32
今回で終了です。
◆ ◆
翌日、柴楽町は何事もなく――とはとても言えないスタートを切った。
人々は突如崩壊した道路を避けるルートを使っての通勤通学を余儀なくされ、他の道路に流れた車やバスなどが突発的な渋滞を生んだ。特に被害を被ったのはやはり柴楽高校の生徒たちで、学校までほぼ一直線のメインストリートが通行止めとなってしまってはルート変更も已む無く、これまで経験則で築き上げた遅刻ギリギリのデッドラインもあてにならなくなり、いつもより早めに家を出なければならない羽目となった。
ちなみに崩壊した道路はスフィーの情報操作により、原因不明の竜巻が発生したための損壊という事になった。一部では宇宙で起きた謎の爆発と今回の竜巻発生を関連づけようとした者もいたが、根拠がない科学的説明がつかないなど否定的な意見ばかりですぐさま口をつぐんだ。
スフィーの魔法じみた工作によって、驚異的な速さで県の予算が組まれ、役所もやればできるんじゃないかと市民を感嘆させた。
さっそく今朝から土木関係の業者が入り乱れて復旧作業に勤しんでいる。被害にあった民家も、同様に県から補助金が下りるよう操作してくれたので、災害を起こした張本人の虎鉄は胸を撫で下ろすばかりであった。
学校でも話題は昨日の竜巻と停電の話でもちきりで、やれ観たいテレビが観れなかっただの、やれ録画していたサッカーの試合が録れていなかっただのあちこちで喧々囂々のやり取りばかりで、流星や教会の鐘が鳴った事を話題にする者は居なかった。
むしろ竜巻や停電が話題を独占しているおかげで、昨日急に武藤虎鉄が早退し、続いて後を追うようにして卯月エリサが早退した件がうやむやになっているのは当人たちにとっては好都合だった。ただ一人犬飼浩一だけがクラスの中でその事実を記憶している稀有な人物であったが、何かあったんだろうなあという確信めいた予感を持ちつつ、あえてその話を口にしないという大人の配慮を心得ていた。とてもあの二人の友人とは思えない、できた男である。
当たり前だが、電気や電話が通じなくても学校授業は平常通り行われ、学生たちをガッカリさせた。幸い柴楽町はプロパンなのでガスに関しては影響がなく、昼休みにはきちんと食堂が開かれて欠食児童たちの胃袋を満たしてくれたのがせめてもの救いだろうか。
ちなみに虎鉄が空腹のあまり目を覚ましたのはこの日の夕方だが、全身極度の筋肉痛に見舞われ一週間寝込んだ。
それから何事もなく一週間が経ち、虎鉄たち三人が例によっていつものように机を固めて昼食を摂っていると、
「あ、そうや。虎鉄、今日ガッコ終わったら教会来いって神父さんが言うてたわ」
思い出したように、エリサが舞哉からの伝言を伝えた。
「何でだよ?」
ようやく動けるようになった虎鉄だが、まだ動くたびに痛みが走る。今も全身から湿布の臭いを漂わせ、たかがコンビニのおにぎりの包装を剥くのに全身全霊をかけている。
「知らんがな。ウチは伝えてくれって頼まれただけやもん。これでお役御免や」
「無責任だなあ。どうせなら呼びつける理由も訊いといてくれよ」
「アホ、なんでウチがそこまで世話焼かなあかんねん。そもそもあんたがアホみたいに寝込んでケータイにも出られへんから、神父さんがウチに頼んだんやないか。四の五の言わずに黙って行き」
虎鉄の抗議を母親みたいに一刀両断すると、エリサは昼食を再開した。そうなるともうこの話はこれっきり、という意思表示みたいなものなので、これ以上いくら言及しても引き出せる情報は耳かき一杯分もないだろう。虎鉄はどうせアペイロン絡みだろうと当たりをつけつつ、自分も残った昼食をやっつけにかかった。
浩一は相変わらずにこにこしながら弁当をつついていた。
放課後。遠回りに遠回りを重ねてどうにか聖セルヒオ教会に辿り着いてみると、鐘楼が壊れているのとは別の変化が虎鉄を待っていた。
「よう、来たか虎鉄」
「遅かったではないか、小僧」
スフィーは先日のダイバースーツみたいなぴっちりした服とは打って変わって、きちんと身体のサイズにあった年相応の洋服を着ていた。もともと外国人のようにスレンダーな体型と小さい顔なので、通販のカタログに出てくる子供服のモデルのようだ。これならどこからどう見てもクリスチャンの親に連れられて来た子供のように見え、教会に居ても違和感が無い。むしろ神父の装束を着た舞哉の方が、その巨体と人相ゆえに違和感がありまくりだ。
「師匠、何でまだコイツが教会に居るんだよ! しかも何か着てるモンまで変わってるし!」
「ああそれか。今朝牛島さんの奥さんが、娘さんたちのお下がりで良ければってくれたんだ。子供服なんてどこで調達すりゃあいいかわからなかったから、助かったぜ」
「あの双子の居る……ってあの子らってたしか小学生だろ」
「今年揃って三年生って言ってたな」
