28節 目覚めた少年
細かい時刻は言えぬものの、朝を告知する小鳥がようやく鳴き止んでいた時間帯。
無名組織の六人のメンバーで円卓を囲んで話し合っていた。
ちなみに“円卓”とはあくまでも比喩的な表現で、そこら辺にあった大きな樽や箱を円状に並べて使っていただけである。
「ということで、何か案がある人は?」
ジュリオの質問に皆は小難しい顔をする。
けれど、一言も言わない。
「…そろそろ反応が欲しいんだけど」
彼が首を右から左に動かしていくと、それに伴って皆が目を背いた。
僕も含めて。
実際、ここは新人として意見を出したいところではあるが、
そんな地雷を踏むような行為はできるまい。
…まあ、できなくはないが、その場合は少なくとも一人から罵倒を浴びるのは確かだ。
「…その子自身はどうしたいって言うの?」
と、ジュリオの視線に耐えられなくなったのか、例の赤髪が腕を組みながら質問を投げた。
「見てわからないのか?あの子は一言も喋らないんだよ」
ガブリエルがその投げかけに皮肉っぽく応じた。
見事に、相手を間違えた発言だった。
「――あんたは黙りなさいっ!!」
ナタリアは激しい剣幕で怒鳴りつける。
「あんな平気っぽい雰囲気を出してアレハンドロとロベルトを飯屋に連れて行ったくせに、いざ帰ってきたらアレハンドロが傷だらけ。
ほんと恥知らずなやつだわ」
今にも物に当たりそうな有様だった。
いや、彼がもう少し近くにいれば、それこそ無傷じゃ済まなかっただろう。
しかし、彼女の言うことは半ば正しい。
この状況を招いた僕たちに、とても言論の資格はない。
《だからって、ガブリエルだけが…》
どっちかと言えば…じゃなくて、誰がどう見ても僕が悪い。
なのにただ立場が上だからって、彼が袋叩きにされるのは許せない。
…仲間を見捨てるなんて、僕にはごめんだね。
「ナタリアさん、それはガブリエルさんだけのせいじゃなくて…」
「あんたも大概じゃないわっ!やり方はいくらでもあったのに、よりにもよって真正面から突っ込むとか!新入りだからって何でも許されると思わないことねっ!!」
「は、はい…」
「何よその威勢のない返事!?ちゃんと反省してるわけ?!」
「………」
うん。容赦なし。
僕の目はじんわり潤った。
「お、落ち着けナタリア。二人にはもう反省するように言ったから、そこまでにしてくれ。
それより、今はその子をどうするか考えなきゃいけない」
慌ててジュリオが仲裁に入る。
ナタリアは不満そうな表情で、浮いていた腰をゆっくり下ろした。
その時、右に座っているガブリエルと目が合ったが、彼はなぜか微笑んだ。
被虐趣味者か何かかな?
「…早めに決めないと、あの子もそろそろ起きるのではないか?」
今日初めて聞くであろうカミロの言葉。
このまとまりのない場に槍を突くような、如何にも彼らしい態度だった。
「それは困るな……っよし、じゃあ決めた」
ジュリオがいよいよ、決断の声を上げた。
「まず、今日だけ子供の面倒を見る人を選ぼう」
ということでした。
※※※
僕たちが話し合いに専念してる間、少年は階段を登った先の部屋で眠っている。
こんな話を聞かせるわけにはいかないし、昨日あんなことがあったのだから、体は休めて欲しい。
できれば心もだが…
「――昔ながらの方法で決めよう」
ジュリオは率先して握り拳を前に出した。
得意そうな彼の顔に、改めて嫌な予感がした。
「負けた二人が今日の世話係、それ以外は話し合いを進める。どうだ?」
ああ、思い出した。
ジュリオって、こういう人だった。
「いいわ」
「まあ、いいさ」
ガブリエルとナタリアは迷いなく提案に乗る。
釈然としない僕だけ、ためらいを感じた。
《…いや、ちょっと待った》
円卓(仮)を囲んでいる人たちを一人ずつしげしげ眺めた。
四人が勝って、二人が敗れる。
ということは確率的に見れば、勝つ可能性の方が若干高い。
それに。
杜撰で雰囲気にはそぐわないものの――ジャンケンはシンプルで以て効果的な決断方法だ。
《うん、勝てる》
一瞬思いとどまった僕だが、最終的には拳を前にかざした。
組織員の横顔はいつも以上に凛々しく、腹の据わった様子だった。
覚悟…というには些か抵抗を感じるが、それに近い何かがあった。
「行くぞ」
ジュリオの真剣な声。
途端、倉庫の東側から乾いた風が吹き出し、皆の髪が大きく揺れた。
しかし誰も目を瞑ることなく、各々は拳だけに視線を集中させた。
ヒューーーーー。
風が西側へ通り去ると、ジュリオはにやりとした。
「じゃあアレハンドロ、頑張ってね」
絶望。
幻滅。
僕は拳を見つめ、それが震え出すのを感じた。
「お前ら、拳を引っ込めるなよ。残りの一人をさっさと決めよう」
身震いする僕を完全そっちのけにして、ジュリオたちは勝負を続行させた。
《はぁ…》
もう二度と石は出さないと、心に誓った。
「じゃんけん――!」
戦鐘が耳に入る。
ようやく手の戦慄が収まった僕は、二戦目の結果を確認した。
ジュリオは鋏。
ナタリア、カミロ、ガブリエルも鋏だった。
「あっ…」
しかしながら。
ロベルトだけが、紙を出したようだった。
「ではロベルト、君も頑張ってくれ」
ほどなく、ジュリオは他の三人と連れ立って席を外した。
広い円卓には、僕とロベルトだけが取り残された。
「…そ、そんなんで良いのかよー!」
そう叫びたかったが、僕だってもう子供じゃない。
腹をくくって勝負に挑んだわけだし、これはしょうがな………って、なんだこれ?涙…?
