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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第1章 赤髪の剣士と英雄
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第22話 ルベリア王国遠征 ―― 白い布と短剣

 サンガード皇国とルベリア王国は、コルタナ山脈から流れる川を境に、互いに陣を張った。

 今、その川の三角州に、双方の戦争契約代理人と証紋官が集っていた。


 証紋官が巻物を広げ、条文を読み上げる。

 捕虜となった場合の取り扱い。戦後賠償額の範囲の確定、民間人の保護など。

 そして、勝者における契約内容を、確定する。


 契約が破られたときに、契約代表者たちは、体内から発現する雷撃で死ぬ。

 雷の神レイナダの裁定を契約とし、勝敗で契約内容を勝ち取り、破れば神が裁く。

 それが、この世界の戦争だった。


 双方の契約代理人が、契約代表者と交わした証紋を、互いに交換する。

 そして、戦争契約書に魔力を流し、証紋契約が正式に結ばれた。


 自陣に戻ろうかという時に、ルベリア側の代理人が、証紋官に低く声をかけた。


「ゴードン証紋官。サンガードに、強い加護持ちが現れたと耳にしたが」


 証紋官は少し間を置いた。


「そうなのですか?」


 ルベリア側の代理人は、それ以上何も言わなかった。証紋官もそれ以上は語らなかった。

 ただ、川の水だけが変わらず流れていた。


 ◆


 レンドルは懲罰兵として、まさに最前線にいた。

 左右を見ると三十名ほどの懲罰兵が一列に並んでいた。


 皆が一様に、右腕に白い腕章が巻かれている。

 この戦いで身を清める者たちの印だ。


 戦場で罪を(あがな)うための目印だった。

 傷を負えば、その腕章がそのまま包帯になる。

 血が滲めば、それだけ戦った証明になる。


 懲罰兵を取りまとめていた騎士ノックスは、気怠そうに説明をした。

 この男の顔には包帯が巻かれている。相当な怪我をしたようだが、それでも戦争に臨むらしい。


「白いままだったら、どうなるんだ」


 レンドルの何気ない言葉に、騎士は一瞥(いちべつ)をくれただけで、下がっていった。


「自分で血を出すしかないのさ。しかし、相変わらずムカつく野郎だ」


 隣の男が教えてくれた。


「ありがたいことに、短剣を支給されただろ?」


 男が続けた。


「これで戦えってことじゃなかったのか」


 レンドルが言うと、男は首を振った。


「自前の武器でいいんだ」


 レンドルは腰の鞘に手を当てた。


「俺たちは、最初の弓矢に当たれば怪我して、助からないかもしれない」


 兵学院で、欠伸(あくび)をしながら聞いた講義のことを思い出した。

 本陣が進軍する前に、懲罰兵が進み、最初にルベリアからの弓の前にさらされる。

 相手の部隊の配置などを確認するための、懲罰兵を用いた立派な戦術であり、尊い犠牲だと教えられた。


「それに、もしも――男も女も、捕虜になることもある。名誉は守られるわけだ。短剣のお陰でな」


 男は続きを言わなかった。それ以上言わなくても、分かった。

 とても欠伸ができる話だとは思わなかった。


「そういうことか。詳しいな――」


 男は白い歯を見せた。

 白い布ほどに、手入れがされていて、さらに歯並びが良かった。


「俺は三度目なんだよ」


 レンドルは、自分が苦笑いをしていたのか、呆れた顔をしたのか分からなかった。


「俺はベックだ。ウィンダス領の騎士だ。赤髪、お前は?」


「レンドルだ。昨日騎士になった。ベックは何をやらかしたんだ?」


「ムカつく上官を、こうやってな、ぶん殴ったんだ」


 襟首(えりくび)を掴む仕草をしながら、何回か殴る真似をした。随分手慣れた仕草に思えた。

 そして、すかした騎士に向かって首を傾げた。

 どうやら、騎士ノックスの包帯は、この男がくれたものらしい。


「それは頼もしいな。剣より喧嘩のほうが強そうだ」


「だろ? レンドル、お前は何をやったんだ。昨日の今日で懲罰兵なんて、荒くれものには見えないな」


「ムカつく皇妃を、殺そうとしたんだ」


「わはっ! そいつはいい。戦場で冗談を言うやつは生き残れるんだ」


 そう言って、ベックは自分に向かって親指を立てた。


「そこのお前たち、口を(ふさ)げ。楽歌隊の邪魔だ」


 懲罰兵を並ばせていた、ノックスが大声を上げた。ベックを見る目が殺意に満ちている。

 ベックは肩をすくめて、白い歯を見せた。熟練の懲罰兵は随分と余裕があるようだ。


 弓の標的になった直後、本体が進軍する。

 レンドルは、そこで生き残り本陣に戻らなければならない。

 本当なら転んで怪我をして、そのまま後方部隊に紛れ込むつもりでいたが、弓矢で死ぬ可能性を考えていなかった。


 ただ、皇妃に殺されるより、弓矢の的になったほうが、まだ生き残れそうだと思った。

