魔導研究所所長代理
「旦那様、ローザラインのワイズマン宰相様より使いの者が来ています。お会いになられますか?」
ヒックス卿が国に戻って三日経っている。氷を保存する方法を聞いてそれなりに満足はしていた。
「ん、使いの者・・・何か気になるな、どんな者であるか?」
「はい、若い女性でローザライン魔道研究所所長代理ジークリンデ=タウヒャーと名乗られております。」
「ほう、よし会おう。すぐに応接室に通してくれ。」
若い女性と聞いてヒックス卿が好色な顔を見せる。さらに肩書きを聞いて興味が沸いたらしく上機嫌で答えた。
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「そなたがワイズマン宰相殿の使者であるか?」
ソファーに座っていた女性がヒックス卿の姿に立ち上がる。ヒックス卿はわざとらしく威圧的な態度をとったが動揺した様子はない。ヒックス卿は手で座る様促した。
「本日は面会いただけまして真にありがとうございます。ならびにワイズマン所長自身が来られないことをお詫びいたします。」
「うむ、宰相殿も多忙であられるのだろう。少々残念ではあるが仕方があるまい。それより一つ質問ができたのだが、宰相殿は魔道研究所なるものの所長も兼任しておられるのか?」
「はい、左様にございます。先日進呈いたしました冷蔵庫も所長の考案なさった物の一つであります。」
リンデが自分のことの様に自慢げに胸を張ってみせた。
「なんと、そうであったか。多才とは聞いていたがそこまでとは知らなかった。タウヒャー殿と言ったな、その魔道研究所なるものの話を聞かせてくれぬか?」
「はあ、それはよろしいのですが、まず本来の用件を済ませたいと思います。冷蔵庫はいずこにあられますでしょうか?」
「おお、そうであった。ではここに持って来させる。」
ヒックス卿が後ろに立っていた執事達に無言で合図をすると、執事の一人が一礼して応接室から出て行った。
「それで魔道研究所とはなんぞであるか?」
「はい、ワイズマン所長が創設なされた様々なことを研究する機関です。一応公的な研究所でもありますが、実質は所長の私的機関と言っても過言ではないですね。運営費の半分は所長の懐から出ていますから。」
そう言ってリンデは明るく笑った。冗談めいてはいたがこれは事実である。自分の興味があることを研究させているので、公の金を使うことが憚られていたのである。実際に公的な金が投入されるのは、商業ベースに乗せることが可能になってからになる。
「旦那様、冷蔵庫が届いたようであります。」
部屋の外の音を聞きつけた執事の一人がヒックス卿に耳打ちする。部屋の扉が開いて台車に乗せられた冷蔵が持ち込まれた。
「ヒックス卿、ここで作業させて頂いてよろしいですか?」
「おお、それは構わぬ・・・が、こんな場所で出来るのか?」
「ええ、可能です。では少々場所と時間をお借りします。」
そう言ってリンデは後ろに置いておいた箱に開けた。何かあってはならぬと執事達が覗き込んだ。中には様々な工具と30cm立方程度の大きさの箱が入っていたが、リンデ以外の誰にもそれらが何か理解できなかった。
リンデは冷蔵庫のあちこちに工具を差し込むと器用に螺子を取り外していく。10分もしないうちに内部から30cm立方程度の箱が取り出され、新しい物と交換された。
「これで氷は三倍ほど作れる様になるはずです。水を頂いてよろしいですか?」
そう言いながらもリンデの手は工具を片付けている。しばらくして執事が水差しを持ってきてリンデに渡した。水を補充して扉を閉めた。
「後はいつも通りの操作で結構です。多くの氷を保存したい場合は前と同じように塩をお使い下さい。」
「もう終わったのか?もっと時間がかかると思っていたのだが。」
「いえ、これで終わりです。ただのユニット交換ですから。」
「・・・?どうもそなたの言う言葉はよく分からぬ時がある。だがその知識と技術が確かであることは分かった。そなたさえ良ければすぐにでも当家に招きたいが、どうであろうか?おそらく今受けている報酬以上のものを与えられると思うのだが・・・。」
ヒックス卿の申し出にリンデは少々困惑した。卿の申し出に心が揺れたわけではない。無碍に断って卿の機嫌を損ねることを危惧したのである。
「ありがたい申し出ですが、ここはお断りいたします。」
「何故だ?そなたが望む物は用意させる。身分も金も部下も、他に必要な物全てだ。」
「ん~、何と言ってよいのか、私が望む物はおそらく卿には用意できませんから。」
「私に用意できない物などない。見縊ってもらっては困る。」
リンデの危惧どおりヒックス卿が興奮して立ち上がった。
「そうですね、ここは口で説明しても分からないでしょう。厨房をお借りしてよろしいですか?それで私が言ったことを証明できると思います。」
「厨房だと・・・料理でも作るつもりか?料理で何が説明できると言うのだ。」
「それは出来てからのお楽しみと言うことで。」
「よろしい。厨房にある物、何でも好きに使うがよい。それで私が納得できなかった場合は当家に仕えよ。」
「それで結構でございます。ではお借りいたしますね。」
リンデが意味ありげに笑みを浮かべる。ヒックス卿はそれを挑発と捉えた。執事に連れられてリンデが応接室を出て行った。




