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構成術士の欠陥因子 《OD》  作者: 寺鳥 夜鶏
オーバーダイブ編 <上>
33/124

Act.30 遭遇 <3>

一号館から出て再び並木道へと駆け戻ってきた襲の「眼」が、何やら懐かしい波動を捉えた。

だが、速度を緩めることはせず、視線だけを前方からやや左手へと流す。


「ん…?」


全国有数の敷地面積を誇るこの第七学園だが、敷地の約六割を実験棟や実技棟、または演習場にてている。

高校の生徒数は一学年平均二千人弱だが、学年が三学年まであることを考えれば延べ五千人強の生徒が所属している計算になる。中等部の生徒まで含めると一万人に届こうかという第七学園では、全く人とすれ違わないということはそうあるものではない。

だが生徒自身がそれぞれの進路に応じたカリキュラムを組み立てていくセメスター制(半年間の学期ごとに授業が完結し、単位を取得する制度)を採用している当校では、大学程とは言わないが同じ学科以外の知り合いに会う確率は低いと言えるだろう。


してや、“他の学園の知り合い”ともなれば尚更だ。


そう高をくくっていた彼が目にしたのは、紫と白を色調とした七高の制服とは明らかにデザインが異なる、赤と白の調和を身に纏った「一高生」の姿だった。


「げっ……!」


しまった、とすぐさま後悔するも、時既に遅し。

条件反射的に上げてしまった声と押し隠していた「気配」が、動揺と共に僅かに襲の中から漏れ出てしまった。

「脅威」との距離は二百メートル以上。常人ならば全く気づかれない距離だが、「脅威」は優れた感覚の持ち主だ。


案の定、顔を上げた「脅威」とバッチリと目が合う。


切れ長の紅の瞳に後ろ手に結い上げられた赤髪を揺らす、ポニーテールの少女。

凛とした雰囲気を纏うシルエットは、可憐で苛烈な構成術師のものであった。

見る者すべての目をく美少女なルックスと、“本当に無駄のない”(少なくとも彼はそう思っている)完全な左右対象のプロモーション。

彼女の唇が何か口ずさむのを、襲は遠方よりその口の動きから読み取った。


(いた――)


後ろで一房にゆいまとめた髪が春の新緑に映える、瞬間。

木漏れ日が白い肌を撫で、彼女はパチパチと双眸をしばたいた。

対して、襲は極自然な動作で首を正面へと戻した。

アスファルトを蹴る足の力を強め、一気に「脅威」からの逃避行を実行に移す。


「――待ちなさい」


速やかにその場から撤退しようとした彼の鼓膜に、冷徹で冷淡な声が突き刺さった。

反射的に襲は身を捻り、真横へと跳ぶ。一拍遅れて、彼が先程まで立っていた場所に赤い軌跡が踊った。

襲の鼻腔に何かが焦げたような異臭が届く。

前髪が焦げたのだと気づいた時には既に、鋭い一撃が襲の背後へと迫っていた。全身を前方に投げ出すようにして身を屈め、受身を取りながらアスファルトを転がる。摩擦によって回転が止まり、減速した瞬間。襲は四足を投げ出し、強引に空中での方向転換を図った。

回転方向からみて垂直方向へと運動のベクトルを移した襲の鼻先を、鋭い蹴り上げが掠めていく。


おいおい、殺す気か…?


舞い上がるスカートに、その中の光景に、襲の意識は奪われない。

素早く身を起こそうとした彼の首筋に、正面から人差し指を突きつける者がいた。

その首筋には、既に、襲の指が突きつけられている。


互いに指差すは頚動脈けいどうみゃく


ただし、襲の首筋に突き付けられた指先には産毛が焦げるほどの、圧倒的な熱量が宿っていた。思わず、額から冷や汗が伝う。


「再会早々、ご挨拶だな」

「……襲が逃げるからでしょ?」


二人の口元が三日月に歪む。

カレンの指先が淡い褐色の輝きを帯びる中、ジリジリと放射される熱に襲は疑問を覚えた。

いつもより……熱い?

