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第71話 天使の鼓動

 声が聞こえた。

 まどろみの中のような曖昧な感覚の中で、その声だけが確かに聞こえてくる。

 何か懐かしいような、それでいて、ずっとそばにあったような。そんな感じの声が読んでいるのが聞こえた。

 やがてそれは、はっきりと耳に届いてくる。

「……達也……! 達也!」

 最後の一際張り上げられた声に、達也は驚きに近い感覚で覚醒し、眼を見開いた。

 眼に映ったのは、薄暗い磨き上げられた石造りの室内と、自分を見下ろす見知った顔。

 いつも美しささえ感じる銀の髪やハンサムの部類に入る整った顔は土や煤で汚れ、来ている革製の服はあちこちがズタボロになっている。

 そして、その背中には、薄暗い室内でもはっきりと分かる、漆黒の翼がある。

「シン……?」

 達也は、その天使の名を呼んだ。

 その声に、上から自分を呼びかけていたシンが、ハッとした表情の後、ホッとした表情を見せた。その緩急がどうにも面白くて、達也は、

「ブフッ!!」

 と吹き出してしまう。

 直後にシンの拳が上から顔目掛けて降ってきた。

「危ねやぁあああああ!!」

 間一髪避けた。拳は石の地面に当たって鈍い音を立てる。

「こっちが心配してやってんのに何だその態度は!」

 引いた手を軽く振りながら、シンは怒鳴りつける。しかし達也も、

「うるせぇな! 何か緊張の糸切れちまったんだからしょうがねぇだろ!!」

「馬鹿野郎!!」

 急に語気を荒げてシンが一喝した瞬間。石造りの室内の外から、巨大な爆発音が聞こえてきた。

「まだ戦いは終わってない」

 言われ、達也も状況を理解する。と言っても、戦いが終わってないと言う事実だけで、自分が今までどうしてあんなことになっていたのかまでは、まだ分からない。

 チラリと、シンに視線を送った。

 シンは、その視線の意味に気付いたような素振りを見せたが、立ち上がり、

「さっさと行くぞ。ここにいたって始まらない」

 あえてこの話題を避けたいのか、本当に急いでいるのか分からないが、それは暗にこの話題は終わりだと告げていた。

 そうか、と相づちを打ち、立ち上がろうと後ろに手を付くと、そこの地面だけが妙に盛り上がっている。

 何事かと振り向いてみると、この空間には不釣合いな、加工も何もされていない剥き出しの岩が置いてあり、さらにそこに、一本の剣が突き刺さっている。

「うぉ!? 何コレ!?」

 驚いた声を上げると、シンがああ、と前置きして、

「エクスカリバー。お前には関係のない代物だ」

「エ、エクスカリバーって、あの!? あのエクスカリバー!? ちょ待って、チャレンジしたい!!」

「やめとけ。それは―――――」

 シンが止めるのも聞かず、達也はエクスカリバーの柄に手をかけた。

 瞬間。達也の体に電流が流れ込む。

「あがががががががががが!!」

 とっさに手を離して後ろに転がり、悠然とそびえる剣から距離をとる。後ろにいるシンに向かって一言、

「何これ!?」

 身体からプスプスと煙を上げて叫ぶ。

「だから言ったろ、やめとけって。エクスカリバーは使用者と認めた以外の人間には抜けないし、抜けないと高圧電流流して妨害してくるんだ」

「なにその家から追い出された挙句、頭から塩ぶっかけられるような仕打ち!! そこまでする必要なく無くね!?」

「俺に言うなよ。とにかく、行くぞ」

 そう言って、シンはここから出るために行ってしまった。

 達也も慌ててそれを追う。


                         ●


 磨かれた石造りの部屋を出ると、すぐに岩肌がむき出しになった薄暗い洞窟の通路が現れた。

 そこを先陣を切って歩きながら、シンは考えをめぐらせる。

 さっきは関係が無いものだと言ったが、

(ならどうして、俺たちはこの洞窟に転送された……?)

