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ペステ――革命は内側から始まる  作者: fm344
第ゼロ章 そして物語は始まる
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1節 ある遠い国で

 新肢秩暦(ニューヒエラルキー)三三七年七月六日。夏。



「ママ、あれってなに?」


 ある子供が、路地の向こうを指差した。


「こら、そういうのは無視しなさい…!」


 酷く慌てた様子で、その母親は彼の視線を右腕で隠す。

 そして、向こう側にいた警官に頭を下げ、早足で場を離れた。



「ふん。洒落になんねえな」


 その場にいる中での“最高位”の警官は、地面に倒れていた男に向かって、吐き捨てるように言った。 


「こんなヤツらの近くにいると、こっちまで悪モンに見えるじゃねぇか」


 制帽を直しながら、酷くシビアな口調で加えた。


「本当に困りますよね…」


 その後輩は少しばかり肩を竦め、仲間の同意を求めるように笑った。


「――“脱走者”は」


 それを聞いて、奥で彼らを見つめていた少年――ミゲルは眉をひそめる。

 そして痛ましげに、父親から目を逸らした。


《なぜ父さんが…》


 彼は小さな拳を、強く握りしめた。



※※※



 今から数時間前。

 父親はいつものように仕事に行く準備をしていた。

 ネクタイを締め、朝食を作る父を、まだ十一歳の息子は黙って眺めていた。


《今日は、なんだか父さんが笑っている…》


 珍しく朝から笑顔の父に、ミゲルは些か首を傾げていた。


 二人は明るい気分のまま朝食を終え、家を出る前、父はミゲルの頭を軽く叩くように撫でて言った。


「――すぐ帰ってくる。外に出るときは、絶対にマントをはずすなよ」


 痛みよりも、その言葉の意味よりも――ただ嬉しくて、彼は静かに頷いた。


---


「どうして……どうして分かった?」

 

 かすれた声で、地面に倒れていた男が尋ねる。

 すると、警官たちは一斉に振り向いた。


「屍(しかばね)は黙ってろ」


 最高位の警官は、不機嫌そうに声を上げる。

 男の腫れた顔。

 力の失われた腕。

 それが見えなかったのだろうか、彼は躊躇せず男に蹴りを入れた。


 それを見たミゲルは体を震わせ、父の方へ一歩歩こうとした。


「――やめておけ」


 無愛想な声。

 まだ新入りの警官は少年の前に腕を伸ばし、彼を止めた。

 

「何だディエゴ?言いたいことでもあるのか?」


 それに気づいた最高位は、新入りに挑発的な言葉を向ける。


「いいえ、ただ…」


 彼は自分より大柄な上司に怯まず、真剣な眼差しを向けた。


「――彼に理由くらい教えても問題ないかと」


 ミゲルは男を不思議そうに見上げるも、決して目を合わせようとはしなかった。


「ハッ!何だ?こんなヤツに同情でも湧いたのか?」


 荒々しい手振りを加えて、ティアゴは声高に訊いた。


「そこまでにしとけ、ティアゴ。

 市民に見られたらどうすんだよ…」


 隣にいた同僚が嘆息しながら、彼を落ち着かせようと注意する。

 ティアゴは舌を鳴らし、倒れている男の胸ぐらを掴み、自分の方へ向けた。


「いいだろ。どうしてお前がこうなってるのかを教えてやろう」


 不気味な笑顔で、荒い息を吹きかける。


「捲ってやれよディエゴ…」


 彼が命令すると、胸ぐらを掴まれた男は、自分の息子に視線を置いた。

 その目を感じたミゲルは、急にパニックになり、必死に自分の腕を引き離そうとした。


「……」


 ディエゴは微動だにせず、少年の腕を強く掴み、それをティアゴと父親に見せた。


「…これ、なーんだ?」


 ティアゴは男の頬を掴み、意地の悪い笑みを浮かべた。


「印(ノタム)…」


 父親は大変寂しそうに、ミゲルから目を退かした。


「そうだ。それに、ただのノタムではなく――、

 ――“低層地区”のものだと分かるだろ?」


 男の顔を離すと、ティアゴは嘲笑しながら語り始めた。


「――今日の朝、ある通報があったんだ。

 ある奇妙なノタムを持った少年を見たってな」


 男は顔を上げることもできず、黙って聞いていた。

 一方で、ミゲルはその言葉を聞いて、一瞬だけ動きを止めた。


「…何だ?心当たりでもあるのか?」


 ティアゴの視線を察して、ミゲルは一層震えた。


「そうだよな……無いわけないよな?」


 呼吸が浅くなり、心拍が一気に跳ね上がった。


《思い出したくない…》


 けれど、その“心当たり”が脳裏にこびりついて離れない。

 自分の、あの時の失敗が――

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