千客万来③
結局、ヒックス卿の依頼は帰るまでには間に合わなかった。仕方がないので氷と塩を使って庫内温度を下げる方法を教えておいた。三日経った今日、ヒックス卿の名前で銀のスプーンが届いた。あの時の口約束を守るとは意外に律儀な男だ。
「結構高価な物に見えますが、頂いておいてよろしいのですか?」
「ん~、まあ、貰っておくべきだろうね。返すとなると逆に反感を買うことになる。それにこれは縁起物だ。素直に好意として受け取っておこう。」
「そうですか、宰相殿がよろしいならそれで結構です。」
ドゥーマンの懸念は分かる。今まで賂を持ち込む者は少なくなかったが、そのほとんどを断ってきていた。賂を持ってくる者の後ろに見返りを期待しているのが見え見えだったからだ。
「これは後で時間を作ってメタルマに届ける。その為にも書類を片付けるとするか。」
「はっ!ではまず人事の変更から、ノイエブルク事業責任者を一時的に学院長にしたいとのことです。」
はて?シャッテンベルクに何かあったのだろうか。特に交代する理由はないのだが・・・。
「シャッテンベルク殿はメタルマでマギー様のお世話です。あの城にはそういったことに長けた者はいませんので。」
俺はよほど変な顔をしていたのだろう。俺が疑問の言葉を口に出す前に説明された。
「うん、まあメタルマについては適任としか言えないか。それよりノイエブルクの方はいいのか?」
「問題はないようです。実質の業務はシャッテンベルク殿の部下が引き継ぐそうです。」
「それならいい。他には?」
「実は、先日よりローザラインの事業を陛下に、グランローズの事業をゲオルグに変わって頂いています。このとおり私はここから動けませんので・・・。」
「それも仕方がないことだな。全部俺に端を発することだ。」
俺がいないうちに結構迷惑をかけていたことがよく分かった。昨日、一昨日は溜まった仕事を片付けるのに忙しくて気付かなかった。全てを取り戻すつもりで職務に励むことにしよう。
次々と書類を片付けていく。ドゥーマンの段取りは完璧で、どうしても俺でないと裁可出来ないものだけが残されていた。しばらくすると一人の文官が入ってきてドゥーマンに一通の封書を渡した。メタルマの封がある。
「ん?何だそれは?」
「メタルマから急ぎの文のようです。お読みになりますか?」
「ああ、当然だ。貸してくれ。」
ドゥーマンの手から封書が渡される。自分の手で封を解いて中の文書を取り出した。
「え~と、なになに・・・王子ブリッツ殿下拝謁に関する注意点について・・・・なんじゃこれ?」
その文書にあったのはアイゼンマウアー、ガイラ、サイモンの三人、及び争い事を持ち込む者の拝謁を当面禁止する通達で、そうなった理由も長々と書かれていた。
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誰にとって不運なことなのかは分からないが、アイゼンマウアー、ガイラ、サイモンの三人がメタルマの城に集まることになった。
連合王国で朗報を聞いたアイゼンマウアーは祝いの言葉を言う為にメタルマに行くことにした。その際、その場にいたガイラがついてくることになってしまったのは誰も責めることはできない。5年以上まともに会うことはなかったが、ガイラはこれを機会にケルテン達に再開する気になったのである。多少は冷やかす気持ちがあった。
同刻、グランゼで同じ文を受け取ったサイモンもガイラと同じような感情を抱いた。付け入る隙のない盟友を冷やかすネタが見つかったのである。グランゼの仕事をホフマンス達に押し付けてすぐにメタルマに跳んだ。
「これは隊長、お久し振りです。」
メタルマの城の待合室に入ったサイモンは、そこに座って待っていたアイゼンマウアーに頭を下げた。
「私はそなたの隊長ではない。何度そう言えば分かるのだ。」