気がついた時にはカレンの指先が襲の皮膚の表面を軽く、炙るように滑っていった。末端神経を襲う焼けるような痛みに思わず顔を顰める。


「熱いんだが…」

「気のせいじゃない?」

「いや、スゲー熱い」

「そう?最近熱っぽいから、その所為かしら」


(冷え性気味だったんじゃなかったのかよ…)


襲は胸中で毒づきながら、眼差しが自然と鋭くなっていくのを自覚した。視線を逸らさずに、下からカレンの赤の瞳を覗き込む。

血のような輝きの奥には、心なしか、憤怒にも似たどす黒い感情が渦巻いているように襲は感じた。


生物が古来よりDNAに培ってきた――ダーウィンの進化論的に言えば、弱肉強食や無機的環境による自然選択にその根源をおく、偶然の産物と言うべき生存本能。あるいは周囲から向けられた悪意によって皮膚の発汗組織が引き起こす哀しき生理現象に基づいて、襲の冷や汗の量が増える。

有り体に言えば、まぁただのストレスが原因である。胃に穴が開きそう。


「もしかして何か怒らせるようなことした?」

「やっぱり、自覚ないみたいね」

「いや、だから何が……」


カレンが浮かべた辟易の色に襲は思わずたじろぐ。そうしてやや体制を崩した彼の首筋に、つんっ――と彼女の指先が触れた。

いや、その時の様子を正確に言い表すならば、ジュッ――だろうか?

激痛と共に、襲は後方へと大きく飛び退いた。


「あっつッ!」


人差し指を下ろしようやく戦闘態勢を解いたカレンだったが、未だ無表情のままである。

火傷した箇所を気にしつつも、襲はそのことに奇妙な違和感を覚えていた。確かに暴力的な性格なのは以前から変わっていないが、ここまで嗜虐的だっただろうか?

……何やら、嫌な予感がする。


「何か、言うことがあるんじゃないの?」

「言うこと…?」


これ以上の幼馴染からの折檻せっかんは御免こうむるので、回答を誤るわけにはいかない。

首を傾げ、顎先に指を添えるという実にわざとらしい態度を作った襲は、哲学者の如く思考に身を委ねる。


暫しの間を置いた後、もう一方の親指を立てて、襲はポーカーフェイス(決め顔)で爆弾発言を繰り出した。


「そう言えば、今日は珍しく白だったな。似合ってたぜ」


襲の発言にカレンは目を白黒とさせてから。

襲の視線を追い、スカートまで視線が下がったところで――。


――顔を真っ赤にして激昂した。


「バッ!バカなこと言わないでこの変態っ!焼き尽くすわよっ!?」


カレンはスカートの裾を下へと引っ張って、襲に刺すような視線を投げる。

そんな彼女の感情の起伏に呼応するかの如く、彼女の身を取り巻く詞素が活性化し神々しい輝きを放ち始めた。

もしその姿を他に見ることができる者がいたならば、まるで焔のようだと口を揃えることだろう。それは見慣れたはずの少年でさえ例外ではなく、事実、驚きと恐怖のあまり襲は引きった声を漏らしそうになっていた。


「な、なんだ違うのか?」

「全く違うわよ!掠りもしてないわっ!」

「そうか…。年頃の少女は異性の目を気にすると言うし、てっきりさりげなくスカートを捲り上げサンプリングすることで、幼馴染の俺に一般男子高校生の意見第一号として率直な感想を求めたのかと――…」