 全身に魔力を流し、弓を弾けばいい、そう考えた。

 それにしても、初陣が弓の的なんて冗談が過ぎる。思わず笑いそうになった。


 そうこうしているうちに、レンドルたちの目の前に、派手な衣装の騎士数人が楽器を持って進み出た。


「聞け――! サンガードを護る、すべての戦士よ!」


 声が、隊列の隅々にまで届いた。


「此度は、サンブラント皇帝陛下の報復戦! 因果の剣(いんがのつるぎ)である!」


「悪王カラドリウス・ルベリアを討つ時が来た! この男はエルフどもと共謀し、陛下を罠にかけ暗殺した!」


「やつらは統治国家にあらず! 蛮族である! 我らは皇帝の名のもと民を救い、陛下の仇を討つ!」


「――大義は、我らにあり!!」


「ゆくぞー!!」


「おぉ!!!」


 大歓声がレンドルたちの後ろから押し寄せて来る。


 ――いよいよか。


「懲罰兵――! 進め――!」


 掛け声の後、鼓舞するような音楽と共に、懲罰兵の進軍が始まった。


 しばらくすると、レンドルたちの後ろから足音が聞こえ、地面の震動が体に伝わった。

 振り返ると、本陣もゆっくりと進みだしていた。

 音楽だけが遠のいていく。後ろの足音だけが、大地を踏みしめる音で背中を押してきた。


 進軍が数分経ったころ、川が見えてきた。浅いし細い。そして、対岸の先にルベリアの旗が見えるようになってきた。

 足首くらいまでしか水がない。

 これなら難なく渡れるとそう思ったときに、小高い丘の上から黒い点と筋が見えた。


「戻るぞ!」


 ベックの叫びを聞いて、レンドルは即座に反転し、全力で本陣に走った。

 レンドルの目の前に、弓矢が落ちる。


 あんな遠くから弓を放ったのに、ここまで届くとは驚きだった。

 ただの弓矢じゃない。長弓と高台からの攻撃だと理解した。

 そして、その射程の限界のところで放たれたものじゃないとすぐに理解した。

 川を出てからも逃げる懲罰兵には矢が届く。


 いくつもの矢が落ち、後方から何人かの悲鳴が聞こえる。

 レンドルは剣を抜いて防げないか考えたが、立ち止まるほうが、さらに的になると考えて走った。

 顔の横を風切り音と共に矢が過ぎ、目の前の地面に刺さった。

 それでも振り返らずに、魔力を込めて全力で走った。

 二本の矢が背中と腕に当たったが、魔力防御を貫通することはなかった。

 全力で駆けたレンドルの、すぐ後にベックはいた。二人は無事に本陣まで戻った。


 ベックは短剣で、白い布の上から腕を軽く斬った。

 じんわりと赤い線が布に入った。レンドルは同じようにした。


 それを見た騎士ノックスが声をかけてきた。


「赤髪、話はグリフォート騎士団長から聞いている。お前は俺の小隊にそのまま所属しろ。俺はエルフの混ざりものでも構わん」


 予想していなかった言葉だった。


「……分かりました。ノックス小隊長」


 ノックスの眼がベックに移った。

 レンドルもベックを見ると、ベックはレンドルに眼を向けていた。


「エルフだと……」


 それは、ランパルザのような目つきに見えた。

 小さな呟きだったが、耳の良いレンドルには、はっきりと聞こえた。


「それとベック、お前もだ」


 ベックが頷く。


「……弓で死ねば楽だったものを。ルベリアの弓隊は、性能が良くないらしいな」


 その眼は、ベックを睨みつけている。レンドルはもう視界に入っていなかった。

 同じ小隊になる仲間は、相当に仲が悪そうだ。


 ベックが白い歯を見せる。この男の癖なのだろう、相手を相当イラつかせるのに十分だった。


「太陽の神ベギラダは、俺にまだ死ぬなと言っているんだろう。俺の加護は弓矢に好かれないからな」


 ――加護持ちだったのか。どうりで、自陣までの戻りが早かった。


「……この俺より後ろにいることは許さん。背中から斬りつける気がないなら、前で戦え」


「もちろんだ。だが、また仲間を見捨てるなら、その包帯が取れることはない」


「喧嘩屋ベック……お前が死ぬときは、俺は喜んで見捨ててやる。突然殴りかかってきやがって……包帯の礼だ。とどめをくれてやる」


「それは、楽しみだな」


 ベックは喧嘩屋らしい。

 綺麗な歯並びといい、圧倒的に殴る側のほうなのだろう。


 二人の会話を聞いていると、ベックが殴ったのは正しかったように思えた。

 同時に、気さくに話しかけてきたベックと、レンドルに向けた眼が、同じ人物とは思えなかった。

 レンドルにはすぐに整理できなかった。


 この小隊で剣を振るい、生き残らなければならない。

 加護があったとしても、どうなるか分からない。

 俺も見捨てられるのだろうか。

 それとも、エルフの血だからといって、殴りつけてくるのだろうか。


 言い知れぬ不安だけが、レンドルの味方だった。

 それでも、信じられるのは腰の剣と共に過ごした時間だけだった。


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