Act.36 侵入者 <2>
広域索敵術「円陣」を発動させながら、カレンは唐突に切り出してきた。
「で、これからどうするの?」
具体性の欠けるカレンの問い掛けに、襲は敵がいるであろう方角へと視線を巡らせる。
「『円陣』の詞素を回収してくれ」
「えっ、回収っ!?」
「……まさかできないのか?」
襲の挑発するような声音にカレンはむっとして。
「できるわよッ!できるけど……詞素を回収したら敵にこっちの居場所がバレるわ」
カレンの懸念はもっともだ。
襲が詞素を目で『視られる』ように、詞素を目や耳や鼻などの五感で捉えることができる構成術士も少なからずいる。そもそも詞素を認識できなければ構成術士にはなれないのだから当然と言えば当然なのかもしれないのだが、ただ実戦レベルで通用するほどの感知能力を有している人材がなかなかいないというだけの話である。
高濃度・高エネルギー状態に転化した詞素は余剰エネルギーを可視光線という形で放出する為、肉眼でもある程度視認可能だが、低濃度・低エネルギー状態に転化させられた詞素は余剰エネルギーの放出が少ないが為に、肉眼での認識は難しい。
それは感知能力に優れた構成術士でも例外ではない。
如何に科学技術を駆使して視細胞を発達させられた『調整体』であろうとも、それは変わらない。
よって、構成術士たちが詞素の動きを認識する際に判断材料としているのは、詞素自体ではなく思念波。即ち詞素への指令コードそのものである。
構成術士は詞素の存在を、詞素に残留した思念波(残留思念)に脳内のミーム細胞が揺さぶられ共振することで、相手の思考の一部が脳で擬似的に再現されることによって相手の構成をトレースし、理解することができる。
物理的に説明すると以上のように長々しくなってしまうが、構成術士達はこのことを「構成を読む」と言う。
カレンの懸念とは要は侵入者の誰かが「構成を読む」ことができる者がいるのではないか、ということだろう。記憶に粘り付くような実に厭らしい笑みを浮かべながら、襲は彼女の問い掛けの本質を押さえた上で破顔しながら答えた。
「別に構わないだろ。むしろバレてくれた方が都合がいい」
意味深な襲の語り口に「なるほど……」などと呟きながら、カレンは納得したように頷き、整った小さな顎先に指を添えた。
「つまり連中を誘き出して戦力を分断させようって魂胆ね。流石は小悪党、姑息な策を弄させたら右に出る者はいないわね」
「……小悪党って言うな、策士と言え策士と」
襲の辟易を余所に、カレンはくすくすと愉しそうに微笑む。
幼なじみとしての身贔屓を抜きにしても美少女だと断言できるカレンの笑顔には、見る者を惹き付けるような不思議な魅力がある。凛とした立ち姿と相まって異性だけでなく同性からも好かれる彼女だが、残念ながら今の襲には酷く酷薄なものに映ってしまった。
「そうね、確かに天下りとか好きそうだし」
「地上に降臨した神みたいってことか……照れるな」
カレンの口撃に怯むほど襲のメンタルは柔ではない。日本の神話から天下りの意味を引用した襲は笑いながらやや胸を反らし、得意気にふんっと鼻を鳴らす。
そんなわざとらしい態度を目にしてもカレンの笑顔は崩れなかった。冷たく無機質な表情は他者を威圧し凍結させるような迫力がある。
「いいえ、横領とか斡旋とかしてそうって意味よ」
「俺は悪徳官僚か何かか……?」
「あれ?だってこの間会った時、就職斡旋してるって…」
暫しの沈黙。
カレンの言葉によって襲の脳裏にチラついたのは、一年程前に日雇いでやったアルバイトのことであった。
「あれは違うぞ。神の声を借りて現代社会の軋轢に苦しむ仔羊達を導く、健全な慈善活動だった」
「でも大学生の就職活動の仲介をして会社側からお金貰ってたんでしょ?ほら、斡旋じゃない。大人しくお縄につきなさい」
確かにブラックでコーヒーな企業(訳してブラック企業)にひょんな経緯から「初めての就職斡旋~入門編~」という神の声を借り、ボイズチェンジャーを片手に迷える仔羊達(就職難に苦しむ学生達)に啓示を示す――素人でも短時間で効率良く稼げるカンタンなオシゴトを紹介する――という慈善活動を半日程強いられた経験が彼にはあるのだが、どうやらカレンは襲がさり気なく言った一言を覚えていたらしい。くそ、忘れてくれ。
カレンの咎めるような視線から襲は目を逸らしながら、どこまでも平坦な声で反駁を唱える。
「言い掛かりだ冤罪も良いところだ証拠を出せ証拠を」
「証拠を出せって言い草が既にそれっぽいわね」