 神の力に抗う達也が、無意識の内に状況を打開できるエクスカリバーを見つけ、転送したのか。それとも、

(エクスカリバーの方が、呼んだのか……)

 しばらく考えて、止めた。今は分からないことが多すぎる。

 今は、自分達にはやるべきことが残っている。それをやり終えない限り、いくら考え込んでもしょうがない。

 しばらくすると、洞窟の出口が見えてきた。

 早足になってそこへ向かう。洞窟を抜けると、目の前に広がっていたのは、広い湖だった。

 出てきた達也がほぇー、とよく分からない声を上げているが、恐らく驚いているのだろう。

 なにせこの洞窟は広い湖の中央に浮いている小島にあるのだ。自分達が歩いてきた距離を考えれば、湖の広さはかなりのものになる。

 と、驚きをいったん止め、達也が訊いてくる。

「なぁ、これどうやって向こう渡るんだよ」

 素朴且つ当然の質問だ。それに対してシンは、

「もちろん、これだ」

 言って、背中から黒の翼を広げると、シンは達也に向かって走っていく。

「えっ!? な……!!」

 何かを言おうとした達也を無視し、シンは達也の一メートルほど手前で地面を踏み切った。

 浮いた瞬間に達也の両腕を取り、そのまま力強く羽撃きを加えると、二つの身体が空へと大きく昇った。

「うぉおおおおお!!?」

 シンの進行方向から見て後ろ向きになった達也は変な声を上げる。

「とばすぞ!!」

 シンは遥か彼方、こちらからでもその大きさが伺えるヴァルハラを見据えた。もうもうと中央、中庭から黒煙を巻き上げるヴァルハラを見て、もう一度強く翼をはためかせる。

 弾丸のような速度で、二人は戦いの場へと風を切って向かって行く。


                         ●


「う…ぁあ……」

 イマジンの暴走で破壊の限りを行われたヴァルハラの中庭で、地面をうごめく影があった。

 左腕を無くし、体中に無数の傷を負った人影、ガロウは、残った右腕を支えに必死に立ち上がり、辺りを見回す。

 辺りは相変わらず凄惨な光景が広がっているばかりだったが、それよりも気になることがあった。

「奴らは…どこに消えた……」

 今の今まで戦っていたはずの二つの人影が見当たらないことに、ガロウは疑問を感じていた。一先ず自分の身の安全が確認できたことで気が抜けたのか、バランスを崩してそのまま地面に転んでしまった。

「くっ……! くそ……」

 再び失った左肩が痛みでうずきだす。その左腕を奪った黒翼の天使の姿を思い出し、彼は眉間にしわを寄せた。

「必ず…必ずこの借りは返す……! だが、今は……」

 そう言って、ガロウは目線を上へ上げる。その先には、空に浮いている巨大な樹木があった。

 能力者を生み出す要である特殊な樹木、知恵の樹。別名を世界樹とも呼ばれるその樹は、封印の開放によって膨大量のマナを放出していたが、今は何の気配も見られず、ただそこに浮いているだけだった。

