Act.12 されど、少年は <2>
注文を終えて少し手元無沙汰なったのだろう。椿はくるりと意識と身体を襲へと向けた。
「シュウは私と同じ新一年生だよね?どこの学部に入るの?」
「一応、詞素工学部に進む予定だな」
詞素工学部とはつまるところ、構成術を用いた装置の開発及びその“実践的”な使用技術を学ぶ為の学部だ。
正確には更に三つの学科に分かれるわけだが、これ以上追求されても正直面倒なので襲は敢えて口にしなかった。
「すごい!私計算とか苦手だし、入試の時点で確実に振るい落とされちゃうよ」
「そういう椿はどこに入るんだ?」
これも当然の流れで、少年は聞き返す。
すると椿は少々バツが悪そうに頭を掻き、視線を明後日の方へと逸らしながら答えた。
「私は一応構成学部の構成術学科(BDC)の方に…。
正直、適正検査の数値のおかげでギリギリ滑り込めただけなんだけど」
「いや、俺は構成学部の方が凄いと思うんだが…」
構成学部とは、構成術を“実戦的”に扱う技術を学ぶ学科の総称で、構成術師(Brane Drums)を目指すものが入学する構成術学科(BD-Class)と、詞素を用いた搭乗型の機械(兵器)の操作を主に学ぶ詞律操縦学科の二本柱のことを指している。なお、詞律とは構成術を利用して起動する装置及び術式のことだ。
また、構成学部は詞素工学部に比べ、構成術師として非常に高い適正を要求される学部でもある。
これは風潮のような具体性を欠く情報ではなく、純然たる事実だ。
構成術師の活躍の場の大半は軍事分野であり、それは将来パイロットとして軍属する可能性の高い詞律操縦学科の卒業生も同様だが、それらの根本にあるものは“超常的な能力”と“超人的な身体能力”。この二点にその拠り所があるといっても過言ではない。
これらを具体的で残酷な表現に言い直すと、構成術を実践(実戦)レベルで行使することができる人材か否か。
全ては構成術師として「才能」が認められるかどうか、これに限る。
だが、その才能とやらに恵まれている当人は、襲の指摘に対して難色を示した。
「そう……なのかな」
「ああ、生まれ持った才能が重要視される学部だからな。
詞素工学部に進む人間は数多でも、七高の構成学部に入れる人間はほんのひと握りしかいないんだぞ?」
ここで語られる「才能」とは遺伝的にその者が生まれ持った「素質」のことであり、努力で培われる「素養」ではない。
まず大前提として、構成術師は己の意思の力たる「思念波」で詞素をはじめとしたあらゆる万物の根源、即ち「情報体」と呼ばれる高次元空間構造に干渉し、改竄することで任意の効力を獲得する。
その明確なメカニズムは依然として未解明だが、現在最も有力な仮説が「詞核と呼ばれる虚数演算領域によって、『情報体』への干渉及び肉体への詞素の供給が無意識下で行われている」というものである。
この「詞核」と呼ばれる領域は無意識下の演算特異領域だとされているが、“物体的には”、脳の大脳新皮質及び大脳辺縁系に詞素を投与した際に、極一部の人間の脳内に生成される「ミーム細胞」と呼ばれる詞素との親和性に優れた細胞組織のことである。
ミーム細胞を形成する粒子群。即ちミーム粒子は、人間の構成を『波』というかたちで詞素を始めとした「情報体」へと伝播し、干渉する。そうすることで無意識下での制御が可能になる、と考えられている。
つまり「素質」とは、詞素を試験投与した際にミーム細胞が形成されるか否かである。
そして「才能」とは、入試直前の段階でどれだけ細胞組織の発達が見られるか。何より細胞組織の「性能」は如何程で、どれだけ己の意思で御することが可能なのか。
国立詞素大学付属校では以上の採点基準によって、対象の入試試験の実技成績を計る。
そして肝心の入試成績といえば、“実技成績に”ペーパーテストの成績を加味した総合成績で決まるらしい。つまりは、実技成績に比重を多く置いている、ということだ。
