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数字、頑張る、情報端末、弥生。
僕の頭の中では、いろんなことがよぎっていた。
年が明けて一月、この日は論文を書きに研究所に向かっていた。
四年になると、大学の授業をほとんど受けることはない。
卒研と就職活動、この二本立てがメインだ。
だけど、僕は就職活動する余裕がなかった。いやもう、する必要もない。
奥では夏帆も、パソコンで論文を書いていた。
パソコンに向かって僕が書いていると、いつも通り白衣の男がやってきた。
「やあやあ、草薙君。やっと決心したんだね」
「助教授、ええまあ」
小泉助教授が、笑顔で入って来た。手には美少女フィギュアを持ってご機嫌な顔だ。
そこには、僕なりの考えがあった。その考えを、はっきり口にした。
「僕は、この研究を引き継ぎます」
「おお、ようやく決心したか。嬉しいぞ、嬉しいぞ」
「助教授は、この研究を世に広めたいと。利用者がいて情報端末は初めて意味があると言っていましたね」
「ああ、そうだとも」
「僕なりに考えたのですが、ひっそりと消える人を作りたくないんです」
そう言いながら僕は、ある一冊の文庫本を取り出した。
それは、夏帆に勧められて入った『存在学会』の本。夏帆もそれを見るなり僕の方に近づいてきた。
「人は数字で存在している、人に数字が無くなったら存在できない……」
「なるほど」
「僕の妹は、今もどこにいるか分かりません。義母がずっと探しています、今も。
だけど、そんな人を作ってはいけない。数字をゼロにしてはいけない。
それは、死ぬことよりももっとつらいことだから」
僕は、この研究に対する想いをぶつけた。きっとそれが僕のやりたかったことだから。
「わかった、草薙の気持ちはよくわかった」
「早速だけど、僕についてきてもらえますか?」
「ああ、もちろんだとも。君がこの研究のリーダーだ」
「そうよ」そういいながら、いつの間にか夏帆も僕のそばに来ていた。
自然と僕の前に手を出してきた。助教授も夏帆の手の上に合わせた。
「それじゃあ、草薙君。いや、草薙社長」
「社長としては、未熟だけど」僕は夏帆と小泉助教授の乗せた手に、僕の手も合わせた。
「みんな、僕の夢につき合ってくれ」
「ええ、分かったわ」「もちろんだとも」夏帆と小泉助教授は、同意の返事をしてくれた。
「それより、草薙君。名前は決めてあるのかな?」
「あっ、えと……」助教授の言葉に、戸惑った顔を見せた僕。
「『クサナギエージェント』」
そこに、夏帆がポツリとつぶやく。
「『クサナギエージェント』?」
「ずっと考えていたの。草薙君がリーダーで、エージェントは、『取りつぐ人』。
だから『クサナギエージェント』という組織なの。
私もこの卒研で草薙君と繋がれたし、この名前がいいって思っていたの」
夏帆は、すぐさま僕に言ってきた。僕は、その名前を一瞬で気に入った。
「いい名前だ、じゃあ『クサナギエージェント』始動だね!」
それと同時に、僕の掛け声で「オー」とかえってきた。
この瞬間、僕は『クサナギエージェント』の社長になっていた。
「それじゃあ、早速だけど次の段階に行こうか」
「次の段階?」助教授の言葉に、僕は聞き返した。
「専用のソフトだ。これから忙しくなるぞ」
その時の小泉助教授と、夏帆の顔がどちらも明るかった。