「あれを…早く……」

 ガロウは歯を食いしばりながら立ち上がり、弱々しい足取りで知恵の樹の方へ近づいていく。

「待て……」

 不意に後ろから聞こえた声でガロウは立ち止まる。

「ここまで人様の領域を荒らしておきながら、今さらどこへ行く気だ……」

 残り少ない体力を使いながら、ガロウはゆっくりとそちらへ振り向く。

 そこにいたのは、腹部に巨大な穴を開けたユーリだ。自分と同じように弱々しい足取りで必死に地面を踏みしめてそこに立っていた。

 しかも彼だけではない。致命傷を負わせたはずのエニキス、ファーナ。ラグナも、増殖したため自ら切り落とした脚部を簡単な回復魔術で接合して立ち上がる。

 十二使徒の全員が立ち上がり、ガロウを鋭い視線で睨みつける。

 彼らの意思を代弁するように、ユーリが口を開いた。

「ここまでヴァルハラをメチャクチャにされて、おまけに仲間も目の前で殺された……。覚悟はできてるんだろうな……」

 その言葉に対し、ガロウはハハッ、と笑い、

「そういきり立つなよ。どうせ世界は、もうすぐ生まれ変わるんだ……。それを邪魔しようとして死んだと思えばいい」

 ガロウのセリフに、我慢できるものはその場にいなかった。

「―――――っざけてんじゃねぇぞぉ!!」

 ラグナの叫びと共に、四人の天使が一斉に臨戦態勢を取った。

 ラグナは右拳を腰の位置で溜める。拳を中心に空間が歪みを帯びている。

「テメェはここで―――――殺す!!」

 ラグナは一歩を大きく踏み出し、溜めた拳を腰の捻りを加えて高速で突き出し、

「スクライドォ!!」

 拳から空気を鈍く振るわせるほどの爆発音が鳴り響き、空間を歪みが突っ走る。

「グブァッ!!」

 それと同時に、腹部と軸である右脚の傷口から赤色が吹き出し、ラグナはつんのめって倒れる。

 しかし放たれたスクライドは衰えを知らず、フラフラと足取りのおぼつかないガロウ目掛け真っ直ぐに飛んだ。

 当たる。誰もがそう確信した。

 しかしその攻撃は、突如として打ち消された。


                         ●


 全員が目を丸くした。

 四人の天使はもちろん、攻撃を受けそうになっていたガロウも、何が起こったか分からないと言う佇まいでいる。

 すると、彼らの頭上から声が降りてくる。

「あーあー、まったく。ズタボロにされちゃって」

「まったくです。一人でいいというから任せたのに」

 その声に、下にいた五人は違う反応を見せた。

 一人はホッとした空気を漂わせ、そして、残りの四人はあきらかに身体が強張らせる。

 上空にあるのは二つの影。

 互いに、まるで地面に立つように上空に浮いている。

 一人はライオンのたてがみのような長い金髪を持つ筋骨隆々の男。もう一人は執事が着るような燕尾服えんびふくを纏った優男だ。

 その二人を見て、ガロウは憎々しげに、しかしどこか安堵したような声を出した。

「グリウス……、バーニィ……」

 その声に、上にいる二人は応えない。軽くガロウを一瞥し、すぐに視線を別の方に向ける。

 彼が見るのは真下のガロウではなく、その向こうの四人の使徒だ。

 燕尾服を着た方、バーニィが深く頭を下げた。

「これはこれは。お久しぶりです十二使徒の皆さん」

 驚くほど丁寧な挨拶に、ラグナは血の混じったたんを吐き出し、その二人を見やる。

「バーニィ……グリウス……。四天魔王してんまおうの二人が何のようだ」

 言葉に、返答は笑いで返ってきた。隣にいるライオン男のものだ。

「ハハハハハッ!! 何しに来たはねぇだろうが、お前らはそこまで馬鹿か!? 俺より馬鹿か!? だとした救いようがねぇな、ハハハハハッ!!」

 あからさまにこちらを馬鹿にした笑いに、ラグナ、エニキス、ファーナは傷ついた体を押して前に出る。しかし、それを先頭にいたユーリが手で制した。

「分からないから聞いている。生憎狂人の考えることは分からない。俺たちは正常なんでな」

 言葉に、今度は優男が答える。

「コレはご冗談を。私たちはただ、世界をあなたたちより正しく見て、そのあり方を考えているだけです。たださかしいだけですよ」

