衆望
将門は、いくさの呼吸を読む。いくさは、戦、という一字を当てるが、軍と書いて、いくさとも読む。合戦のために召集される軍隊であり、それを用いて行う闘争、軍だ。
(大軍故の惰気が生じていよう)と、良兼・貞盛連合軍を読んだ。ーー一方で、将門は、衆望がおのれにあることも、把握している。
将門が勢力圏としている下総は、妙見菩薩(北極星)信仰が盛んだ。ーー江戸末には、この星、北辰(北極星)を流派の名称とした千葉周作が現れる。彼は千葉氏末裔で、千葉氏は妙見菩薩信仰が厚かった。それで、この信仰の勢力圏が分かろう。
妙見菩薩信仰を広めたのが、秦氏である。秦氏の回漕業者、運送業者は、夜間の水運で、位置の変わらぬ北極星を、船乗り一般として目印にした。平安時代の関東は、大半が、川であり、沼であり、印旛沼と霞ヶ浦が一体化した「香取の海」だ!
『以駿河、甲斐、相模、上総、下総、常陸、下野七国高麗人千七百九十九人、遷于武蔵国、始置高麗郡焉』
であり、下総や上総にも、すでに相当数の高麗人(渡来人)が居住していたのだ!
秦氏、いや、渡来人一般にとって、桓武天皇は、彼らを大いに引き立てた「主筋」である。臣籍降下してまだ日の浅い桓武平氏への輿望は厚く、その中で、将門は常陸大掾の強力な源平を下してきた。
判官びいきも手伝って、秦氏、渡来人、香取には兵主神社もある「ひょうすべ」は、おのれの味方だ。
ーーつまり、士気は高い。
だから、先制した。下野から下総の国境に入るところで、良兼・貞盛連合軍を急襲!
騎射技術に長けた田堵負名層が、鏑を先駆けに、次々と矢を射掛ける。
(意気軒昂!?ーー)鬨を作る将門軍の先手、先行部隊は、せいぜい、百か二百ほどだろう。明らかにおのれらの方が多勢だが、闘志が盛んで、矢の勢いは強く、河畔を渡ろうとすると、手痛い反撃を喰らわせる!
渡河、というのは、いつの時代も課題になる。両軍が激突したのは、栃木県小山市から茨城県結城市にかけて、鬼怒川と思川流域あたりだという。
渡河作戦をする時に、士気の高い小部隊を相手にするのは厄介であろう。
将門は、周到だった。浮き足だった連合軍に、おのれの本隊をぶち当てる!
これで、連合軍は崩れた。
(鬼か!? 小次郎!)
崩れれば、もう、どうしようもない。
「滝口小次郎の武勇を見たかーーー!」そうあざ笑う将門軍から、連合軍は潰走する。
良兼と貞盛は、下野国衙へ保護を求めた。
「やあ、汚し!」
「鎮守府将軍と常陸大掾は、受領と同心かよ!」
田堵負名層からすると、面白くない。将門軍は国衙を取り巻き、一揆(一揆同心、力を合わせる)せんと、近隣の田堵たちも集まってきた。
だが、
(まさか、国衙と正面切って戦をするわけにも行かぬ)将門は、冷静だった。彼はあくまで朝廷の官員であり、国司受領は国家の委任を受けた統治者だ。
だから、交渉で解決した。
「こたびの事態は、すべて、源護と悪謀を同じうし、わしを滅ぼさんとした前大掾・平国香に端を発しておる。当方が自衛のためにやむなく伯父を討ったところ、逆恨みした叔父ら一党と、国香の息・貞盛が当方を亡き者にせんと襲ってきたのみ。一族の悌心はもとよりあれど、身にかかる火の粉は払わねばならぬ」
(ウム)
受領も、肯いたことだろう。(あの悪逆の俵藤太よりも、はるかにましだわい)
藤原秀郷、やがて、将門を討伐する武家藤原氏の英雄も、この時期は、ひどい悪たれである。下野国衙に属する在庁官人だったが、朝廷への反抗をくり返し、五年ほど前には追討官符まで発行されている。
依然彼が野放しなのは、唐沢山城に籠もる秀郷が武力では手を出せない強勢だからだ。 ・延喜十六年(九一六)上野国衙との反対闘争に加担
・延長七年(九二九)下野国衙から「乱行」の罪で追討官符を出されている
秀郷が八九一年の生まれだから、二十代、三十代も後半になって、隣国までまたがる札付きだったことになる。
作者としては、秀郷の妻が、
秦氏娘
とされていることに注目したい。彼には、源通(みなもとのとおる?)娘という妻もいるが、源通は宮中の侍従、現天皇の直系先祖の一人だ。どう考えても、将門を討伐し、都に凱旋してから整った婚儀だろう。
彼の妻は秦氏娘一人であり、これはつまり、地元の有力者(田堵負名層だろう)と「侍」武士だった秀郷が婚姻したということであり、そして、すでに述べたように、田堵負名は、しばしば「群盗海賊」となって、受領と対決する。
農地経営する有力者だった妻の実家の闘争に、巻き込まれたのではないか。この事実は、現地に赴任する「侍」武士の意向を曲げるほどに実力を蓄えた秦氏が坂東にいた一例になる。
(俵の藤太のこともある。ここで、滝口小次郎と反目することはできぬ)
受領は、将門の主張を容れた。
こうして、将門は、軍を引く。受領に対し一歩も引かず、おのれの主張を通した。このことも、将門への崇敬を厚くした。
民百姓、田堵負名の熱気に包まれて、武士も受領も進退している。




