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構成術士の欠陥因子 《OD》  作者: 寺鳥 夜鶏
オーバーダイブ編 <中>
41/124

Act.38 侵入者 <4>

瞬間、襲の脳の中である思考が構築された。

背筋が凍るほどの、反人道的な思考が。


淀み、絡みつくのは憤りや恐怖ではなく、極純粋な嫌悪だ。

額に伝う脂汗を袖で拭いながら、襲は自答する。


(まさか…コイツらは――)


思考が結びを迎える直前、カレンの掌から光刃が放たれた。光の奔流は正面にいた大柄な男の身体を捉え、後方へと大きく吹き飛ばす。

吹き飛ばされた男と入れ替わるように滑り込んできたのは、若い男の姿をしたアンドロイドだった。こちらへと駆けながら左腕を突き出し、圧縮した詞素を放つ。カレンは平然とそれを片手で横へと弾き飛ばしながら、もう片方の腕を懐へと踏み込んできた男の頭上へと翳した。

瞬間、男の頭上に相互に結合した詞素によって、光の“力場フィールド”が発生。力場はカレンの腕の動きに合わせて降下し巨大なプレス機に掛けられたように男の身体をアスファルトへと叩きつけるや、黒の路面に深々と半球状の凹凸を刻む。


「何ボサっとしてるのよ!?生産性のない思考巡らせている暇があったら手伝いなさい!じゃないとその阿保面に蹴り入れるわよっ!」


カレンの叱咤にようやく意識を目の前の事象へと向けた襲は、視界の端で捉えていた女が再び引き金へと指を伸ばすのを確かに『視た』。

肉眼で弾丸を見て避けるのは困難だが、弾道と発射されるタイミングがわかれば避けることは不可能ではない。散弾を除く弾丸はおおよそ銃口から直進するものであり、発射されるタイミングは引き金へと掛けられた人差し指に委ねられている。


焦らずに、タイミングよく上体を右へと逸らす。


数ミリ秒ほど遅れて、脇を銃口から放たれた弾丸が掠めていく。

襲は避けざまに前方へと踏み込み、距離を詰める。拳の届く攻撃圏内に女の姿を捉えた襲は、拳銃を支えている女の右腕に右拳を突き立てた。手加減なく、鋭く、速く放たれた拳は女の右腕をね上げ、腕ごと全身を宙へと持ち上げる。

相手が体制を崩したことによって生まれた隙に。襲は突き出した右拳を引き戻し、左の掌と押し合わせた。


「フッ――」


肺に溜まった空気を吐きながら。踏み込みと同時に半身を突き出し、左手で右腕を押し上げる形で、浮き上がった侵入者の体へと右の肘を打ち込んだ。踏み込んだ前足が、ダンッ、という乾いた音を立ててアスファルトを踏み抜き、突き出された肘に殺人的ともいうべき運動エネルギーが付与される。肘に乗せられた運動エネルギーは女の胴へと穿たれ、鈍重な金属の身体を後方へと大きく吹き飛ばした。

道中、連立している歩道脇の街灯をへし折りながら、二つ折れになった身体は宙を舞う。


肘打ちを繰り出した直後。

『感覚』に身を任せ後方に飛び退くと、目の前を圧縮された空気の壁が通り過ぎて行った。


放たれたのは詞素を大気中の気体分子に吸蔵させて気体の運動を操る、一般的には確か「気流操作ガスクラフト」と呼ばれる構成術の一種だった。

割と一般的な構成術の一つだが、その汎用性には舌を巻くものがある。術式の媒体となる気体はどこでも存在する上に飛行術式や防御術式への応用も効くなど、構成術士が好んで使うには十分過ぎる術式と言えるだろう。


地面を蹴ってから着地するまでの僅かな時間に、放たれた構成術を冷静に分析した襲はもう一度地面を蹴った。案の定、飛び退いた場所を鎌鼬かまいたちのような風が吹き荒れ、アスファルトの表面を撫で斬ってゆく。

