリークス細胞が虚数空間からこの宇宙(四次元空間)に供給する粒子はフリークス粒子である。

これらの特性に基づき、フリークス細胞に魅入られた「ハンニバル」は驚異的な再生力と強靭さを獲得しているのだ。

何よりハンニバルは、細胞組織を破壊されたとしても、形成していたフリークス粒子が時間の経過と共に集合し再結合することで、やがてはその細胞組織を再形成してしまう。

つまり既存の兵器では牽制あるいは足止め程度にしかならず、殺傷することはほぼ不可能であった。


そこで考案された対抗策こそ、構成術である。


構成術の引き金となる思念波がフリークス細胞組織の再形成を防止する同時に、詞素とフリークス粒子は互いに接触すると、「対消滅」のような現象を起こすことが判明している。対消滅とは言っても決してエネルギーの放出を伴うようなものではなく、本当にただ“消滅”するだけなのだ。この宇宙から、忽然と。

そのメカニズムは依然として不明だが、現状、ハンニバルを倒す為には“詞素との対消滅”を狙うしかない。

この行為のことを今では「禊(みそぎ)」あるいは「浄化」、「祓(はら)い」と呼ぶ。


以上のような理由によって、構成術士の存在価値は年々大きなものとなっていった。

表面上は、「自衛力」として。表面下では、「武力」として。

その戦術的価値はやがて核弾頭を凌駕し、各国は躍起になって構成術士の獲得を急いだ。



そうして自然と、構成術士の育成――もとい、「開発競争」が激化してゆく。



こうした「開発競争」は人類が最も尊ぶべき権限を、基本的人権とやらを易々と踏み躙(にじ)る。

もちろんそうした否人道的行為は国際法で固く禁じられてこそいるものの、先進国の一部では最新の医療技術を応用した“非人道的と凶弾すべき行為”が容認され、秘密裏に行われている時分もあった。


構成術士の「開発」と「実験」。そして、「遺伝子操作」と「培養」。


構成術士の「培養」とは即ち構成術士の量産計画のことであり、いわゆる人工子宮の類によってこの世に生命を授かるデザイナーベイビーや試験管ベイビーことである。

だが、その為にはまず開発素となる遺伝子が要る。そうして蔓延(はびこ)ったのは、複製卵子と精子の量産。それに伴う非人道的な行いの数々であった。


だが結局のところ、構成術士の量産は不可能であった。

使用した薬品の副作用なのか、あるいは方法自体が間違っていたのか(道徳的には言うまでもない)。

依然として理由は不明であったが、結論から言って人為的に造られた生命にはミーム細胞が形成されなかったのだ。


ならばどうするか。


答えは簡単だ。

選ばれたのは、従来通りの自然生殖である。従来通り、であったかは別として、そうした手法を選択したこと自体は間違いない。

構成術士の“供給”を賄(まかな)いたい政府による、構成術士の「才能」を持つ同士の交配の推進。言い方を正せば、お見合いのお膳立てやパーティーなどの催しによる出会いの場の提供である。その代表的な例こそが、構成術士における「家」という概念だと言えるだろう。

ここまではまだ良い。ある程度の強制力を持っていたとしても、相応の手順を踏む辺り、まだ「人間」らしい。


問題なのは拉致や誘拐、そして強姦。つまりは一方的な交配の強制である。

痴漢自体にはそうした危険性は低いのだろうが、弱みを握られ脅されると言った行為は人目に付いても不思議ではない場所で行われる傾向にある。

精神干渉系の構成術や、薬理的な洗脳。あるいは、「家」に関する情報を武器とした不可避の脅迫…。

学園と家の道中、そこで“計画的な犯罪”は行われる。


「日本では少子高齢化が進んでいる」という言葉を建前に、今では中絶という行為自体が禁忌視されている傾向にある。これは国民の総意と言うより政府によるマスメディアを利用した情報操作の色が強いが、どちらにせよ、半世紀程前から比べれば中絶を行うこと自体がかなり厳しくなっていると判断していいだろう。

対して、そうした事件は増加傾向にある。

だが決して、国は大きな予防策には踏み切らない。黙認し、情報を隠し、ただ気づかない振りをしている。


何故なら、優秀な構成術士が一人でも多く欲しいからだ。

例えそれが、誰にも望まれない「かたち」であったとしても――…。


「……くそっ、最悪だ。本格的に酔ってきやがった」


胸糞悪い思考に酔いが酷くなったように感じた襲は、一旦思考を中断し、夜景でも眺めようと座席に沈めていた上体を持ち上げた。


「ん……?」


紫苑の視線を窓の向こうへと投げた際、ふと、遠方に連立するビル群の中に人影を見たような気がした。

赤の軌跡を揺らし、こちらを凝視する瞳――。

言い様もない不安に、襲が腰を上げた瞬間。その視界をリニアモーターカーのレールの支柱が遮ってしまった。再び視界が晴れた時には、その姿も背筋に感じた剣呑な気配も嘘のように失せていた。

今はただ、肌寒い春の闇が沈殿しているだけである。


(気のせい……か?)


酔った所為で幻覚が見え始めているのかもしれない。襲は胸中で自身を納得させて、再び座席へと腰を落ち着けた。

しかし、襲の表情は晴れない。

酔った影響ではなく、昼間から抱いている精神的な不快感がじくじくと彼の精神を苛んでいる。

雑念の根源。それは、紗雪に絡まれた際に取った己自身の軽率な言動に対する嫌悪感に他ならない。

紗雪の表情からは大した感情の色が読み取れなかったものの、もしかしたら不快感を与えてしまったかもしれないと、漠然とした意識が悟っていた。


「罪悪感……か」


舌打ちをして、視線を夜景から更にその上へ。雲の合間から覗く月へと向ける。


一番合戦(いちまかせ)先輩が任務から帰ってきたら、きちんと謝罪しよう。襲はぼんやりとした輝きを落とす月に、何の気概もなく、そう誓った。



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