Act.41 忌むべき救い <1>
気絶した少女の身体を背負い一号館へと戻っている途中、予め連絡を入れていたカレンと合流した襲は、彼女に事の成り行きを簡潔に説明しつつ保健室へと向かった。
当の少女と言えば今は一号館一階にある保健室のベットに寝かせており(この作業はカレンに任せた)、詳しい事情を訊きたいと考えていた二人は、ベットの脇で彼女が目を覚ますのを待っている次第である。
掛け布団を整えたカレンがベット脇に置かれた座椅子に腰掛けるのを横目に、壁に背中を預けたままの襲が重々しく口を開く。
「悪いな、色々と手間掛けさせて」
「別にいいわよ、これくらい。迷惑なんて今更でしょ?」
視線をベットに横たわる少女に向けたまま、カレンは疲れたような笑みを浮かべた。それもそうだな、と胸中で相槌を打ってから。襲は話題を本題へと移す。
「倒したアンドロイドの機体はどうしたんだ?」
「取り敢えず現場に駆けつけた教師連中に引き渡しておいたわ」
「そうか……」
カレンの返答はおおよそ予想出来ていた内容ではあったが、私的に機体の調査を行いたかった襲にとっては、やはり少しばかり気を落とす内容ではあった。
そんな襲の心境を察したのだろう。カレンは襲の表情を盗み見て微笑むと、
「ホラっ」
ポケットから何かを取り出し、襲へと放り投げてきた。視界の外から投げられた物体にやや反応が遅れたものの、襲は危うげなくキャッチする。
渡された物体は掌に乗る程度の大きさで、四角形の形状はまるで黒い箱のようにも見えた。中身を探ろうとした襲の『眼』が、箱に入れられた物体の正体を解析し終えた直後、彼の表情に驚きの色が浮かぶ。
「コイツは……」
「実は一体だけ分解しておいたのよ。で、頭部から出てきた物がそれ。あからさまに怪しいから、つい取ってきちゃった」
「おいおい、それって大丈夫なのか…?」
「もちろん学園側には内緒にしておいてよ?バレたら面倒だし」
カレンは悪戯っぽく口元に笑みを滲ませると、静かに腰を上げた。軽快な足取りでスタスタと保健室の出口へ向かい、自動で開いた扉を潜る。
「あっ、そうだ」
扉の縁に指を引っ掛けて立ち止まったカレンに確かな悪意を感じ取った襲は、訝しむような視線を送った。それに気づいたのか否か。嗜虐的な笑みを浮かべた少女は楽しそうな声音とは相反した、実に害意に満ちた眼差しでこちらを睨み返してくる。
「くれぐれもその子に変なことはしないように。もし何かあったらユイちゃんに言い付けるからね?」
退出するのかと思いきや、振り返りざまに妙な発言を繰り出してきた幼馴染に頭痛を覚えつつ。襲は半目のまま口を開いた。
「あのなぁ、お前は俺を何だと思ってるんだ。今のは流石に心外だぞ。と言うか、何でそこで唯の名前が出てくるんだよ」
「え、本気でわからないの?……はぁ、まあいいけど」
呆れたような表情を浮かべたカレンに、妙な突っ掛りを覚えた襲は眉を顰めながら訊ねる。
「何だよ」
「……別に何でもないわ。
ただ、私がうっかり『襲が儚げな少女に暴力を振るって気絶させた挙句、誘拐して密室に監禁。果てには手を出してました!』ってうっかりユイちゃんに密告してしまうだけだから。
でも大丈夫よね?わざとじゃなくてうっかりなんだし、襲も怒らないわよね?」
カレンの笑顔百パーセント(その裏にあるのは悪意百パーセントだろう)に激しい動揺を覚えた襲は、若干取り乱しつつ早口ながら必死に懇願した。
「それはマジで止めてくれ、洒落にならん。
…てか、どの辺がうっかりなんだよ。言い回しからして明らかにわざとだろうが。幾ら温厚が売りの俺でも流石に怒るよ?」
「いや……別に温厚さとか売りにしてなかったでしょ、アンタ」
それ以前に、売りにできるほど温厚でもないでしょ、と刺すような視線が物語っている。向けられた懇願に対しては満足げに頷いたカレンだったが、襲のセリフの内容には若干の辟易の色を見せていた。
一つため息を吹かした後、扉に掛けていた掌を離してひらひらと振りながら別れを告げてくる。