着地と同時に背後を振り返ると、先程までアスファルトにめり込んでいた若い男――の姿をしたアンドロイドが、こちらへと右腕を翳している目に入った。


(アイツが術者か)


左右へと身を捌き風の刃を躱しながら反撃のチャンスを伺う。

襲が跳んだ後を、風がぜる。そうして繰り返されていた均衡を破ったのは襲ではなく、炎を纏い閃光の如き速度で男に接近したカレンの刃だった。「気流操作」を行使していたと思しき男の身体が腰を境に、カレンの斬撃によって上下に両断される。


男の身体を両断せしめたのは、カレンの左手に握られている炎の剣。恐らく普段は鎧として身に纏っている炎を剣へと変化させ、武器として扱ったのだろう。


そもそもカレンが得意とするのは詞素の運動ベクトルの操作であり、詞素を激しく熱振動させつつ『炎』のように操る振動系の構成術である。元々は「詞素装甲フォノンアーマー」の一種だったのだが、彼女は敢えて詞素の相対座標と空間座標を固定せずに流動、一定空間内で循環させることで詞素が振動できる遊びを作り、結果、高熱を帯びさせることに成功していた。

彼女オリジナルの構成術は周囲からは「高熱装甲ヒートアーマー」と呼ばれるが、その本質は鎧ではない。「詞素装甲」をベースとして開発された「高熱装甲」は、「詞素装甲」と同様、模擬戦の際ダリウスがやってみせた「気弾」のようにその形状を様々な形へと変化させることが可能である。


彼女が今手にしている炎の剣も「高熱装甲」を形態変化させることで剣に見立てた荷電粒子の粒子束であり、一世紀ほど前にSF映画やアニメで流行った「光の剣」と似た様な性質を有している。

焼き切られた男の身体の断面からは複雑に組み込まれた金属部品が覗き、青い火花を散らしていた。


Scintillaシンティラ


既に動かなくなった肢体には興味すらないのか、カレンは手にしていた炎の剣を握り潰し、今度は握りこぶし程度の大きさをした光の珠を生み出した。純白の輝きを放つ詞素の塊を掴み、背後から接近してきた大柄の男へと投げつける。

命中した瞬間、光球が弾け爆発を起こした。

閃光に呑み込まれ、男の身体が吹き飛ぶ。だが――宙を舞った男の身体が突如淡い緑光を放ったかと思うと、光球を跳ね除け、光の渦を掻き分けるように飛び出してきた。


「『詞素装甲フォノンアーマー』…ね。また面倒臭い術を」


詞素の鎧を身に纏った肉体は砲弾すら弾き、圧縮された高濃度の詞素の塊すら握り潰す。カレンが後方へと飛び退きながら放った炎の弾丸をものともせず肉迫する様は、積雪地帯で雪を押し退けるラッセル車を彷彿とさせる。


「悪いわね、筋肉バカの相手は筋肉バカに任せるわ」


繰り出される拳の雨を掻い潜り、こちらへと飛び退いてきたカレンの暴言を耳にしながら、襲は前へと踏み出した。


「悪いなんてハナから思ってねぇだろ」


苛立ちを拳に乗せて。男の拳を避けながら、襲は相手の喉元へと左拳を突き立てた。詞素を纏うことによって発生した緑の力場に、襲の拳の先端が触れた、刹那――、

耳障りな高音が鼓膜を震わせ、

男が纏っていた「詞素装甲」が細かな粒子となって四散した。


「―――…!」


機械でしかない男の瞳に、心無しか動揺のような色が浮かぶ。

最中、振り抜かれた襲の拳は既に男の喉元を捉えていた。

機巧内部の金属繊維を引き千切る感触が掌を通じて全身に伝わり、首に深々と拳がめり込んでゆく。破損した配線の中に頭部の電脳部品への電力の供給を行っていたものがあったのか、黒の双眸から光学センサーの光が消えた。