 ほざけ、と、投げやりのような言葉を吐いたユーリの口端が、笑みを作った。


                         ●


 バーニィの眼鏡の奥の瞳は、その表情を確かに捉えた。視線を向けると、隣のグリウスも気付いたようだ。

 何かを仕掛けられる。そう思ったときだ。

 不意に後方、背中から感じた違和感に、二人の悪魔は空中をさらに蹴り、飛び上がる。

 直後に二人がいた場所に、一人につき八本。計十六本の青いレーザーが降り注いだ。

 二人は同時に視線をレーザーの発射された方向に向ける。そこにあるのは、金属で出来た羽だ。

 一枚が三十センチ程もある白いその羽の先端、スリット状に開いた穴から煙が昇っているのが見えた。そしてそれらが、空中に飛んで体勢を立て直していたこちらに向いた。

 下から声が飛ぶ。緑の髪を持つ、澄んだ青年の声が、その名を呼ぶ。

「『エンジェルビーツ』!!」

 同時に、羽、エンジェルビーツの十六門のスリットから、青の閃光が飛来する。

 二人の悪魔の判断は早かった。すぐに自身の背後から翼を生やし、体制をそのままに強引に空中で加速を行う。体勢を立て直すために弛緩させていた筋肉を再び高速で硬直させたため、関節がきしむ音がする。それでも強引に加速を行い、その場から逃れる。

 レーザーは何も無い空間を通り過ぎる。それに安堵した直後、バーニィの顔面目掛けて、レーザーと同色の閃光がもう一本飛来する。

 射出元を見ると、そこには、弓を構え、すでに残身に入っていたユーリがいた。

 その口元が薄く笑うのがまた見えた。

 ああ、コイツは自分を舐めてるんだと、そう思った。こんな場所で。こんな攻撃で。自分が手負いの自分達にも相手ができると、そう思ってるんだ、と。

 イライラした。そして、それが爆発した。


                         ●


 グリウスの方にも、脅威が迫っていた。

 彼は見た目どおりの体力馬鹿だ。そして、その性格から分かるとおり、繊細な作業を得意としない。

 先程は翼による緊急回避を行った直後、再び彼の方にエンジェル・ビーツの砲門が向く。しかも先程とは違い、それが十門もある。

 羽は彼を円状に囲むように配置され、スリットの奥から光を漏らす。

 彼は飛行の場合、高加速による回避を得意とする。力が強すぎて方向転換するのがうまくないのをカバーしているためだ。

 そして今、先の砲撃の緊急回避から停止に移行しているときに砲撃が来た。

 グリウスは背面の翼の接合部、翼筋よくきんが千切れるほど強く動かし、いっきに上昇を掛けた。無理矢理な体勢からの加速が、空気抵抗なども相成って身体に強烈な負荷を掛ける。空気の爆ぜる音を聞きながら、何とかレーザーをかわしきった。レーザーはグリウスがいた場所を中央として衝突し合い、爆発を起こした。

 急停止で更なる負荷がかかるが気にせず、グリウスは下を見る。レーザー同士の激突で煙が上がったその場の煙が薄く晴れる。しかし異変があった。

 ……数が……。

 そこにあった羽は八枚。先程こちらを狙っていたものとは数が合わない。

 そう思うと、煙が完全に消えた中から、一つの影が姿を現す。

 それは重い金属の羽。それが地面に垂直な体勢をとり、こちらを真下から狙っている。

 そしてさらに、ハッと後ろを振り向くと、そこにはもう一枚の羽が、自分より上空で砲門を下に向けて待ち伏せていた。

 同時射撃が来る。そう思い、横に飛んで回避しようと思ったときだ。一つの声がその思考を中断する。

「スクライドォ!!」

 声と同時に生まれる破裂音。そちらを向くと、自分が跳ぼうと思っている方向の逆方向、その下側から、三十メートル程の位置から巨大な空間の歪みが迫ってくる。

 その向こうには、吐血しているラグナがこちらを見て笑っていた。

 まずいなぁ、とグリウスは思う。

 今迫ってきている空間の歪みが物理的な力ならばこちらにも対処できるが、それがどうなのか確認するすべが無い。確かめるために当たってそうでなかったらしゃくだ。というより、生きているのか分からない。