「……」
二人とも俯いた姿勢のまま、
数分の時が流れた。
「どう、します?」
おそるおそる顔を上げて、僕はおでこにかかった髪をいつも通り二つに分けた。
そして、あの巨漢へと視線を移した。
《黙っていても仕方がない…》
と思ったのもそうであるが、どちらかと言えば、樽に座り続けるのが苦しかった。
「あの子のところに行って、それから考える…」
盛り上がっていたとは言い難いこの空気をさらに下回る声量で、彼はぶつぶつと答えた。
言われてみれば、これも今日初めて聞くロベルトの声だった。
「分かりまっ…」
承諾くらい声に出そうと思ったが、顔を上げた時には彼はもう向かっていた。
しずしずと。
足を引きずるようなその歩調は、実に頼りなく見えた。
「はあ…」
小さく息を吐き捨て、僕は急ぎ足で彼の背中を追った。
常に数歩分の距離を保ちながら。
とことこ。
のそのそ。
ロベルトと五段くらいの間隔をとって、僕は階段を踏み入った。
足の痛みが治りきっていないせいか、そこまで高くもないのに登るのが一苦労だった。
「あぁ…って、どうしました?」
手すりに支えられながら、僕はぴたっと歩みを止めた。
入口に突っ立ったまま、ロベルトは部屋の内側を黙然と見つめていた。
その立派な体格のせいで、僕は足を止めざるを得なかった。
「起きている」
彼の一言に小首を傾げつつ、ドアの方に寄ってみる。
ロベルトは退いてくれてはいたが、入るのにはやはり窮屈さを感じた。
と。
明るかった僕の視界は、一気に暗闇に包まれた。
「あの地下通路みたいだな…」
唯一の違いと言えば、こっちが地上であるということ。
それさえ除けば、ここにだってゴキブリくらいはいそうだった。
「…」
昨日来た時と真逆の雰囲気に気味悪さを覚えつつ、隅に視線を送った。
厳密には送ったのではなく、引きつけられたのだが。
《…!》
「お…おはよう」
驚きを隠すような、下手な愛想笑いをする僕。
そしてそれを真っ直ぐ見つめる少年。
一角で膝を抱えながら座っていて、昨日見た青白い肌がより一層際立って見えた。
そしてまとまりのない黒髪の下に、小さな点が二つ、対称的に並んでいた。
片方は角度のせいで見えず、
もう一つは僅かだが、僕を写していた。
要するに。
彼は確実に起きていた。
「……」
静寂という名の挨拶。
ひやひやする背筋に、氷を押し当てたような気分だった。
《よく眠れなかったのかな…》
いや、この目つきにそんな些末な原因が通用するはずがない。
これほど黒く染まった瞳が、その程度の些事で生じるわけがないのだ。
『目は口ほど物を言う』という言葉は有名だが、
――僕はそれを肌で実感した。
「見たか…その目?」
戸惑っている途中、思わぬ人からの質問。
至急、僕は体ごと振り向いた。
「あ、はい。どうやら、まだ会話は難しいみたいですね」
何かを隠すような怪しい手振りで僕は口を動かす。
ロベルトの言葉によって意識が現実に連れ戻された。
「ああ。きっとそうだけど、一人にはできない。一旦、皆のところに連れて行こう」
「はあ…」
「片付けもしよう」
「分かりました…」
口調はさっきと変わらない。
なのに包帯の巻いていない方の目が、幾分開いていたように感じた。
取り敢えず、僕たちは少年の身の回りを整えた。
整えると言っても、薄い布団と毛布を二つ折りにして部屋の片隅に置くだけだったけど。
そして闇の元であった窓を塞ぐ毛布を外し、部屋の中に日光を入れることに成功した。
少しばかり薄暗かったが、昼頃には十分明るくなるだろう
後は…
「…立てる?」
手の平を差し伸べて、少年に優しく尋ねてみた。
「…」
沈黙。
少年は動こうとしない。
《参ったな…》
また悩まされるのかと、嘆息しようとした時。
「違う、そうじゃないよ。もっと、こうだ」
ロベルトは僕を横目に、掻いた跡がうっすら残っている両腕で少年を高く持ち上げた。
ふいっと。
むっと。
さらっと。
いやはや、表現に困るほど簡易な動作だった。
「意地でも連れて行く」
ロベルトの表情は、変化なし。
その特徴的な陰鬱低音ボイスも、陰鬱なままではあった。
「あなたが言うなら、それでいいですけど」
しかし彼の纏っている空気は、一回り気さくなものに感じた。
少年を見て、思考回路が切り替わったかのように。
二人の親友の死を、一瞬でも忘れることが出来たかのように。
《深読みしすぎかもな…》
困った仕草として、頭に手の甲を当てた。
あいにく、そのせいでベレー帽の消失を思い出してしまった。