力なく弛緩した四足は糸の切れた人形のように。十数メートルほど吹き飛んでから激しく路面へと叩き付けられ、耳障りな金属音を立てて転がった。


「一丁上がりっ、と」


戦場に再び静けさが戻り、誰となく吐いたため息が戦闘の終了を告げる。

ふと掌の末梢神経が刺すような痛みを訴え、襲は「詞素装甲」に触れて焼け熔けた掌を見遣った。

グロテスクな外見と比例するような痛みに、思わず眉を顰める。

皮膚の下からは白い骨が露になっており、我ながら見ていて気持ちが良いものではない。神経を直接焼くような痛みは常人ならば悶絶ものだろうが、襲は己の末梢神経に詞素を流し込み遮断材として機能させることで痛覚を麻痺させた。


当然、ゆいの「力」を借りて治すことも考えたが、後々言及されても面倒なので自然の成り行きに任せることにする。そもそも“遺伝子的に操作された肉体”ならば、この程度の傷など一日もあれば治ってしまうだろう。

だが襲の掌を覗き込んだカレンはそうは思わなかったようで、露骨に嫌そうな表情を浮かべながら傷について指摘してきた。


「別に襲の心配をしてるわけじゃないけど、その傷、正直見ていて不愉快だから治してくれない?別に襲の心配をしてるわけじゃないけど」

「二回も言わなくてもわかってる。何なんだ、どうしてわざわざ倒置法で人の心を削りくるんだよ。あっ、もしかして照れ隠しなのか?ツンデレ?」

「違うわよ?気持ちが悪いことを言わないで。

精神衛生上大変宜しくない上にむしろ存在自体が人類全体の傷みたいなものだから、いっそ掌の傷ごと消えて欲しいくらいだわ。……お願いできる?」


無表情での襲の反駁に、カレンは晴れやかな笑顔で応じた。若葉の木漏れ日に映えるのは、花のように咲いた笑顔ゆえか。

全く、美しきことのなんとやら。

当の襲は呆れの色を視線に滲ませながら、答える。


「おい、笑顔で人に自害を要求するな。悲しみにあまり身ひとつでスカイダイビングに挑戦したい衝動に駆られただろうが」

「本当にっ?嬉しいわね。これで少なくとも人類滅亡は免れたわ」


まるで人類史上初の偉業を成し遂げたかの如く。赤の双眸をらんらんと輝かせ、心なし声音を上擦うわずらせた少女に対し、襲は醒めた眼差しと口調での対応を試みた。


あたかもも俺の存在自体が悪みたいに言わないでくれないか?

もし仮に俺が悪いのだとしても、かの偉人の言葉を借りれば、俺という人間を生み出した社会全体に責任があるわけであって、俺だけが悪いわけではない。むしろそうした凡庸の悪こそ咎められるべきだ」


まさか凡庸の悪という言葉を己の擁護のために引用する日が来るとは思ってもみなかったが、カレンはわざとらしく驚いたふりをして、


「驚いたわね……まさか自分のことをさも人間のように語るなんて。しかも人の言葉を借りて」

「おい、俺の標準言語は日本語だぞ?」

「えっ、本当?ごめんなさい、最近の多言語翻訳機は長寿命な上に高性能だから、てっきり人外の言葉でコミュニケーションを図ろうとしてたのかと思っていたわ。十年来の大発見ね。青天の霹靂へきれきだわ」


カレンが得意顔で語る多言語翻訳機とは、現在では割とメジャーなツールとなっている音声翻訳機のことだ。なお、彼女の襟首に付いている小さなボタンのような装置も翻訳機の一種である。

最も数が多く出回っているメーカーの最新機らしく、「All Free」と言う商標で世界各国で販売されており、二十三ヵ国の言語を非常に高い精度で翻訳してくれる為、今では国際会議などの重要な場でも使用されるようになっている。

