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構成術士の欠陥因子 《OD》  作者: 寺鳥 夜鶏
オーバーダイブ編 <中>
47/124

Act.44 忌むべき救い <4>

二千九十八年 三月二十九日。



学園から程近い、詞素学フォノニクス関連企業のオフィスビルを訪れていた明日香あずかとダリウスの両名は、「真藍さあい家の功績は良く存していますっ」と明日香に向かって興奮気味に熱弁を振るう、やたらと愛想の良い受付係の案内を受けて屋上のヘリポートを訪れていた。


迎えのヘリの到着にはもうしばらく時間が掛かるとのことで、屋上に着いて早々、明日香は仕事を保留にしてまで挨拶に来た野心丸出しの上層部連中の相手を。特にやることのないダリウスは、隅で黙々とAIUの最終調整を行っている。


今作戦で使用するAIUは、腕輪型ブッレスレットタイプから剣のような外見の剣型ソードタイプAIUへと変化しており、双剣が如き一対の両刃もろはの剣は、銀の輝きを帯びた刃渡り一メートル二十センチの刀身を冷ややかに外気に晒している。一対、とは言っても、どちちらか片方でも欠けたらAIUとして機能しなくなる為、実質一つのAIUだと言えるだろう。


銘は「デュアル」。

ダリウスが“実戦で”愛用している軍用AIUである。


まぁ、調整とは言っても専用のチューニング機器があるわけでも扱えるわけでもないので、ただAIUに登録してある術式に目を通していただけなのだが。


試合用のAIUから実戦用のAIUへと装備を新調したダリウスが、試しにデュアルの柄に思念波を送り込んで調子を確かめていると。突然、挨拶回りに駆り出されていたはずの明日香から声が掛かった。


「かかりちょー!雨宮くんから連絡入ったよっ。取り敢えず侵入者はやっつけたって!」

「……そ、そうですか。あの、会社の方々とお話していたんじゃ?」


屋上まで繋がっているエレベーターが開くや否や、満面の笑みで飛び出してきた明日香に相当の驚きを覚えつつ。ダリウスはなんとか動揺を押し退け、疑問を口にできた。

とは言え、同期生たる人物に未だ敬語を付けている時点で、彼の意外にも(?)やわなメンタルが盛大にさらけ出されているわけだが。


そのことをダリウス自身も気にはしている。だが、明日香の前ではやはりどうにもならないようで…。

当の明日香自身はそうしたダリウスの気苦労など露程も知らないらしく、不思議そうに小首を傾げている。


「うん?でももうすぐ迎えのヘリが着くみたいだし、かかりちょーには早めに伝えておこうかと思って」

「はぁ……なんでです?」


心底不思議そうにダリウスが尋ねると、明日香は花のような笑みを浮かべた。人差し指を立て、必死に背伸びしながらダリウスの頬をうりうりと突いてくる。


「だって、かかりちょー雨宮くんのこと結構気に入ってるんでしょ?」

「馬鹿なこと言わないで下さいよ、気色悪い」


男同士の間で気に入ってるだのどうだの言っていると何だか妙な勘違いを起こされそうなので、こうした勘違いの芽は早めに摘んでおくに限る。

否定の意味合いを強く込めた言葉に自然と声音が荒々しくなってしまい、真正面からそれを受けた明日香は後方へとおののきながら少々涙ぐんでいた。


「え……?もしかしてかかりちょー雨宮くんのこと…嫌い?」

「いやいやそう言う意味じゃないですよっ!?」


妙な罪悪感に駆られたダリウスが慌てて事態の改善を図る発言をすると、空色の瞳を潤ませ、目尻に僅かに雫を浮かべた明日香がじとっとした視線を送ってくる。


「じゃあ、どういう意味なの?」

「あーだからですね……。

手合わせしてわかったんですけど、もしかしてアイツ相当強いんじゃないですか?」


なかなか他人を褒めるという行為をしないダリウスが、突然、新入生を称賛するような言葉を放ったことに少なからず意外感を覚えつつ、明日香は「ん…?どういうこと?」と疑問を露わにしていた。