「そうでした。顔を見るとついそう言ってしまいます。」
「仕方のない奴だ。位なら今はそちらの方が上だ。それに相応しい態度を取るべきであると考えるが如何に?」
アイゼンマウアーの説教じみた言葉にサイモンは大きな身体を小さくした。
「まあまあ、同じ円卓を囲む者に上下なしと宰相殿も言っていたではないですか。それより、後ろの方はどなたでしたか?顔に見覚えがあるのですが・・・。」
「おお、そうであろう。ノイエブルクのもう一人の勇者、今は連合王国第三王女殿下の特別武術顧問をされている鉄拳ガイラ殿だ。ここのところ懇意にさせてもらっている。」
アイゼンマウアーに紹介されたガイラが軽く頭を下げる。サイモンも反射的に頭を下げた。
「なるほど、見覚えがあるはずだ。一度お手合わせしたいと昔思ったものです。」
「このガイラ殿は私の客人である。失礼はならぬぞ。」
「分かってますよ。別にここでお手合わせしてくれなどと言うつもりはありません。おれはグランゼのサイモン、よろしくな、ガイラ!」
サイモンが右手をガイラに差し出す。ガイラの右手も差し出されて互いに握り合わされた。
「こちらこそ・・・よろしく。」
握り合った手は一向に離れない。それどころか力が込められて異様な音を立て始めた。
「おい、止せっ!二人とも手を放せ。」
「おい、お前の隊長様がそう言っているぞ。さっさと放したらどうだ。」
「ふん、そっちこそ放したらどうだ。隊長の顔を潰すことになるぞ。」
宥めに入るアイゼンマウアーを余所に、二人とも顔を真っ赤にして右手の力をより強くした。サイモンはガイラに敬愛する隊長を取られたような気がして、ガイラはかつての隊長に心酔するサイモンに何処か苛立っていたのだ。
「おぎゃあぁぁ・おぎゃあぁぁ・・・・びえぇぇぇぇぇん・!!!」
二人の力較べが最高潮に達した瞬間、迎賓室の方から赤ん坊の泣き声が聞こえた。何かに怯えるような泣き声に二人の力が弱まった。
「何?何が起きたの?母様はここにいますよ。」
さらにマギーの困惑した声が聞こえる。次の瞬間、アイゼンマウアーとサイモンは声の方向から強烈な魔法力の流れを感じた。ガイラも何か恐ろしいものを感じて立ち竦む。
「どうしていきなり起きたのかしら?・・・・ああ、そんなことを言っている場合じゃないわ。早く魔法を封じないと・・・・・・・・・・・・Magicae Signati!」
マギーが封魔の魔法を使う声が聞こえて、魔法力の流れが止まる。部屋の外にいる三人には何が起きたのか理解できずにいた。迎賓室の扉が開いて何人もの人が出入りをする。その中に待合室で起きていたことを見ていた者もいた。外で立ち尽くす三人を余所にことが進んでいく。
「そこで何しているのかしら?」
開いた扉にマギーが仁王立ちで現れた。さっきよりより強力な魔法力が感じられる。声に怒りが籠もっていた。
「いや、俺は、その、祝いに来ただけで・・・・なあ?」
マギーの怒りに晒されたサイモンがどもりながら抗弁する。後ろにいるガイラに賛同を求めるが返事はない。
「へえ~・・・それじゃなんで待合室で力較べをする必要があるのかしら?」
「だから、こいつが挑発してきたからで俺は悪くな・・・・。」
サイモンは最後まで言葉を続けることはできなかった。
「出てけっ!あんたも!あんたもっ!あんたもっ!三人共、皆出て行けー。」
マギーがヒステリックに一人ずつ指を突きつける。
「いや、私は何も・・・。」
「い~え、あなたも同罪です。しばらくこの城には来ないで下さい。うちの子が怯えて大変なことになりますからっ!」
「はあ・・・・・・。」
アイゼンマウアーはこれ以上何も言えなくなって、そのままこの場から立ち去ることにした。サイモンとガイラもとぼとぼとその後ろをついてメタルマの城から出て行った。