また、この装置が出回ったことで日本国内で行われていた「英語」という教科はさほど重要視されなくなり、その分、他の教科に充てる時間が増えている傾向にあるらしい。


「あっそ、良かったな」


幼馴染がツンデレ(死語)だという設定は二次創作ものではつきものだが、現実はそう甘くはないらしい。むしろツンドラ(永久凍土)である。凍死しそう。

紅蓮の構成術士と呼ばれているくせに、心は冷たいんだな、などと胸中で愚痴を零してから。襲は渋々、「半自動自己復元セミオートリストア」を発動させた。青い雷光が迸り、瞬時に掌の傷が「修復」される。


(これで確実に唯に怒られるな……)


この程度の怪我を我慢するのは容易いことだが、彼女の憤怒をやり過ごすのはいささか骨が折れる。下手したら死にかねないと言ってもいい。

陰鬱な気持ちに陥った責任を誰かに求めるのは筋違いというものだが、それでも何となくカレンを睨み付けておくこととした。

恨めしそうな襲の表情に何故か愉しげな表情を浮かべていたカレンだったが、いつまでも生産性のない会話に興じていているわけにはいかないだろう。

倒した機体の調査も行いたいところではあるが、取り敢えず目先の問題を片付ける旨を口にした。


「さて…と、残りの一人もさっさと片付けるぞ。金にならない面倒事は早期解決に限るからな」

「……わかってるわよ、行きましょう」


襲の提案が不服だったのか。それとも強引に会話を切り上げてしまったドライな態度が気に食わなかったのか。カレンの刺々しい態度に襲はため息をついた。

アスファルトを蹴ったカレンの背中を追いかけるように、襲も身を翻す。


中央図書館前の交差点は学園中央付近に位置する影響もあって、普段ならばそれなりの賑わいを見せている場所である。

登校を同じくした者達が分かれる、それぞれの学科に応じた号館への分岐点。あるいは放課後、帰路を共にする集団が落ち合う場所。

だが、今は全く人気ひとけがない。

春休み中ということもあり、実際に学園内に足を運んでいる人間が少ないのも紛れもない事実だが、何よりも戒厳令が徹底されたことによる警戒態勢への完全移行が成せる光景なのだろう。

「何か」と危険の多い詞素大学付属校では常に侵入者への対策を怠っておらず、将来軍事関連の職に就く生徒も普通校の生徒に比べて犯罪行為への意識(主に防犯意識)が格段に高い。最も意識しているのは恐らくハンニバルの存在なのだろうが、生と死の狭間に身を投じる者達の命令への従順性には目を見張るものがある。


ともかく、邪魔が入らないのは有難い。


交差点を横断した二人の視界が、正方形の中央図書館を捉えた、直後。

二人の視界がほぼ同時に、中央図書館の窓に降りている対侵入者用の強化シャッターを引き千切っている男の姿を捉えた。


「仕留めるわよ」


敵へと駆け出したカレンの背中を見送りながら、襲の思考はゆったりとした時を刻む。


スローモーションの世界。

唯一動いて見えるのはカレンの姿。

自分の身体は地面に縫い止められたように動かない。


肉体を束縛しているのは形容し難いほど不鮮明な感情だ。この感情の正体が、自らが抱いている「不安」に起因するものなのだと気づくまでに、そう時間は掛からなかった。

襲の『感覚』が僅かな情報体の揺らぎを察知し、質量体の存在を認識したことを皮切りに。


再び、時間の流れが早まった。


肉体の束縛が、解かれた直後。襲は走り去るカレンの肩を掴み、前方に押し込むように身体を地面へと押し倒した。


「伏せろッ」


やや乱暴に身体を割り込ませる。

そのことに、文句を言おうとカレンが口を開いた、瞬間。


「えっ――?」


彼女の瞳が衝撃的な瞬間を目にしていた。


襲の頭部に突き刺さる、一発の銃弾。

命中と共に飛び散る、赤い鮮血。


これら事象の行く末を。

凍結した思考の中で、彼女は見ていた。




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