野盗の根城
アウフヴァッサーの町から3時間、町長とエーリッヒの小隊合わせて5人、幌のない荷馬車に10万ゴールドの金貨を乗せて運んできた。町の南西の山脈の麓、日没の時間、そう野盗が指定してきたのだ。馬車を止めて野盗が来るのを待つ。副隊長ゲオルグ以下12名の兵士は隠れて見張っているはずだが、小隊長エーリッヒにはその姿は見えない。なんとも言えない不安に駆られたエーリッヒは周りを見渡していると、山の方から人が降りてくる気配がした。
「本当に持ってきたか。やはり貯め込んでいると言うのは本当だったのだな。」
野盗の首領らしき男が見下ろしていた。尊大で下卑たところはなく、誰かの返事を求めている様子もない。ただの野盗ではない、エーリッヒはそう推測した。逆光でその顔は見えない。
「約束通り金貨で10万ゴールドを持ってきた。これで町の人を返して下さい。」
街長ヨハンが呼びかけた。
「一人で持ってこい、そう言っておいたはずだが?」
「わし一人で10万ゴールドもの大金を持ってくることはできない。」
「へへへっ、そりゃそうだ。ボス、貰う物を貰ってさっさとずらかろうぜ。」
首領の後ろから別の男の声が聞こえた。品のない下卑た声は野盗に相応しい。
「確かにそうだな。よし、人質8人を連れて来い。残りの2人はまたの機会だ。」
「そんな!約束が違う。」
「ふん、約束事を違えたのはそちらが先だ。全員ではないとは言え8人も返すのだ。感謝してほしいものだな。」
「なんですとっ!貴様っ、初めからそのつもりだったのだろう。10人全員を返せ。」
町長の叫びは完全に無視され、人質になっていた8人が連れて来られた。後ろ手に縛られていて野盗が後ろから剣で突付いて歩かせている。壮年から年配の男性、子供、子供の母親などで、ここに来るまでに聞いていた者と合致していた。今ここにいないのは妙齢の女性2人、それだけは分かった。
「町長、とりあえず8人、それでいいじゃないか!あの中には俺の親父がいるんだっ!」
エーリッヒはまだ交渉を続けようとする町長に向かって叫んだ。勿論あの中にエーリッヒの父親などいない。
「そうだ、そうだ。そいつの言う通りだ。なんなら今ここで一人の首を刎ねてやろうか。そいつの父親はこいつだな?」
「止めろ、止めてくれ!」
人質を連れてきた野盗の一人が年配の男の首に剣が突きつける。エーリッヒはできる演技力の全てを総動員して叫んだ。
「分かった。8人で10万ゴールド、その条件で持っていくがよい。」
町長が折れた。がっくりと肩を落として力の無い声が響いた。
「よし、それでいい。まずそこから10m、後ろに下がれ。こちらで金を確認したら人質を返す。」
「人質を返すのが先だ。そうでなければ金は渡せん。」
「ボス、面倒臭いから一人殺っちまおうぜ。そうすれは立場が違うってことがわかるはずだぜ。」
「分かった。言う通りにする。」
町長が金を積んだ馬車から離れた。エーリッヒ達もその後に続く。指定された場所まで移動すると振り返って馬車に近寄る野盗達を見つめた。
「詰まらんことをするなよ。周りにお前たちの5倍の兵が伏せてあるからなっ!」
「おいっ!余計なことを言うな。さっさと金を調べろ。」
首領の命令に野盗達が金貨の入った箱を開けて中身を確かめる。一通り確かめた後、手を上げられた。
「よし、人質を開放しろ。」
人質の縄が切られ、どんと背中が押された。突き飛ばされた勢いのまま、町長の方に駆ける。
「すみません。すみません。私たちの為に・・・。」
「わーーーー・・・・。」
町長の下に辿り着いた人質達が抱き合って泣く。その背中に野盗の首領の声がした。
「そのまま消えろ。後を追ったりしたら残りの二人は殺す。10万ゴールド、それで残りの二人を返す。用意が出来たらここに立て札でも立てておけ。」
「へへへっ、早くしないと気が触れるかもしれないぞ。なんせ50人からの仲間がいるんだ。」
「おい、余計なことを言うな!」
首領の怒声と共に野盗達が各自金を持って山の中に消えていく。町長と人質も重い足を引きずって湖上都市へと戻る。途中で合流したゲオルグ達が隠しておいた馬車で送った。その中にブルーノの小隊の姿はない。
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「副隊長、奴等の根城を発見しました。切り立った崖を背にした山奥の洞窟です。」
翌朝になって戻ってきたブルーノが報告した。
「ジャン、場所は分かるか?」
「うん、分かる。ちょっと前まで獣人の巣があった所だよ。」
「よし、じゃあそこを背後から攻めることは出来るか?」
「う~ん、崖の真上までは行けるけどそれまでだよ。入り口は一つしかないからね。こんなことになるなら獣人を退治するんじゃなかった。」
魔王が去った後も土着の魔獣が消えたわけではなかった。魔王がいた時のように狂暴ではなくなったが人間に会えば襲ってくることもある。西に作った港に行く為の街道に近いその洞窟から、獣人を追い払ったのは半年程前のことだった。
「そうか、だとすると難しいな。せめて裏口でもあればと思ったのだが・・・・。ブルーノ、お前達は昼まで休め。その間に作戦を考えておく。場合によってはお前たちに崖を降りてもらうかもしれんから、しっかり身体を休めておけ。」
「了解。では。」
ブルーノがゲオルグの前から去った。考えておくとは言ったが、今の所何の考えも思いつかない。困ったゲオルグは他の隊員と街の狩人を集めて作戦を練ることにした。幾つかの案が出され、修正した結果決まった作戦は夜に決行されることになった。勿論、その作戦内容はローザラインにいる宰相ケルテンの下にも伝えられた。
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夜の山の中は暗い。明かりなしでは10m先を見ることもできない。そんな場所に野盗の根城はあった。二人が並んで入ることができるぐらいの大きさの洞窟の入り口には篝火が焚かれ、二人の見張りが立っている。襲ってくる人などいないのだが、つい最近までここが獣人の巣であった。その事実が見張りを立たせていた。
「あ~あ、実に暇だな。見張りなんかやってやれねえよ。」
「そうだよな。せっかくの女だ、くたばる前に俺も犯っておきたいぜ。」
篝火に薪を足すだけで何の変化もない。出てくるのは愚痴だけだった。そんな時に異変が起きた。ガサッ!洞窟の前の開けた空間の先、林の中で何かの気配がした。
「誰だ!誰かそこにいるのか!?」
松明で音のした方を照らすが、返事はない。
「獣が通っただけだよ。なっ、そうだよな。」
「おっ、おう。そうに決まっている。こんな所に来る者なんかいないさ。」
二人は互いの顔を見合わせると乾いた笑いを上げた。林の中にまで入って調べたくない、そんな思いが共有していた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉんっ!」
突然林の中から獣の咆哮が聞こえた。狼のようなその咆哮に見張りが逸らしていた目を再び林に向ける。そこには直立した狼、獣人と呼ばれる魔物の姿があった。それも一匹ではない。現状見えるだけで4体、林の中に篝火を反射する幾つもの双眸が見えた。
「まっ、魔物だぁーーー!魔物が出たぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
見張りが大きな声で上げるとその声に反応した野盗達が、洞窟の入り口に殺到してきた。ある程度の数の野盗が出てくるまで、なぜか魔物は襲ってはこなかった。