上手く説明できない己の言語能力に内心呆れつつ、なんとか胸の内の感情を言葉にしてみる努力をダリウスは続行する。


「アイツ、自分の詞素容量が全くないとか言ってましたけど、多分『体質』の所為だと思うんですよ」

「体質って?」

「あの機敏な体捌きは言うまでもないですが、それ以前に……その、俺が言うのもなんですが、『HETヘットマジック』もなしに『詞素装甲フォノンアーマー』を使ってる俺に競り勝ったんですよ?まともな筋力じゃ無理ですよ」


ダリウスの口下手さにも堪えず真剣に聞き入っていた明日香は突然ポンと手を打って、得意げに語りだした。


「わかったあれだっ!紗雪が言ってた『吸蔵体質』ってやつ。

確か……普通の人の数十倍近い詞素を肉体に吸蔵できるっていうアレ!」


聞き覚えのない言葉に一瞬思考が固まったが、言葉の響きからしておおよそ内容は正しいように思える。

凍結しかかった思考を総動員し、迷いなくダリウスは答えた。


「ええ、多分それです。通常構成術士は常時行っている詞素呼吸フォノンブリーズを除いて、己の詞素の大半を脳内のミーム細胞……厳密に言えば、詞核ゲートに保存しています。

だから構成術を使う際には詞核から術に応じて必要量の詞素を引き出すわけですが……」

「あれでしょ、RPGゲームとかで言う魔法使う為のMP(マジックポイント)みたいなっ」


何故か非常に生き生きとしている明日香に若干引きつつ、ダリウスはコクコクと頷いておいた。


「そうですね、俺達構成術士の大半はMPの代わりに詞素を消費して構成術を……魔法を使っています」

「じゃあMPのうつわが詞核だね」

「はい、ですが吸蔵体質の人は自分自身の意思とは無関係に、自然と詞核から肉体へと詞素が送られ、蓄えられてしまうらしいんです。

簡単に言ってしまうなら常に『HETマジック』を使い続けているって感じですかね。その所為で詞素が消費されて、詞核に詞素が溜まらないんだってどこかで聞いた覚えがあります」


「なるほどー」と頷いている明日香を他所に、ダリウスは纏まらない思考をどうにかしようと足掻いていた。


吸蔵体質を説明する上で詞素を「水」に例えてみると、肉体がスポンジのように「水」をどんどん吸い込んでしまっているような体質ものである。

詞核から放出された詞素が一度ひとたび体中の体組織に吸蔵されてしまえば、再び詞素として取り出すことが困難になってしまう。

それゆえに、吸蔵体質の構成術士は常に詞素の枯渇を強いられる。もちろん、それは構成術の大半が使えないことをも示唆しているわけだが。


「でもその反面、肉体の強靭さは桁外れになるよね?まぁ他の構成術は使えないかもしれないけど」

「ええ。確かに下手な構成術士と比べれば、何の訓練も受けていない吸蔵体質の人間の方が強いなんてザラにあります」


吸蔵体質は一部では「異常筋力」なんて呼ばれ方もするらしいが、強ちその言い方は間違っていないとダリウスは思っている。

普通の構成術士が訓練して『HETマジック』を使えるようになったとしても、先天的に『HETマジック』を“使っている”吸蔵体質の人間とはそのレベルがまるで違う。強度にしても、そして持続時間にしても。吸蔵体質の人間の方が遥かに多く体内に詞素を溜め込めるのだから、優れているのはある意味当然の話だ。


「ですから、アイツが吸蔵体質だと考えれば色々と合点が行きます」

「そう言えば、詞素呼吸フォノンブリーズなかったもんね」


明日香はにまにまと柔らかな笑みを浮かべながら、ぐるぐるとダリウスの周囲を円を描くように回っている。

言いようもない居心地の悪さを覚えたダリウスが強く床を蹴って円の中心から脱出するも、気がついた時には明日香の顔が目の前にあった。


身長が異なるはずの明日香の顔が、である。


吸い込まれるような不思議な輝きを帯びた瞳に射竦められ、ダリウスの身体が硬直する。その様子を愉しそうに見ていた明日香は、両手を後ろ手に、腰の辺りで組んでから“空中”で腰を屈めた。

