湖上都市の長
「と、言うわけさ。胸糞の悪くなる話だろう!?」
ジャンの長い話が終わり、ヨシュアに同意を求めた。
「そうですか?罪には罪に相応しい罰を。ただそれだけのことでしょう。」
「・・・・・それだけか?」
「いえ、自殺した女の人は気の毒とは思いますが、それについては仕方がありません。結局、賊数十名と町人一人の命と引き換えにこの街の平和が守られることになった。そう言う話ではないのですか。」
そう言うヨシュアの顔に疑問以外の感情は感じられない。
「人の命を数だけで処理するな。俺には分かるが、処刑された者にも罪を犯す理由があった。そこまで考えなければ全ては解決しないぞ。」
「今更犯罪者を擁護するつもりですか、ジャンさんも石を投げつけたのでしょう?」
「ああ、投げたよ。そうしないと気が済まなかったからな。・・・・・まあいい、多分今のお前に何を言っても分からんだろう。」
「馬鹿にしないで下さい。これでも一通りの学問は修めています。」
「ああ、それはなんとなく分かる。だけど血の通っていない役に立たない学問だ。そう怖い顔するな、おいおい教えてやる。おっと、猟師の皆が戻ってきた。迎え入れるぞ。」
橋の向こうに得物をぶら下げた猟師の姿が見えた。木の棒にぶら下げられたそれは鹿だろうか?話をはぐらかされた形になったヨシュアであったが、初めて見る光景に先の疑問を忘れた。
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一旦話は飛んで7年の後のことである。19歳になったヨシュアは背も伸びて父親と同じぐらいの身長、がっしりとした筋肉質の身体はどこから見てもいっぱしの武人を思わせる姿になっていた。未だアウフヴァッサーにて遊学している形になっていたヨシュアだが、ローザラインの宰相執務室の前の列に並んでいた。
「ほう、ヨシュアか。久しいな。」
「はい、父上。3ヶ月ぶりになります。」
頭に白髪が混じってきたアイゼンマウアーが、列の中にヨシュアの姿を見つけて声をかけた。その腰に佩かれているのは1mより少し長い金属の棒で、豪炎の剣はない。その剣はヨシュアの腰に佩かれていた。
「そうであったな。その剣の具合はどうだ?」
「前に使っていた鋼の剣よりはいいと思います。それより宰相殿を待たせてよいのですか?」
「ふむ、そうだった。それよりお前こそ急ぎの用ではないのか。必要なら便宜を図ってもいいのだぞ。」
「私の用事は私事です。ご心配なく。」
「そうか、ではまた。」
近衛騎士隊長アイゼンマウアーが執務室に入っていく。周りにいた者達がその会話が終わったことにほっとしていた。この二人の確執は皆が知っている。大分軟化した今はそうではないが昔は敵対、よく言って中立的敵対ぐらいの関係であった。気軽に他人が割って入ってよい関係ではない。ローザラインの城ではタブーとされていたのだ。
1時間は待ったであろうか。ヨシュアの前の列は少しずつ短くなり、その順番がやってきた。
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執務室にヨシュアが入ってきた。本日の予定にはないはず、そう思っているとヨシュアの口から衝撃の言葉が飛び出た。
「ヨハンのお爺様が亡くなられました。今朝のことです。」
「何・・だと?今、何と言った?」
「アウフヴァッサーの町長ヨハン殿が死去されました。こちらが宰相殿宛の遺書にございます。お受け取り下さい。」
ヨシュアの手から封書が渡される。受け取る手が震えて封書が二重三重に見えた。
「どうしてそこまで冷静でいられる・・・・他人事ではないだろう?」
「公人たる者、私事に心を揺らすな。お爺様の最後の教えに従っているだけです。もう一つお伝えしなくてはならぬことがあります。明日の正午、湖にて葬儀を行ないます。故人の意思を尊重して水葬にすることになりました。なお、宰相殿が無理して参列する必要はありません。」
「馬鹿な、義理とは言え父親の葬儀に出るなとは、なんのつもりだ!」
「それもお爺様の意思です。死んでも公人である宰相殿の足枷にはなりたくない。そう言っておられました。」
あの意地っ張りのくそじじい・・・、今ここで反論すれば最後の教えとやらに反する。こんな形で俺の口を塞ぐとは卑怯だ。だが文句を言う相手はいない。
「“この町に産まれこの町に死ぬ。70数年の人生に悔いはない。わしは湖とともにこの町を見守る。後のことはお前に任せる。”これが最後の言葉でした。だから私は町長の地位を継ぐことにします。兄上達も町の人達もそれで良いと言われました。では時間がないので今日のところはこれで失礼します。」
ヨシュアは最後には早口で言葉を締めくくった。声が震えている。踵を反して立ち去った後に点々と水が零れていた。
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翌日の正午、アウフヴァッサーの街では中央広場から町の東側に向かって葬儀の列ができていた。ゆっくりと進む棺にほとんどの町の人が最後のお別れをする。長年に渡るヨハンの統治は正しい。ヨシュアは確かな手ごたえを感じた。
「偉大なる町長ヨハンをここアウフヴァッサーの湖に葬送する。その魂は神と共に永遠にこの町を見守るであろう。」
ヨシュアの声が湖畔に響く。棺が小船に乗せられて湖に進む。しばらくして小さな穴が開けられている小船はゆっくりと沈み、やがてその姿を湖に消した。
ドォーン!
突然対岸で轟音が鳴り響いた。町の人々が驚く中、次々と爆発音が鳴り響く。
「ヨシュア、船乗りのしきたりで弔砲というのがある。轟音で悪しき者を追い払うそうだ。」
ジャンの言葉にヨシュアは目を凝らして対岸を見つめた。そこに天に向かって手を掲げる親子三人の姿が見えたような気がした。