「そんな回りくどい意見の求め方しないわよっ!勝手に人のことを露出狂か何かみたいに言わないでくれるっ?!」


真っ当な反論を受けては言い返す言葉もない…。

襲はガックリと肩を落としてから両腕を上げて降参の意を示し、アスファルトに胡座あぐらをかいたままため息じみた声音で詰問した。


「じゃあ、わからん。検討もつかないな。そろそろ教えてくれ、一体何が理由で怒ってるんだ?」

「なんで微妙に偉そうなのよ……まあ、いいけど。そもそも私が怒ってるのもなんだかお門違いな気がするし、後は本人から聞きなさい」


そう言ってTIGを取り出したカレンは、手早く何か操作した後、無造作にこちらへと投げ渡してきた。反射的に襲は重い腰を上げながらも投げ渡されたTIGを受け取る。

来月には女子高生ともなろう少女が、こうも簡単に他人に携帯端末を渡すのは正直いかがなものだろう?とは思いつつも、取り敢えずは通話中になっている画面へと耳を寄せた。

恐る恐る、尋ねてみる。


「も、もしもし……」

『その声っ!?ま、間違いないですっ襲さんですよねっ!』


いきなり飛び込んできた大音量に、襲の鼓膜が痛みを認識した。


『良かった無事でっ!あの、どこか痛むところはないですか?病気とか怪我とか…』


一週間程聞いていなかったものの、流石に何年間も寝食住を共にした人物の声を聞き間違えるほど襲は鈍くない。顔を顰めTIGからやや距離を離した格好のまま、彼は事務的な態度で対応へと取り掛かった。


「落ち着けって、ゆい。どうしたんだ?そんなに興奮して」


とは言え、ここまでエキサイトしている唯の声を聞くのは流石の襲にもかなり久しい。

何かあったのかと疑問(不安ではない)に思っていると、電話の向こう側の少女は息を切らしながら感情を発露してきた。


『どうしたんだ?じゃないですっ!私がどれだけ心配したと思ってるんですかっ!?』

「え、心配?何かしたか俺…?」

『しましたよっ!いっぱい!私に一言も断りもなく出て行っちゃうし!こちらから連絡しても一度も出てくれないし!今日に至っては勝手に私の術式使ってるし!』


状況が飲み込めない襲は助けを求めるように紫色の視線をカレンへと投げるも、効果音を付けるならば「ふんっ」といった態度で不機嫌そうに顔を逸らされてしまった。

どうやら、一人でどうにかしろ、ということらしい。


襲は前途多難だな……と、胸中で溜息を零してから。


仕方なく、渋々といった心持ちで彼は事態の収拾に取り掛かろうとした。しかし、突然スピーカーの向こうから聞こえてきた水音に、襲は上手く言葉を発することができなくなってしまった。

問いだけが言葉としての意味を成して。

呟きのように、襲の口から発せられる。


「唯…?」


呆然とした疑問だけが宙に溶け、鼻をすするような音がスピーカー越しに響く。

幾許の時が経ったのだろうか?

恐らくは数秒程だろうが、襲には数時間にも感じられた空白の後。涙声の少女の声が再び彼の耳朶を震わせる。


『……顔、見せて下さい』

「は、なんで……」

『いいから早くして下さいっ!』


有無を言わさぬ語り口に圧倒された襲は、慌ててTIGの画面へと指を滑らせテレビ回線を開いた。

暫しの間を置いて互いの回線が接続された瞬間、画面に映った少女の泣き顔に、襲は吐き出しかけた言葉を失った。

そのときの彼の表情と言えば、きっと、酷く間抜けに映ったに違いない。

だが画面に映った少女はその顔を見て、泣きながら、本当に安堵したような笑みを浮かべた。


『心配……したんですから。襲さんに何かあったんじゃないかって、毎日、心配したんですからね…』


「……悪かった、本当に」


涙声で発せられた囁きに、襲は心の底から陳謝した。

謝られた少女は小さく笑って、人目をはばからず、一際大粒の涙を零す。


『反省、してください』


これ以上反論する気力など、彼女の笑顔を見た瞬間、襲の胸のうちからは失われてしまっていた。

罪悪感にも似た、それでいてどこか暖かい感情に、襲は瞼を伏せる。


「……ああ、わかった」


脇に立っていたカレンの表情も些か柔らかなものとなっていたが、襲は視界の端に起きていた僅かな変化には全く気づいていなかった。

やや挙動不審気味な様子から察するに、どうやら画面の向こうの少女の表情を伺い、掛ける言葉を模索しているらしい。唯が落ち着くのを待っていた襲は珍しく少々取り乱していたようで、会話を再開するまでにはそれなりの時を要することとなった。



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