至近距離からダリウスの顔を上目遣いで見上げ、悪戯っぽく微笑む。


「でも、随分と話が脱線しちゃったね」

「うぐっ……」


的確な指摘に、思わずダリウスは息を詰まらせた。

そもそもこの会話は自分が別に襲のことを嫌っているわけではない、ということを弁解するべく行ったものであったと言うのに、これでは全く説明になっていない。

具体性の掛ける己の発言を悔い額に冷や汗を浮かべているダリウスを余所に、何故か目の前の少女は随分と上機嫌だった。


「でも、かかりちょーが言いたいことはちゃんと伝わったよ」

「えっ……?」


空中で華麗にUターンした後、ふわりと地面に着地した明日香は含みのない口調で続ける。


「うん。きっとそれって、かかりちょーが雨宮くんのこと信頼してるってことだから」

「――…ッ」


動揺が頂点に達してしまったダリウスが慌てて顔を逸らすも、「紅くなった紅くなった」などとおどけながら周囲を飛び回る人物の所為でなかなか頬の熱が引かない。


それから数分間に亘って一方的に弄られたダリウスだったが、迎えのヘリが来たことを知らせる乾いた羽音が聴こえ始めたからなのか。ようやく落ち着きを取り戻した様子の明日香に内心安堵しつつ、ポツリと疑問を零した。


「ですが……実は、わからないこともあるんです」

「うん?まだ何かあるの?」


明日香の方は見ずに「ええ」と返したダリウスは、頭上で旋回するヘリを見上げながら独りごちる。


「最後の一撃、覚えていますか?」

「えっと、確かかかりちょーの顎先を雨宮くんが『神衣カムイ』を使って殴ったんじゃなかったっけ?」


可愛らしい肩掛けカバンを漁り、市販の飲料水のペットボトルを取り出して眺めていた明日香が、ヘリを中心に巻き起こっている突風から黒髪を必死に抑えながらに不思議そうな声音を返してきた。


「アイツが『詩素装甲』の薄くなった箇所を狙って打った、って思ってるかもしれませんが、実は違うんです」

「んー?どういうことぉー?」


ホバリングによって生じた全身を叩くような風と騒音に掻き消されまいと、二人の会話の声量が徐々に増していく。

やや間延びした明日香の声が間抜けな様体を晒し始めて暫し、ダリウスは言った。


「なんか背筋に怖気みたいな嫌な感覚が走ったと思ったら、アイツが殴った所からアーマーが薄くなったんですよ」

「えっ……?薄くなったって……『詩素装甲』が?」

「ええ、間違いないです」


二人の脳裏を過ぎったのは、襲の左拳がダリウスの顎先を打ち抜いた「後」の光景だった。

当事者たるダリウスとて殴られた瞬間を明確に覚えているわけではないし、ましてや視認できたわけでもない。


だが、感じた『感情もの』はあった。


それはまるでこちらの感情に粘り付き、喰い付き、引き千切ろうとするような…。

否、感情で言い表すならば、「憎悪」や「嫌悪」と言った感情に近いだろうか?そう言った負の感情の塊が襲の拳を介して全身に叩きつけられたように、ダリウスは感じていた。


紗雪ならばあるいはもう少し詳しい事情を察しているのかもしれないが、今この場に彼女はいない。これは作戦が終わってから紗雪に訊くか、直接本人に訊くしかないだろうな、とダリウスが思案していた時。


「精神干渉系の術式…?いえ、違う。もっと物理的な――」


視界の隅で明日香は一人、思考の海に沈んでいた。先程までの能天気な態度とは一風変わって、真剣な面持ちで思考を走らせている。

ヘリポートに到着した黒の機体から降りてきたスーツの人物へと歩み寄り、襟元の翻訳機のスイッチを入れて対応を始めたダリウスを余所に、明日香の思考は一つの心当たりへと辿り着いていた。


まさか―――と、彼女の唇が動き、



「サザナミ?」



その呟きはヘリの羽音に掻き消され、誰の耳にも届かなかった。

他ならぬ、明日香自身でさえも。



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