 どうしようかと思っていたら、上下に展開していたエンジェルビーツも砲撃を行い、逃げ場を失う。

 もう何秒もしないうちに直撃すると思ったとき、それに気付いた。下にいるものの反応を見て、それが間違いでないことを悟る。

 放たれた二つの攻撃。それが標的である自分に近づくにつれ、徐々に遅くなっているのだ。しかもそれだけではなく、自分の周りにあるあらゆる『動き』が遅くなっていく。

 歪みも、閃光も。身体に触れる大気にまで重さを感じる。

 そして自分から一メートルほど離れた場所で、攻撃は完全に停止してしまった。

 グリウスは隣に視線を向けながら言う。

「―――――なんだよ、えらく遅いじゃねぇか。出し惜しみか?」

 それに答えが返ってくる。

「うるさいんですよ。今は話しかけないで下さい」

 その声の主、バーニィは、両手を左右に広げ、目を吊り上げながら言葉を繋げた。

「―――――殺してしまいそうだ」


                         ●


「馬鹿な……!」

 自らの上空に広がる光景に、ユーリは息を呑んだ。

 彼らのいる地上から十五メートルほどの高さでは、あらゆる動きが停止している。

 いや、よく見ると微妙に動いている。彼ら天使の驚異的な視力で分かったことだが、停止ではなく、動きが極限まで遅くなっているのだ。

 その現象は、どのような魔術でもない。ならば導かれる答えは一つだ。

「能力……だと……!?」

 思わず口をついて出た言葉に、答えが来る。

 頭上にて、両手を左右に広げた燕尾服がこう言う。

「そうです。能力です」

 こともなげに言い切る。

 彼は一度眼鏡を上げ、

「そちらにいるガロウの手引きのおかげで、昨今ようやく私どもも能力を手に入れましてね。

 これは私の能力『ブラック・スチュワード』の力です」

 彼はそれだけ言うと、懐から数枚の紙の束を取り出す。そしてそれを、自分から少し離れた場所にいる金髪の大男に投げ渡した。

「急いでください。私は早く帰ってあるじのお風呂の時間ですから」

「いい加減にやめとけよ。あいつはもっと自立させるべきだと思うぜ。俺たちより長生きで一人で風呂入れないってどうよ」

 言うと燕尾服はその眼を血走らせ、

「あなたは私から存在理由の一つを奪い取るつもりですか? いいから早くなさい。殺しますよ」

「わぁったよ。ったく、こうなると二言目には殺すだのなんだの言うからな……」

 一人愚痴をこぼしながら、長い金髪をなびかせ、大男が弾丸のような速度で上昇をかけた。

 金の弾丸が向かう先は、上空に浮かぶ巨大な樹木。

 知恵の樹だ。


                         ●


「お前ら、知恵の樹に何をする気だ!」

 放たれるユーリの言葉に、バーニィは静かに答える。

 一度視線を飛んでいくグリウスに向けながら、

「言ったでしょう。あなた達よりも世界を正しく見て、考えていると。今からそれを証明するだけです」

 なにっ! と言葉を作っている間にも金の弾丸は上昇を続け、ついに目的の場所に辿り着く。

 グリウスは手に持った紙の束をその場に無造作にばら撒いた。

 紙は空中でバラけると、命を得たように飛んでいく。知恵の樹の外周で円を作る配置で並んでいく紙片は、何かの呪符だろう、とユーリは推測し、その上で言葉を作る。

「あれは何だ……!」

 答えはすぐに返ってくる。

「ああ、あれですか」

 そんな前置きの後に放たれた言葉は、彼ら天界人にとって想像を絶するものだった。

「知恵の樹そのものを世界と同化させ、能力者を増やすんですよ」


                         ●


 バーニィは両手を広げ、いまだ数ミリ程度しか進まなくなっているこちらの攻撃をそのまま維持して、淡々と言葉を作る。

「あの符はそのために主から渡されたものです。

 知恵の樹の力。能力者を生み出す力を維持したまま世界そのものと同化させる。そうすれば、過去、現在、未来。あらゆる時間に作用し、能力者の誕生の確立を飛躍的に上げ、平等にすることが出来る。世界が、魔界人界天界問わず完全に公平になるんです」

