5
今の時刻は、昼過ぎだ。
夕食や食後のお茶を共にする事はあっても、こんな昼間に彼がここにいることに、モニカはかなり驚いた。
ただ目を丸くしながらも、もしかして先日言っていた客人が到着したのかもしれないという可能性に気付く。
「私に御用でもありましたでしょうか?」
(ああ、馬鹿。私ったら、なんていう言い方をっ)
思わぬ邂逅に喜ぶ自分を隠そうとして、なんだか嫌味っぽい言い方をしてしまった。
これではまるで、クラウディオに非があるようではないか。
動揺は抑えきれず、モニカは「すみません」と項垂れる。モニカが非礼を詫びているのを感じ取ったクラウディオはゆっくりと首を横に振る。
「用事というほどではなかったが、モニカの顔を見に来た。ただ何故、謝っているのかわからないが……」
顔を見に来た。
モニカは一瞬で顔が熱くなる。
好きな人が自分の顔を見る為に、わざわざ政務の時間を割いて会いに来てくれた。
正直、幸せすぎて、明日、世界が滅ぶんじゃないかという心配をしてしまう。
モニカは憂鬱だった気持ちなどどこかに吹き飛んでしまい、締まりのない笑みを浮かべてしまう。
「こんな顔で良かったら、どうぞ見てください」
へへっと照れた笑いをしている自分が、子供っぽいなぁと思いつつも、クラウディオが良く見えるようにちょっとだけ背伸びをしてしまう。
しかし、クラウディオの手がにゅっと伸びてきて、首筋に触れた瞬間、モニカは膝から崩れ落ちた。
「…… 危ないではないか」
「申し訳ありません」
咄嗟にクラウディオが反対の手で抱き留めてくれたおかげで、何とか廊下に突っ伏すことは免れた。
けれど、結果としてクラウディオの胸に飛び込む形となってしまったのはいただけない。
「し、失礼しました」
慌てて距離を取ろうとするも、クラウディオは腕を緩めることはしない。しかも、自分の首筋には彼の手が添えられたままだった。
(ヤバイっ。私、汗ばんでるっ)
触れられたところが、じっとりと熱を帯び、頬が熱い。間違いなく、首はもっと熱くなっているはずだ。
なのにクラウディオは、手を離す気配は無い。
それどころか節ばった大きな手は、モニカの片耳をくすぐるように動かして、そのまま頬を包む。
「下を向いていては、顔を見ることができない。こっちを見てくれ」
「そ、それは……ちょっと……」
「何故? 顔を見て良いと言ったのは君じゃないか」
「……っ」
確かに「こんな顔で良かったら」と差し出すような真似をしたのは自分だ。
でも、こんな至近距離で、かつ、こんな触れ合いながらという意味では無かった。
「でも……ちょっとこれは」
(妹の枠をはみ出しているような気がする)
後半の言葉は声に出して言うことが出来なかった。
クラウディオに強行されて、鼻先が触れ合うほど見つめ合う形となってしまったから。
「まだ早いということか?」
早いとか、遅いとか、そういうことではない。
けれど、モニカは即座に頷いた。そうしなければ、隠そうとしている気持ちを剥き出しにされそうな予感がしたから。
その判断は正解だった。
「なら、仕方がないな。今日はここまでにしておこう」
そう言って、クラウディオはあからさまに残念だという顔をしたけれど、モニカをすぐに解放してくれた。
すぐにモニカは後退して、安全距離を保つ。
そうすればクラウディオは僅かに傷付いた顔をしたけれど、これまた「仕方がないか」と呟き苦笑いをした。
さっぱり意味が分からないモニカは、目を白黒させることしかできない。
だが、どうやらクラウディオは自分の顔を見に来た以外にも、他に用事があったようで、急に表情を改めた。
「明日、先日伝えた者がここに来る。すまないが……」
「ああ、はい。事件の詳細を伝えるということですよね?大丈夫です。ちゃんとお伝えします。任せてください」
「そう言ってもらえると助かる」
ほっとした様子のクラウディオを見て、これが本題だったという事を知る。
(……からかわれたのかなぁ……私)
どこから冗談で、どこまでが本気だったのかはわからないが、モニカはギシッと胸が軋んだ。
そしてこれから先、こんなふうに悪意のない意地悪を受け続ける未来を想像して─── 泣きたくなった。