「何だと…?俺はただ迷える人々の弱み……もとい救いを求める声に耳を傾け、見返りとして俺の『人生の質(クオリティオブライフ)』を向上させるという崇高な目的に投資という体制で協力していただいただけだ。決して営利目的ではないし悪意もない。ついでに罪悪感がないまである!」
「……それっぽいじゃなくてまんま悪徳だったみたいね」
腹立たしいカレンの嘲笑と、脳内で繰り広げられるいつぞやの官僚の天下り問題の光景はひとまず意識の脇へと置いておくとして。
話の概要はこうだ。
世界有数の構成術士教育機関である第七学園に少数で乗り込んでくるということは、奴らが構成術士として俗に言う“少数先鋭”である可能は高い。
侵入者たちの目的はともかくとして、第七学園に侵入し目的を果たす上で学園に通う生徒――「構成術士の卵」たちから構成術による妨害が入ることは必然。むしろそうした事態を想定していない方がおかしいだろう。ならば対策として、構成を読むことができる人材が投入されていると考えた方が無難だ。
この仮定が当たっていた場合、奴らはカレンの「円陣」を察知して何かしらの形でアクションを起こすだろう。具体的な例を挙げれば、目的達成の障害となりうる者を、つまりカレンを排除しようと動き出すはず。
「円陣」は詞素を散布するだけならば、術者の居場所を相手側に特定される危険性は低いが、使用した詞素を回収するとなれば話は別だ。詞素の流れを読み、流れ着く先を目指せば自ずと術者の居場所へと辿り着くことができる。
だが奴らとて馬鹿ではない。目的達成に裂く人員を考慮して、恐らく障害の排除に駆り出されるのは一部の人員だけだろう。それを逆手にとって侵入者を二手に分断し、各個撃破を目指すわけだ。
長い付き合いの中でカレンの小言など聞き飽きている襲は先刻のセリフが冗談だと確信した上で、一応確認がてら話を進めようとした。
「冗談はともかくとして、」
「えっ…?冗談だったの?」
襲の切り口に、カレンは素っ頓狂な声を上げた。
きっと突然本題に戻ったことにくだらない会話に花を咲かせていた意識が追いつかず、対応が遅れたのだ。襲は胸中でそう反芻して己に言い聞かせつつ、咳払いを一つ挟み仕切り直しを試みる。
「あのなぁ、いくら何でもそんな非道な行いはしてないぞ?」
「………。」
無言で見詰めてくるのはカレンだ。
ともなれば、彼女の咎めるような視線に追い詰められているのは一体誰なのだろう?俺じゃないよな。いや俺か。
――と、襲が例の如く混乱したのかはともかくとして、それなりに効果はあったようだった。
「ほら、オレ良い子だし」
「それこそ冗談でしょう?笑わせないで」
理不尽な激昂に思わず息が詰まり、反論が唾と共に飲み込まれる。
だが今は遊んでいる(遊ばれている)場合ではない。ここは妥協してもらう他無いと、低姿勢での交渉を開始した。
「頼むから信じてると言ってくれ、話が進まない上に俺の心がズタボロになる」
「……仕方ないわね。確かに遊んでいる場合ではないし、取り敢えず信用してるってことにしておいてあげる」
遊んで欲しいなんて言ってないんだが……。
そんな襲の憂鬱を余所に、語尾にハートマークでも付いていそうな幼馴染の返答にぐらりと眩暈を覚えつつ。襲はカレンの瞳を正面から見据えながら会話を進める。
「とにかく、詞素の回収に反応して迎撃に来る連中を無力化する。間違っても殺すなよ?」
「わかってるわよ。学園内で死人なんて出たら問題になりかねないでしょうしね」
「ああ。それに、相手の目的がわからない以上、情報源は多いに越したことはない」
制服の袖を捲りながら醒めた口調で続けると、カレンは勘ぐるような視線を向けてきた。睨み返すようにして「何だよ」と表情で語ってやると、彼女は諦めたように溜息をつく。
「ふぅん。まぁいいけど……とにかく始めるわよ」
形容し難い居心地の悪さを感じつつも、収縮へと転じた「円陣」へと意識が移り、襲は無言を保った。
カレンは既に、紅の双眸を閉ざして術の制御に専念している。
中央図書館までの距離は約三百メートル程あったが、『視る』限り既に「円陣」の索敵範囲は半分以下にまで縮小していた。
カレンの肉体へと還元されていく詞素の流れを「眼」で追いながら、その中に異物が混じるのを認識する。
「お手並み拝見、だな」
襲は呑気に自然体で構え、術の制御を続けているカレンの前に立った。
連中が何者であれ。その目的がなんであれ、やるべきことは極簡単なことだろう。
完膚無きまでに叩き潰す、それだけだ。




