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毒花令嬢は二度目の人生で復讐を選ばない  作者: 黒豆子犬
2章 社交界の毒と蜜

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第25話 処方箋の賭け

三日間、薬草園にこもった。


王妃の症状を整理する。嗅覚異常(甘い花の匂いが常に感じられる)、味覚喪失、倦怠感。


死の香の第一段階から第二段階に相当する症状群。二年間にわたって慢性的に投与されている可能性が高い。


死の香の解毒法は、確立されていない。製造者のあのフードの男が「現時点では解毒法はない」と言い切った。


だが、「確立されていない」と「存在しない」は違う。


死の香の毒素は、南方の夜来花と特定の菌糸から生成される。毒素の化学的な構造は分からないが、症状の進行パターンから推測できることがある。


第一段階は嗅覚神経への作用。第二段階は味覚と全身の神経への拡大。


第三段階は呼吸筋への麻痺。つまり、毒素は神経系を段階的に侵食していく。


神経系に作用する毒に対して有効な解毒アプローチは、大きく二つ。毒素そのものを中和するか、毒素の吸収を阻害して排出を促進するか。


中和は、毒素の構造が分からない以上、困難だ。だが、吸収阻害と排出促進なら——手がある。


牛乳薊。肝臓の解毒機能を強化する薬草。


毒素の代謝と排出を促す。


活性炭。消化管内で毒素を吸着し、体外への排出を助ける。


ウラル甘草。抗炎症作用があり、神経系への損傷を抑制する。


セドリックに教えた、あの甘草だ。


この三つを組み合わせた処方を、以前から試作していた。以前記録した「試作解毒薬」だ。


ユーリの治療に使った処方を応用し、死の香への対応を想定して調整してあった。


ただし、実戦投入はしていない。


王妃に対して使うなら——成分比率を精密に調整しなければならない。強すぎれば体への負担が大きく、弱すぎれば効果がない。


---


処方を組んだ。


牛乳薊の種子を石臼で砕き、熱湯で抽出。抽出液を布で濾して、沈殿物を除く。


これが基材になる。


活性炭。薬草園の炭焼き窯で作った柳の炭を、細かく砕いて粉末にする。


これを基材に少量加える。


ウラル甘草。根を薄く切り、弱火で煎じる。


煎じ液を基材と合わせ、蜂蜜で味を調える。


出来上がったのは、濁った琥珀色の薬湯だった。匂いは苦く、後味に甘草の甘みが残る。


飲みやすいとは言えない。


自分で味見をした。


苦い。だが、毒の味ではない。


体に害のある成分は含まれていないことを、舌が確認した。前世で叩き込まれた毒見の技術が、こういうところで生きてくる。


---


王宮の医務局から、反応が来た。


セドリック経由で、王妃の侍医長に「ヴァレンシア家の令嬢が薬草茶を処方したい」と伝えてもらっていた。返事は予想通りだった。


「一介の令嬢が、王妃陛下のお体に薬を試すなど——論外です」


侍医長カスパール・ヴェーベル。五十代の恰幅のいい男で、宮廷医師を二十年務めている。


医学の知識は確かだが、新しいものを受け入れる柔軟性はない。特に、八歳の少女の処方を認めるなど、彼の矜持が許さないだろう。


セドリックが再び手紙をくれた。


『カスパールは頑固だが、母上の意向には逆らえない。母上自身が「試してみたい」と仰れば、侍医長も拒否できない。


だが——母上を説得するのは、君の仕事だ。S』


王妃を説得する。


処方箋の内容を、素人にも分かる言葉で説明し、安全性を納得してもらい、「この八歳の少女に自分の体を託してもいい」と思わせる。


どうやって。


---


再び西庭園を訪れた。


今度は一人だった。カミラは屋敷に残した。


王宮の門で名前を告げると、セドリックが手配してくれた通行証が通り、侍女に案内された。


東屋に、王妃がいた。前回より顔色が悪かった。


目の下の隈が濃く、唇の色が薄い。それでも、私を見て微笑んだ。


「リゼット。また来てくれたのね」


「陛下。今日は——お薬の話をさせてください」


「薬」


「はい。陛下のお体のための薬草茶を、処方いたしました」


王妃の表情が、少し硬くなった。


「カスパールは——」


「侍医長殿は反対されると思います。ですが——」


「ですが?」


「まず、成分をご説明させてください。お飲みになるかどうかは、説明の後でご判断いただければ」


王妃がうなずいた。


テーブルの上に、薬草の見本を並べた。ポケットに入れて持ってきた、乾燥させた薬草のサンプル三種。


「これが牛乳薊の種子です。肝の働きを助けて、お体から不要なものを外に出す力を強めます。毒消しの薬草として、古くから修道院でも使われてきました」


王妃の目が動いた。「修道院」という言葉に、反応があった。


故郷の修道院で薬草を学んだと、前回言っていた。


「これはウラル甘草の根です。炎めいた痛みを鎮め、体の内側を穏やかにします。セドリック殿下がお好きな甘草飴の材料でもあります」


王妃の口元が緩んだ。


「セドリックが——甘草飴を?」


「はい。私が作ったものをお渡ししたら、気に入ってくださいました」


「あの子が甘いものを食べるなんて。知らなかったわ」


王妃の声に、柔らかさが戻った。息子の意外な一面を知って、母親の顔になっている。


「最後に、これは柳の炭を細かくしたものです。お腹の中で、不要なものを吸い取ってくれます。味はありません」