 馬鹿な、とユーリは吐き捨てる。

 世界に新に部品を組み込むということで、世界は間違いなく歪みを発生させる。満杯にがれたコップにさらに水を落とすようなものだ。それがどれほど危険なことかは想像するまでもない。

 全ての時間において修正をかけてしまうそれは、歴史の齟齬そごを生み出してしまう可能性がある。それが天界や魔界ならともかく、能力の存在すら知らない人界に及べば、歴史そのものが変動する。

「させるかぁーーーーー!!」

 直後に、四人の使徒が一斉に攻撃を仕掛けた。

 ユーリはエンジェルビーツの『弓』から巨大な青き光矢を放ち、ファーナはクナイを呼吸が続く限り投げ続ける。エニキスは四属性の高威力術式を放ち、ラグナはこれが最後の一発だと悟りながらも、拳を後ろに引き絞り、放った。

「スクライドォ!!」

 巨大な歪みが、他の三つ、光とクナイと炎と水と風と岩と共に、上空にたたずむ悪魔に向かう。

「無駄です」

 その言葉が耳に届くより早く、全てが遅くなった。

 両者の距離は約三十メートル。その距離の半分も行かないうちに、いきなり全ての攻撃が失速した。それは距離を詰めるごとに顕著になっていき、三分の二を過ぎた辺りで、もはや動いているのかどうか分からないまでに遅くなった。

 舌打ちと共に新たな一撃を叩き込もうとした使徒たちは、後ろで何かが地面に落ちる音を聞く。

 振り向けば、そこにラグナが倒れていた。

「ラグナ!?」

 三人はすぐに駆け寄り、ラグナを抱き起こした。うつ伏せに倒れていたのを起こすと、胸の圧迫が外れて盛大に喀血かっけつして、抱き起こしたエニキスの顔を汚す。

「しっかりするんだ!!」

 エニキスの言葉に、ラグナは薄く目を開ける。意識はギリギリあるようだった。

 血まみれの口から、細い言葉がつむがれる。

「やべぇ……もう、力使えねぇや…情けねぇ……。血も流しすぎたしよぉ……」

「ラグナ! しっかり!!」

「……このまま死ぬなら、せめて……オッパイを、揉みた、い……」

「しっかりするんだ!! 二つの意味で!!」

 この非常時に!! とユーリは思うが、こういう失血などの危険な状態の者は、とにかく意識を途切れさせないことが重要になる。その点で言うと、これはありなのかもしれない。ラグナの方も、恐らくわざとふざけて会話に活気を持たせようとしているのだ。だがそれは、そこまでしないと意識を繋いでおけないと言うことでもある。

 しかし、そんな状況は敵の知ったことではない。

「好都合なので、こちらから行きます」

 言って、上空の燕尾服は、白の手袋をはめた手を青白く発光させる。術式の使用によるマナの光だ。

 それにより、空に向かって進んでいる攻撃が一斉に下方、放った本人達の方に向きを変えた。

 同時に、

「解除」

 能力の束縛を外れた攻撃たちが速さを取り戻す。まるで今射出されたばかりのような勢いを持つ攻撃たちは、自らの主に牙を向き、襲い掛かる。

 それが直撃する瞬間、こちらのもう体力の限界に近いユーリが前に出る。

 正面、攻撃の群れに手をかざし、叫んだ。

「エンジェルビーツ『リフレクター』!!」

 言葉と共に、彼の眼前、手をかざした正面に、正六角形をした八枚の鏡が出現する。

 それらは叫びに答え、一斉にその身を寄せ合い、主を守る巨大な盾となった。

 盾の完成と同時。膨大な破裂音が響き渡る。

 そして、鏡に触れた攻撃が全て、元来た道を逆巻くように反射された。

「!?」

 これにはバーニィも眉を寄せる。しかし、

「この程度ですか」

 瞬間、逆流する攻撃の軌道が大きく弧を描き、その向きが逆転し、再び四人に向かって押し寄せる。

 なぜ!? と、表情を作る三人の使徒をおいて、ユーリはそのからくりに気付いた。

 ……大気の、気流の流れを遅くして進路を作ったのか!?

