Act.13 されど、少年は <3>
落ち着いた椿の様子を見て素早くテーブルに身を寄せた機械仕掛けの少女は、無機質な表情と声音で商標名を読み上げる。
『カプチーノとエスプレッソになります』
「ありがとう!あ、カプチーノはわたしね」
制服を着ている所為だろうか?機械仕掛けの少女はパッと見、普通の女子高生と何ら変わらないように見える。
若干血色が悪いような気もするが、一連の所作からは半世紀前までロボット一般に付き纏っていた機械らしさは感じられない。
『ごゆっくりどうぞ』
機巧少女は左手の銀のトレーに乗せたカップを音もなくテーブルに置き、マニュアル通りのお辞儀をしてから店の奥へと戻っていった。
気品すら感じさせる後ろ姿を見送りながら、襲は普通の店員と同じように(むしろそれ以上に親密な態度で)扱った椿の言動に些か意外感を覚えていた。
僅かな興味を覚えた襲は、カップを一度傾けてから何の気なしに訊ねてみる。
「椿はAGAにも親身に接するんだな。どうしてなんだ?」
「うん?だってあんなに可愛くて仕事熱心な子他にいないよ?シュウは応援したくならない?」
そういう発想か…。
気軽に訊いた質問だったのだが、呆れを通り越して関心すら覚える椿の考えに思わず唸り声を上げる結果となった。
一聞、生産性を追求する彼の生き様とは相容れない主張に思えたのだが、その実「機械は道具である」という見解とはやや異なった考えを持つ襲は苦笑混じりに答える。
「さあ?彼女たちには感情がないからな。簡単な対話型インターフェースは接客用に搭載されているが、基本マニュアル通りに接客するだけだろ」
そこまで口早に言って目を伏せると椿はどこか気落ちした様子だった。
拗ねたように頬を膨らませ、ふしゅぅと穴が開いた風船のように空気を吐き出しながら小さく肩を落とす。
「そっか、やっぱりシュウも…」
機械を人間扱いする人は少ない。
これはロボットの活躍する場が増えた今日であっても変わらない事実だろうし、外見がヒトに限りなく近いAGAでもそれは変わらないのだろう。
ふと、益体もないことを思う。
AGAを人間として捉えられないのは単に無機物だからというわけではなく、人間が「ヒト」という「枠」を絶対視している所為ではないだろうか、と。
その深層心理としては、ヒトがこの世で最も崇高な生き物であるなどと大多数の人間が無意識のうちに悦に入り、自分自身で「ヒト」を神聖視してしまっていることが大きな理由として考えられる。
改めて思考すれば、憲法や法律にはそうした人間の浅ましさが如実に現れているように思えるのはなぜだろう?
いや、きっとそれは紛れもない事実なのだ。
恐らく、俺の人間性が致命的に欠如しているとかそういう理由ではない……多分。
ゴホン、ゴホン…。
例えば、日本国憲法。
国民主権と平和主義、並びに基本的人権の尊重を三大原則としているらしいそれは、平和主義に関して言えば、近年度重なる軍備強化によって危ぶまれつつあるらしい。
そんな日本国憲法に並べられている「基本的人権」。ここには自由権や平等権の他に、社会権や基本的人権を守る為の権利、更には新しい人権なるものまで保障されているという。
他の生物に対する法的配慮を鑑みれば大層なご身分なのだろうが、結局のところ、そうでもしないと今の社会は酷く生きづらいものなのだろう。環境に適応し生活を豊かにしてゆく為に構築された社会というシステムそのものに、あろうことか、自身の首を絞め付けられてしまっているのだ。
それを滑稽かと言われれば、残念ながら、否定は難しいのかもしれない。
だが、「ヒト」は「一人」で生きられても、「人」は「独り」では生きられない。
物理的にしても。精神的にしても。
病院などの医療機関で生を受けた時点で人は公共の施設を始めとした「社会というシステム」に生かされ、初めて舗装された路面を踏みしめた瞬間から「社会というシステム」を利用し、依存しているのだ。
ついでに納税の義務も生じる。ここ重要な。きっとテストに出る。
とまれ以上のことからして、社会というシステムが構築されたのは道理であり、必然なのだろう。
人権という言葉とそれに準じた法律などの「枠」で「ヒト」という種を保護する一方で、命は平等だとか全ての生き物は友達だとか宣いながらペットなどの殺傷を器物損害などと表現し、他の生命を「モノ」として扱う人間の本質には彼自身も侮蔑の念を禁じえないが、それを口にするほど幼くはなかった。
言葉の節々に人間への侮蔑の意味合いを強く宿らせながらも、襲は口元に皮肉げな笑みを浮かべる。
「だが、人工知能を搭載した機械なら話は別だ。高度な自己学習機能や汎用性の高い対話型インターフェースがあればなお良し、自我の確立が成されていたなら人間と大差ないだろ」
「えっ、それって…」
何故か瞳を潤ませて惚けたような面持ちで見つめてくる椿に、不味かったかな?などと軽く後悔しつつ、再びカップに口を付けた。
「そんなことより、椿は今日はなんで学園に?」
話題が切り替わったからだろうか。何事もなかったかのように一瞬で表情を戻した椿は、窓の外に視線を移してから少し気後れした様子で答えた。
「友達が『強化部』に入りたいって言ってて、その部活に中等部の先輩がいるから見学がてら挨拶に行きたいって頼まれたんだ。だから友達の付き添い…かな?」
「先輩?もしかして椿とその…友人は七中の出なのか?」
説明するまでもないかもしれないが、「七中」とは七高と同じく第七学園に建設されている国立詞素大学付属第七中学校の略称である。
構成術という専門科目を導入した義務教育機関。つまり構成術士育成を目的とした中学校の設立は、建設計画がスタートした当時こそ反対の色が強く国民から示されていた。
だが運動神経と同じく、幼少期に詞素に触れていた者の方がミーム細胞の発達が進んでいることが世界的な統計結果で明らかとなると、掌を返すように好意的な意見が国民から集まったものである。
酷い話にも聞こえるが、まぁ、それも当然なのかもしれない。
国力の一つとして、しかも自衛力として重要視されている構成術士の育成には、国の命運が、未来が係わっていると言っても過言ではないからだ。
何より、構成術士が各国の軍事力として見られるようになってからは、互いの軍事バランスを保つ為に優秀な構成術士の存在が必要不可欠となったことも一つの大きな要因と言えるだろう。
とまれ、現在ではこうした国際的な事情も重なって各学園に一校ずつ中学校が建設されているわけだが、当然の如く、卒業生の大半は同じ学園内の高等部へと進学することとなる。
普通校からの七高への進学が全くないとは言わないが、やはり学園としては既に基礎教育を受けた優秀な生徒を手元に置いておきたいという思惑もあるのだろう。引越しなどの例外を除けば、大多数の生徒が奨学金などの面で比較的優遇される同じ学園の高等部へと進学するのが一般的といえる。
だが椿の答えは、襲の予想とは少し異なったものであった。
「んーん、アズサはそうなんだけど私は違うんだ。アズサとは先月街中で、偶然知り合ってから友達になったから…」
アズサ、と言うのがどうやら椿の待ち人(友人である)らしい。
椿の簡潔な人間関係を咀嚼しながら「じゃあ椿は普通校から来たのか?」と訊ねると、少女は白く滑らかな指先で頬を掻きながら小さく頷いた。




