空転
ローザライン城の宰相執務室前でアイゼンマウアーとシャッテンベルク、そしてリスター王子がばったりと出くわした。
「お久し振りです。お二人とも難しい顔をしておられますがなにかございましたか?」
シャッテンベルクがそう口にしたのも無理はない。リスター王子が大きな紙を丸めた物を持ってどこか困ったような顔をしているし、アイゼンマウアーに至っては表情に怒りが見られた。
「お久し振りです。私の方はちょっと予算をオーバー、いや、ちょっとどころじゃない案件が出て来ましてね、なんとか宰相様の許可が得られないかとやって参りました。」
「なるほど、それは大変です。うまく説得できるとよろしいですね。で、近衛騎士隊長殿はどうされましたか?私どもに怒っても何も解決しませんよ。」
シャッテンベルクの言葉にアイゼンマウアーが我に返った。
「これは失礼した。宰相殿になんと詫びてよいか思案していたら、怒りが戻ってきてしまったようです。」
「お詫び!?連合王国で何かございましたか。」
「まあまあ、まずは報告してからにしましょう。扉の前でお話していては皆様の邪魔になりますよ。」
ローザラインでも円卓を囲む三人が集まっている為、宰相執務室前には人が集まっていた。この部屋に用事があって来た者も邪魔とは言い出せずにいる。
「あの~、用があるなら入って貰えませんか?」
部屋の中から不機嫌な声が聞こえた。
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「で、ノイエブルク、連合王国、エグザイル担当の三人が報告とは何でしょう。私に解決できることならよろしいのですが?」
朝っぱらから執務室の前を騒がせていた三人に嫌味を言ってみる。罰が悪そうな顔をしているこの三人の顔を見ていたら多少なりとも気分がよくなってきた。横に控えるドゥーマンに無言で合図する。
「報告書をお渡し頂けますか。」
ドゥーマンが三人の前に歩み出る。シャッテンベルクとアイゼンマウアーから書類を、リスター王子からは報告書と丸めた紙を受け取った。机の上に丸めた紙を広げるとかなり大きな図面で、皆興味を持ったのか覗き込んでいる。
「まずはリスター王子の報告からにしましょう。これは何でしょうか?」
「はい、説明します。先日、宰相様の尽力によってエグザイル側の協力が得られる様になりました。それでとんとん拍子に話が進むようになったのはいいのですが、要求が大きくなりましたので予算の追加をお願いに参りました。」
「なるほど、それがこの図面ですか。」
「そうです。先日も申し上げました娼館の方が利用する施設なんですが、設備だけでなく建物自体を別にしてほしいとのことです。そちらの報告書に要望を纏めてありますので、目をお通し下さい。」
リスター王子の薦めで報告書を手に取る。娼館側からの要望が多い中、それによって一般客が施設の利用を敬遠する可能性が高いことが記されていた。
「よく分かりました。それでどの程度の金額を予定していますか?」
「はあ、それが言いにくいのですが当初の二倍ぐらいになる計算です。なんとかなりませんでしょうか?」
「駄目。」
「駄目ってそんな簡単に言わないで下さい。これが受け入れられないなら計画から手を引く。そう言っておられる方もいます。」
あっさり却下されたと思ったのだろう。リスター王子がむきになっている。
「そうじゃありません。私が言っているのは彼等の言うことをそのまま聞くリスター王子が駄目です。彼等にとっては要望を言うだけなら只なのです。だからそのまま受け取ってはいけません。押すところは押す、引くところは引く、うまく折り合いをつけるのが商人の流儀です。」
「仰られることは分かりました。ではどうしたらよろしかったのですか。」
「そうですね、では足が出た分は先方に負担して頂きましょうか。」
「そんなこと無理です。」
「無理かどうかは実際に聞いてみましょう。おそらくある程度は出させることはできるはずです。出せそうな雰囲気があったら、こちらから三割出すと申し出て下さい。それでも渋るようでしたら半分まで出しましょう。こちらができる譲歩はそこまでですね。聞き入れられなかった場合は計画を白紙に戻す。そう伝えて下さい。」
「白紙に戻すですか・・・それでも構わないと言われたらどうしましょう。」
リスター王子が不安そうに聞いてくる。今までは王族の権威、おそらく本人は意識していなかっただろうがそれがなんとかなっていた。今回はそれが通用しないので、百戦錬磨の商人に足元を見られている。
「大丈夫ですよ。おそらくそれで折り合いがつくはずです。」
「ずいぶんと自信がおありですが、根拠はあるのですか?」
「勿論です。すでに建築に関わる者、そこに物を卸す者、更にそれらを束ねる者が動いているはず。今更白紙に戻して困るのは先方ですよ。ここは騙されたと思ってやってみて下さい。よろしいですね?」
「分かりました。ではエグザイルに戻ってそう伝えます。」
少し拗ねたような感じでリスター王子が答えた。このままではもう一度足元を見られかねないので釘を刺しておく必要がある。
「そのまま伝えては駄目です。必ず王子の言葉で伝えてください。やり方によっては半分が4割に出来るかもしれません。」
「善処します。ではこれで失礼してよろしいでしょうか?」
「ちょっと待って下さい。近衛騎士隊長のお話を聞いてからにしましょう。リスター王子の力が必要かもしれません。」
そう声をかけると居心地が悪そうにしていたアイゼンマウアーが前に一歩出た。
「報告します。連合王国の大王の許可を頂きましてから建設予定地や建設業者の選別、さらに建設資材の納入までと無事に進んでました。それが・・・・。」
ここでアイゼンマウアーが言いよどむ。
「どうぞ、続けて下さい。」
「はっ!真に申し上げづらいのですが、積んでおいた石材が夜間のうちに割られました。見張りを立てておかなかったのは私の不手際ですので弁明は致しません。ですが、その行為自体になんらかの意図があると思われますので、恥を忍んで報告に参りました。」
「なるほど・・・先日の話もあります、意図がないとは思えませんね。近衛騎士隊長殿には心当たりがありますか?誰かが一方的に損を被るとか、もしくは利益が分配されないことへの不満、もっと単純に恨みとかもありますね。」
「そうは言われましても・・・・・損得に関してはノイエブルクに習って現地の最高責任者、かの地では大王ウィルフレッド5世陛下にお願いしましたので、心配はしておりません。恨みと言われましても知り合いがいるわけではありませんので、それこそ心当たりはありません。」
アイゼンマウアーも説明にリスター王子の顔色が変わる。それで俺にもなんとなく元凶が分かった。