実技成績と模試成績の割合は学部学科によって多少異なるとされているものの、それでも実技成績が総合成績の大半のパーセンテージを占めているのは“彼の入試成績から見ても明らかであろう”。
悲しきかな。彼の総合成績を見たら、椿ですら苦い顔を浮かべるに違いない。
(…ま、別段気にしてはないんだけどな)
何の気なしに胸中で嘯いてから、襲は思考を再び加速させた。
構成術士の「才能」。つまりミーム細胞の形成が認められるのは、多く見積もっても日本の新生児で年間約二万人弱と言われている。
現代の日本の総出生数が年間七十四万人であることから、構成術士としての「才能」が認められる者は全体の三パーセントにも満たないのが現状だ。
この僅かな人材の中でも日本有数の国策機関である「七高」に受かる人材(生徒)は更に少数であり、国から多額の支援金が支給される構成学部は中でも最も競争率が高い学科として知られている。
この競争に敗れた者の大半は比較的(あくまでも比較的に、である)競争率の低い詞素工学部の入試審査を受けることとなり、学園に通う者の間では滑り止めのような不名誉な偏見が根強く残っているのも確かなようだ。
むしろ襲自身のように、最初から詞素工学部を目指していた者の方が少数なのかもしれない。
何より、この話題は受験戦争直後の新入生たちの間では非常にデリケートな内容だ。
構成学部に入ったエリートと、滑り止めとして詞素工学部へ入った生徒の間で話されるものがあるとしたら、それは劣等感や妬み、あるいは嘲りのニュアンスが付き纏うものかもしれない。
そう、彼自身も思っていた。
この少女の瞳を見るまでは。
「どうしたんですか?…はっ!もしかして私の顔に何か付いてます?」
長い間、思考に耽っていたのだろうか?
彼自身にはあまり自覚がなかったのだが、椿の反応を見る限り、そう短くない間彼女の顔を凝視していたらしい。
都合よく勘違いしてくれる辺り少女には多分に可愛げがあったのだが、可愛げのない少年は口元に愛想よく作った笑みを浮かべて頭を振った。
「いや、椿は本当に美人だなと思って」
「……ぅえ?」
手鏡を取り出し、わたわたと顔を確認していた椿の肩があからさまにコケた。
つい悪戯心が芽生えた襲は、大層芝居がかった演技で(故意的に)椿の顔を見詰め、
「悪い、悪気はなかったんだ。ただ、時折魅せる憂いを帯びた横顔を見ていたらつい、な」
もちろん嘘八百である。
そもそも芝居がかり過ぎて既に滑稽な域まで達している(と自覚している)襲の目的は先の話を逸らすことと、どこかぎこちない場の空気を和らげること。
マセた小学生ならば「嘘クサい」と無慈悲に罵倒してくるところだが、椿の反応は予想を斜め上に裏切るものであった。
突如火山が噴火したかの勢いで顔全体を紅潮させ、しどろもどろになりながら、口の中でモゴモゴと否定の言葉を紡ぎ始める。
「あ、あの…。ゎ、わたしなんかが美人なんてことは…」
「もちろん冗談だぞ?」
まぁ、少年の一言ですぐに垂直降下したのだが。
隠しきれない苛立ちを声の節々に宿らせ、椿はため息混じりに言の葉を並べる。
「…シュウ、よく無神経って言われません?もしくは人が悪いとか」
「そうか?そうかもな。俺はただ、椿に『可愛い』と面と向かって言うのが恥ずかしかったから誤魔化そうとしただけなんだが…」
「冗談、なんですよね?」
迫真の演技で悲痛げな表情を演じ、顔を僅かに伏せる襲。
しかし、今度は動揺の色を見せなかった椿が胸の前で両腕を組んだまま半目で睨み付けてくる。
「おお、よくわかったな」
「流石に二度目は引っ掛かからないよ!」
思わず身を乗り出しそうになった椿だったが、タイミングを見計らったように現れたAGAの少女に気づき腰を落ち着けた。




