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最後の息子

「宰相殿。どうかされましたか?」


 ヨシュアの身の上話を聞いてから三日、自分ではいつも通りに仕事をしているつもりだが、気付くとなにやら考え事をしていたようである。執務室に来ている文武官数人に同じような指摘を受けていた。


「いや何でもない。それより何だったかな?」


「何だったかなじゃないですよ、ここ三日程上の空、そのせいで仕事が滞って皆が困っています。それで入国者管理帳簿の何が気掛かりなんですか?」


「ドゥーマンには隠し事はできないか。」


 思わず頭を掻いた。この様子だとかなりドゥーマンに迷惑をかけていたのだろう、赤面ものである。


「誰でも分かりますよ。帳簿の同じページを何度も何度も捲っては閉じてため息をついています。いったいそのページには誰が書かれているのです?」


「ヨシュア=アイゼンマウアー12歳、出身ノイエブルク、縁故無し、読み書き可、武芸の心得無し、魔法初級取得、当面の生活費有りと書いてある。姓がなければ誰も気付かなかっただろうな。」


「近衛騎士隊長殿の息子ですね。かなり珍しい姓なのですぐに分かります。」


「なるほど、それで城勤めに取り立てられたのか。」


「いけませんでしたか?多分良かれと思ってそうしたと思うのですが・・・。」


 俺が怒っているとでも思ったのか、語尾がだんだん小さくなる。


「いや、悪くはないよ。でもね、なぜそのヨシュアが縁故無しとしたのか、武芸の心得が無いのか、その辺誰も気にしなかったかな?」


「全く気にならなかったわけではないと思いますが、一人に掛かりきりになれるほど時間はありませんよ。とりあえず目の届く範囲に置いておけば後はなんとでもなる、そう思ったのでしょう。」


「そうか、如何にも小役人らしい考え方だが間違ってはいない。それよりあの二人そう簡単な話ではない。父は子に負い目があり、子は父を忌み嫌っている。多少はそれを解消してやったが、さてこれからどうしたものか・・・な?」


「どうして宰相殿がそこまで気にかけてやる必要があるのです?」


「それはあの親子の確執に責任があるからだ。これからは武より文の時代か、まだ12歳の者が言う言葉じゃない。どうもその辺が引っかかる、何を意図した言葉なのかな?」


 ドゥーマンが独り言の様な俺の言葉を聞くと立ち上がった。そして書類の棚に行くと一冊の書類を手に取って戻ってきた。


「おそらく母方の生家の影響でしょう。母方の生家はリーゼンフェルト家、今は一介の男爵家ですが昔は大臣を務めた公爵家の分家であったと報告を受けています。」


「なるほどね。となると、人は使うもので人に使われるものではない、王侯貴族らしいそんな考えが頭にあるのだろう。アイゼンマウアーも苦労しただろう、そんな女を嫁に迎えて幸福であったはずがないな。」


 結婚した当時のアイゼンマウアーは近衛騎士でも下っ端にすぎなく、まさしく人に使われる側であった。金や権力の為とはいえ、そんな男に娘を嫁がせた貴族としては忸怩たるものがあったのだろう。しかもそれだけでなく使われる立場のアイゼンマウアー自身もそれを良しとしていたのだ。この意識の差が子に受け継がれたのか。よしそこから是正することにしよう。


「よし決めた。ドゥーマン、ヨシュアを呼んでくれ。」


「承知しました。すぐに手配致します。」


 ドゥーマンがヨシュアを呼びに執務室から出て行った。後はここに来たヨシュアを説得するだけだ。


 ----------------------------------


「爺さん、済まないがまた一人連れてきた。」


 ヨシュアを連れてきたのはアウフヴァッサーの俺の生家、しばらくここに預けるつもりでここに来た。まだヨシュアは家の外で待たせてある。


「いいぞ、前にお前が連れて来た子供達も一人立ちしてここも寂しくなったと思っていた頃じゃ。これが最後の子になるかな。おや?どうしたのじゃ、ふ抜けたような顔をして。」


「いや、そのなんだ。普通素性とか聞くだろう?」


「無用じゃ、どうせ禄な素性ではなかろう。聞くだけ無駄じゃ、かっかっかっかっ!」


 爺さんの高笑いが広くはない家の中に響く。しばらくその高笑いが終わるのを待った。


「まあそれは冗談じゃ。ほれ、外で待たせるのもなんじゃ、入ってもらえ。」


「はい、では。ヨシュア、入っていいぞ。」


 爺さんに促されてヨシュアを家の中に招き入れる。ヨシュアが面白くもなさそうに中に入ってきた。来る前にアウフヴァッサーの長の家に案内すると言っておいたがそうは見えないと思っているのだろう。


「これまた拗ね者を連れてきたな。顔にそう書いてある。」


 爺さんの遠慮のない言葉にヨシュアがむっとする。何か言いたげだが俺の顔を立てて黙っているみたいだ。このまま黙っていても仕方がないので声をかける。


「ヨシュア、挨拶をしろ。この街を40年以上治めている統治の名人で、俺の養父だ。」


「お初にお目にかかります。ヨシュア=アイゼンマウアーと申します。」


「ほう、もしかして先の近衛騎士隊長殿のご子息か。」


 それは当然の質問であったが今はまずい。ヨシュアの顔がより険しいものになり、爺さんを強く睨む。その視線を物ともせずに爺さんがさらに面白そうな笑みを浮かべた。


「ほっほっほ、ふてぶてしい目をしておる。よし、わしが預かる。もうお前は帰っていいぞ。」


「ちょっと待て。まだ伝えないといけないことがあるんだが・・・。」


「要らん、要らん。話を聞かずとも大体のことは顔を見れば分かる。ヨシュアと言ったな。お前さんはしばらくここに住まわせてやる。飯は食わせてやるがその分は働いてもらう。野良仕事、街の警備に家畜の世話、いくらでも仕事はあるぞ。」


「野良仕事!私はそのようなことをする為に・・。」


「黙らっしゃい!この町はノイエブルクと違って貧しい、働かざる者食うべからずじゃ。おっと金で解決しようと思うなよ。田舎では金より物の方が価値があるのじゃ。」


 爺さんが面白がったままの口調でそう言った。それを聞いたヨシュアが真っ赤な顔で爺さんを睨む。睨まれた本人は涼しい顔をしていた。


「ほれ、お前は帰れ。ここで油を売っておれる程、宰相は暇ではなかろう。」


「・・・分かったよ。言っておくけど転移の魔法は教えてないから帰る術はないぞ。持て余して行方不明とか勘弁してくれ。」


「相変わらずやかましいのう、そんなこと分かっておるわ。さっさと去ね。」


 爺さんの手がしっしっと俺を追い払った。こうなるともう話を聞く爺さんではない。後は任せよう。俺はこの家を出てローザラインへと跳ぶ魔法を唱えた。

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