「じゃ、私はこれから会議があるから後始末は宜しくね」
閉じた扉の向こうに赤のポニーテールが消えていくのを見送りながら、後始末って何だよ、と口の中で呻く襲。
「……もしかして、全部丸投げされた?」
答えのない問いは無機質な壁面に反響し、襲の周囲で空虚な調べを奏でていた。
◇◆◇◆◇◆◇
静まり返った室内で寝息を立てるベットの上の少女に視線を投げてから、襲は音のないため息を吐き出しつつ腰を上げる。
(あの人に連絡するのは面倒だが、背に腹は代えられないか)
保健室にある据え置きのコンソールへと足を運ぶと、慣れた手付きで画面を操作した。ものの数秒でコール画面を引っ張り出し、これもまた慣れた手付きで番号を打つ。
数回のコール音の後、コンソールの画面に映ったのは一人の女性だった。
「お久しぶりです、鳴神さん」
『おお、急に連絡が入ったと思ったら襲じゃないか!暫く見ない内に随分と男前になったな』
気さくな語り口で答えてきたのは、黒の長髪を後ろに束ねた若々しい女性だった。外見は二十歳前後に見えるが、確か今年中学生になるお子さんを持つ立派な主婦だったはずである。
簡素なツナギ姿に額に付けた仕事道具のゴーグルが眩しい、何かと勢いのある女性だ。
「先月会ったばかりだと思うのですが……」
『そうだっけ?まあいいじゃん。それよかどうしたの?そっちから連絡してくるなんて。家の養子になる?』
「ええ、まぁ……。後、サラッと妙な勧誘しないで下さい。疲れます」
無表情に襲が返すと、画面の向こうの女性は屈託ない笑顔で笑った。
『妙な、とは失礼だな。これでも本気で“鳴神家”に勧誘してるんだけど』
「俺と鳴神さんの間に、仕事以外の接点は必要ないと思いますが。面倒なんで」
『もうそれなりに長い付き合いなんだし、名字じゃなくてもっとフレンドリーに親近感を持って呼んで欲しいんだけどなぁ。
そうだ!楠那って呼んでよ。私と襲の仲だろ?』
急に面倒なことを提案し始めるのは、最早彼女の性、あるいは習性と言っても過言ではない。それ以前に、仕事仲間でしかない人物に対して親近感を抱けということ自体に無理があるだろう。
「フレンドリーに、ですか。……わかりました」
うわぁ、こっちの話とか全く聞いてねぇ――という表情を浮かべた襲だったが、楠那の期待したような眼差しに対し、仕方なしにどんよりとした表情で頷いた。
息を吸い、吐き出すように言葉を返す。
「では―――、お忙しい所お呼び立てして申し訳ありません、鳴神楠那さん。誠に恐縮ながら御耳に入れたい話があるのですが、今お時間宜しいでしょうか?」
『大分遠くなったっ!?ヒドくない!?』
「……あの、そろそろ本題に入りたいんですが」
襲の他人行儀な返答に対してややオーバーなリアクションをした辺り、それなりに満足して頂けたのだろう。話題の変更を促す言葉に対し、楠那という女性は真剣な表情を作った。
『それで話ってのは、今日の七学の侵入者騒動と何か関係があるのか?』
実に簡略化された問いに、襲は思わず口角が釣り上がるのを自覚した。
「……流石、天下の鳴神家の現当主ですね。本当に、楠那さんは話が早くて助かります」
『つっても私は代理なんだけどな……って、もしかして今楠那って呼んだ!?』
ご要望通り面白半分に名前で呼んでみたのだが、予想より相手の反応が良くてこちらが困惑してしまうのだから不思議だ。面倒だとは思いつつもそれを表情に浮かべるような失態は犯さず、襲は淡々とした口調で訊ねる。
「いいえ、呼んでません。それより、こちらの状況はどこまでご存知で?」
『取り敢えずは侵入した賊の数と、ソイツらが人間じゃないってことぐらいは知ってるな』
アンドロイドの事まで知っているとなれば話は早い。後々彼女に訊きたいことはいくつかあるが、今はこちらが話す場面だ。
疑問は口にせず、襲は抑揚の少ない声を発する。
「実はその中に、ひとり、人間が混ざっていました」
学園内の情報をどこから入手したのかはともかくとして、襲は事実の確認だけを優先させることにした。