 簡単なトリックだ。攻撃の通り道には大気があり、気流がある。そして攻撃に限らずあらゆる物は常にそれらをきながら移動する。

 もしも進行方向にある本来割かれるべき大気の一部が遅かったら、その部分だけ抵抗が大きくなり進路が徐々にずれていく。そこに大気の一部を停滞させて流れを調整した気流がそれらを乗せればさらに効果は上がる。その原理を用いて攻撃の進路を反転させたのだろう。

 すぐに第二撃が届いた。

 鏡の盾は四人を守るが、ラグナ同様、ユーリも限界が近い。恐らく反射すれば敵もまたこちらに攻撃を返してくる、不毛な攻撃の押し付け合いが始まる。

 だからユーリはエンジェルビーツ・リフレクターに指示を送り、

「落とせ!」

 攻撃を左右に割るようにして弾いた。両側の地面から破砕音が響き、盾の両脇から破片が後ろに飛んでいった。

「これだけしか出来ないとお思いですか!」

 バーニィが今まで左右に広げていた手を頭上に掲げる。そこに黒い球体が生まれ、

「行け」

 命令と共に、球体から黒い雷撃がいくつも飛び出し、四人に向かって放たれる。

「……くっ!」

 ユーリはエンジェルビーツ・リフレクターを盾としてのみ使い、反射効果を切る。少しでも体力を温存するためだが、

 ……雷撃の威力が強すぎる!

 盾として鏡の効果を高めるが、徐々にそれらが削られていく。

 早く知恵の樹に術式を施そうとしているグリウスを止めようにも、これだけでもう体力が限界に近い。エニキスとファーナも、体力的には自分と大差ない。エニキスにいたっては応急処置とはいえ、自分を含めた四人分の回復魔術を使っている。おそらくあの雷撃をどうにかできる防御術は使えない。盾の影から出たら消し炭も残らないだろう。

「どうすればいい……!」

 奥歯を噛んだところでどうにもならない。

 ユーリはエンジェルビーツ・リフレクターリフレクターをマジックミラーのように向こうを透過させることで、グリウスのほうを見た。

 符は等間隔で光のラインに結ばれるように知恵の樹を囲もうとしている。もういくらかしないうちにそれは完了するだろう。

 どうすればいい、と必死で思考をめぐらせるが、答えが出てこない。思いつかない。

 思わず諦めかけた。その時だった。

「ねぇ、あれ……」

 その言葉に、落胆した顔をユーリが上げた。

 ファーナが、北の空を指差して驚きの表情を浮かべている。

 何事かと、三人は視線を向けた。

 黒が来る。

 青い空を引き裂くような速度で、黒の弾丸が、知恵の樹に向かい合っているグリウスに向かって一直線に飛んでいく。

 こちらの攻撃に集中しているバーニィも、術式の展開に四苦八苦しているグリウスもそれには気付いていない。ちょうど背中を見せ合っている状態の彼らから死角になる位置を飛んできているからだ。

 黒は何かを両手に提げていた。人だ。

 黒の進行方向に対して後ろ向きに手を持たれ、強風にあおられる洗濯物のようにたなびくそれを見て、四人は彼らの名を呼んだ。

「シン、達也!?」

 その声に、最初にバーニィが気付き、視線を左に向けた。

 その先では、黒の翼を持つ天使が下に提げている少年の左手を離し、右手で空中からナイフを取り出し、掴んだ。

 バーニィは身体は前に残したまま、視線を後ろに向け、叫んだ。

「グリウス!!

 声から危機を感じたグリウスが、視線を右に向けた。それと同時に、

「いっけぇーーーーー!!」

 高速で飛来した黒の天使が、グリウスの喉にナイフを突きこんだ。

どうも! お久しぶりです。


本当は新年になる前にこの話自体を終わらせて次の章に行きたかったんですが、できませんでした。すいません。


次回でこの話も終わる予定なので、次回と同じく次の章も楽しみにしていてください。


それでは、また次回。

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