小学三年生女子のお下がりが似合う十五歳というのもどうかと思うが、当のスフィーは地球の洋服が初めてのようで、無駄にひらひらするスカートや、ナノマシンで構成されていない生地の肌触りに感動したりと嬉しそうにしている。たしかにこれまで着ていたやたら機能性の高い未来宇宙服とは正反対のローテクな化繊の服は、彼女にとっては斬新だろう。
「どうじゃ小僧、似合うか?」
お披露目するようにスフィーが虎鉄の前でくるくる回ると、プリーツスカートがふわりと傘のように開き、白く細い足が露になった。
「……まあ似合ってるっちゃあ似合ってるけど、それより何でお前まだ地球に居るんだよ?」
「『何で』も何も、宇宙船がなくなってしまったのだから、どこにも行きようがないであろう」
「ああ、なるほど……」
テンションが上がって楽しくなったのか、きゃっきゃと笑いながらコマのように回り続けるスフィー。これ以上回転が激しくなると、スカートが開ききって中が見えそうだ。
「というわけで、しばらくここで厄介になる事になった。よろしくな」
「ああ、よろしく……ってマジか!?」
「それにアペイロンにも興味が湧いたしのう。小僧にも色々と協力してもらうぞ、身体で」
「身体で協力って何だよ? 改造手術か? 人体実験か?」
「変身するとメスが通らんからな。生身の時に麻酔なしで中を診たいが、ダメかのう?」
「ダメに決まってんだろ! せめて麻酔かけろよ。拷問かよ!」
「あははーやっぱダメかー」
虎鉄の文句を笑い飛ばして、スフィーは回り続けていたが、
「麻酔の成分で何かが変質するかもしれんからのう、できれば意識がある間にうえっぷ……」
急に回転が乱れ、ふらふらと千鳥足で壁にぶつかりずり落ちると、そのままぐったりして動かなくなった。きっと目を回して気分が悪くなったのだろう。
「それとな、ここからが本題だ。あれから色々調べてたら解かったんだが、ドラコの奴、宇宙船の通信機でこの惑星にアペイロンが逃げ込んだ事を全宇宙に向けて発信してやがったんだ」
舞哉の言っている意味が理解できず、虎鉄は「ん? ん?」をアホみたいに繰り返す。
「え? だってあの時師匠らは、ドラコの性格からしたらまず応援は呼ばないだろうって言ってなかったか?」
「応援は呼ばないとは言ったが、報告しないとは言ってなかったろ。お前も社会に出たら解かる。ホウレンソウって知ってるか?」
「野良宇宙人に言われんでもそれくらい知っとるわ!」
「良かったな虎鉄。宇宙最強の座と莫大な賞金を狙って、すぐに賞金稼ぎや腕に覚えのある猛者どもがわんさか集まってくるぞ」
「賞金かかってるのは師匠の首じゃないか。俺関係ないだろ!」
「俺もう変身できないからアペイロンじゃないもーん」
完全に他人事だとばかりに大笑いする舞哉。力を失った事をここまでポジティブに受け止められるとは、切り替えが早いでは済まされない男である。
「今変身できるのも、そいつらの相手ができるのもお前しか居ない。つまり、この星を守れるのはお前だけって事だ」
にやけた顔が一瞬で真顔に戻り、真剣な声で舞哉は虎鉄の肩を叩く。それはまるで、師匠からバトンを手渡されたようだった。
「安心せい。困った時は儂らが助けてやるから、小僧は何も心配せずに好きなだけ暴れれば良い」
いつの間に復活したのか、スフィーが偉そうに腕を組んでふんぞり返っている。
「何で上から目線なんだよ……。元はと言えばお前が持ち込んだ厄介ごとだろうが」
宇宙船もロボットもない、ただの銀髪小学生と化したスフィーにいったいどんな手助けができるのかは甚だ疑問だが、とりあえず来る事さえ分かっていれば対策や心構えができる。今はとりあえずそれで良しとしておこう。
それに本心では、これで終わりと言われても少々不完全燃焼だったので、むしろこれから新たな敵が出てくる展開は望むところだ。せっかく念願のアペイロンになれたのだ。もっともっとこの力を使ってみたいし、宇宙最強を目指すような荒くれ物どもと手合わせしてみたい。戦いはまだこれからだと言われて心が躍るのを抑えきれないくらいである。
「フン、しゃあねえな。師匠のケツを拭くのも弟子の仕事だ。いくらでも相手してやるぜ」
口では嫌そうに言いつつも、自然と笑みが浮かぶのは止められない。虎鉄は右の拳を一度力強く握り、前へと突き出す。
「アペイロンの名は、伊達じゃねえ!」
アペイロン生存の報せはすでに量子の波に乗って宇宙狭しと駆け巡り、今頃は宇宙連邦治安維持局や連邦宇宙軍を始め、宇宙を股にかける賞金稼ぎや宇宙最強の名を求める武芸者たちの耳に入っているだろう。
そう遠くない未来、彼らが大挙して地球に押し寄せたとしても、柴楽町に武藤虎鉄が、アペイロンが居る限り、彼の無敵が証明されるだけであろう。
が、それはまた別の物語である。
了
お疲れ様でした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ、次回作でお会いしましょう。
では。