三つの成分を説明し終えた。


王妃がじっと見ていた。薬草のサンプルを一つずつ手に取り、匂いを嗅ぎ、指で触れていた。


「修道院にいた頃、牛乳薊は畑の隅に生えていたわ。紫色の花が綺麗で——修道女たちが、肝臓のお茶と呼んでいた」


「ご存じだったのですか」


「名前だけはね。処方の仕方は知らなかった。——リゼット、これは安全なの?」


「はい。三つの成分はいずれも古くから薬用に使われてきたもので、適正な量であれば体への害はありません。私自身で試飲しております」


「自分で飲んだの?」


「はい。味は苦いです。が、毒ではありません」


王妃が笑った。小さな、だが本物の笑いだった。


「八歳のお嬢様が、自分で毒見をして持ってきた薬草茶。——カスパールが聞いたら卒倒するわね」


「間違いなく」


「いいわ」


王妃が背筋を伸ばした。


「飲みましょう」


---


侍女が湯を沸かし、私が目の前で薬草茶を淹れた。


牛乳薊の抽出液をまず注ぎ、甘草の煎じ液を加え、最後に活性炭の微粉を振り入れる。蜂蜜を一匙。


全ての工程を王妃の目の前で行い、何も隠していないことを見せた。


琥珀色の薬湯が、白い茶碗の中で湯気を立てている。


まず自分が一口飲んだ。苦い。


甘草の甘みが追いかけてくる。体に異常がないことを、数秒待って確認した。


王妃に茶碗を差し出した。


王妃が受け取り、匂いを嗅いだ。


「苦い匂いね」


「はい。ですが、飲んでいただければ——後味は甘いです」


王妃が口をつけた。一口。


目を閉じた。


数秒の沈黙。


「……苦い」


「すみません」


「でも——確かに、甘い。後から」


王妃が目を開けた。碧い瞳が、少しだけ潤んでいた。


「味がするの」


「え?」


「味がするのよ、リゼット。半年ぶりに——何かの味がする」


味覚喪失が、半年続いていた王妃。何を食べても紙を噛んでいるようだと言っていた。


薬草茶の成分が味覚を回復させたのではない。苦みと甘みが極端に強い処方にしたのだ。


味覚が衰えた状態でも感じ取れるように、意図的に味のコントラストを上げた。


治療ではない。感覚の底を叩いただけだ。


だが、王妃にとって——半年ぶりに味を感じたことは、奇跡に等しかった。


「リゼット——」


王妃の手が、テーブルの上で私の手を握った。骨ばった指。


冷たい皮膚。だが、握る力はまだあった。


「ありがとう。味がする。苦くて、甘くて——」


王妃の目から、涙がこぼれた。


セドリックが、東屋の柱の陰から見ていた。暗い紫の瞳が、母親の涙を見つめていた。


表情は動かない。だが、柱を握る手の指が、白くなっていた。


---


帰り際、セドリックが門まで送ってくれた。


二人きりになった瞬間、セドリックが言った。


「母上が泣いた」


「うん」


「嬉しくて泣いたのは、久しぶりに見た」


「そう」


「——礼を言う」


「礼はいらない。まだ何も治していない」


「分かっている。でも——今日、母上が笑った。それだけで」


セドリックの声が途切れた。十歳の少年が、言葉を探して黙り込む時間があった。


「——充分だ」


それだけ言って、セドリックは踵を返した。


背中が遠ざかっていく。黒い上着の背が、春の光の中で小さくなっていく。


あの少年も、母親の笑顔に飢えていたのだ。


---


翌日、王宮から正式な通達が届いた。


「王妃アーデルハイト陛下の御意により、ヴァレンシア家嫡女リゼット・ヴァレンシアを宮廷薬師見習いとして王宮への出入りを許可する。ただし、医務局侍医長カスパール・ヴェーベルの監督下において、薬草茶の処方に限定する」


宮廷薬師見習い。


八歳の公爵令嬢に、宮廷での公的な立場が与えられた。


カミラが通達を読み上げて、目を丸くした。


「お嬢様——宮廷薬師ですか?」


「見習いね。まだ見習い」


「でも——すごいことですわ。八歳で宮廷のお役目をいただくなんて」


カミラの声が弾んでいた。嬉しそうだった。


私は——嬉しいよりも、怖かった。


宮廷への出入りが許可されたことで、王妃の治療を継続できる。だが同時に、宮廷の権力闘争に深く踏み込むことになる。


侍医長カスパールは不快に思うだろう。聖女エレノアの立場にも影響する。


そして——父は、これをどう受け取るか。


通達をもう一度読んだ。


 「監督下」。侍医長の監督下だ。侍医長が拒否すれば、いつでも出入りを止められる。首輪つきの許可だった。


それでも——門が開いた。


王宮の門が、開いた。薬師として。


毒殺者の娘としてではなく。


紙片に書いた。


——宮廷薬師見習いの任命。王妃の信頼を獲得。


——今後の方針:薬草茶の処方を継続し、死の香の解毒を段階的に進める。——リスク:侍医長の妨害、エレノアとの立場衝突、父の反応。


——注意:王妃の治療が成功しすぎると、毒の投与者が手段を変える可能性がある。


最後の一行が、最も怖かった。


治療が進めば、毒を盛っている者が焦る。手段を変える。


量を増やすか、別の方法に切り替えるか。あるいは——治療者を排除するか。


治療者は、私だ。


ペンを置いた。手が震えていた。


窓の外で、春の風が薬草園の緑を揺らしていた。甘い匂いはしなかった。


ただ、緑の匂い。草と土の匂い。


生きているものの匂い。


その匂いを深く吸い込んで、手の震えを止めた。

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