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九章 砕け散るプライド 思いがけないサービス 悪魔の顔

ニコは改めて、アイラ姫にひざまずいた。


そして屈辱にまみれながら口上(こうじょう)を言う。


「姫様、そのむちでどうか私を罰してください」

 

アイラ姫の反応はない。また間違えたのだろうか? このような時間は本当に苦しい。


例によってリズがニコに厳しい口調でしかりつける。


「ニコ、貴方は何を考えているの? 従者の分際で姫様に命令するなんて。罰してください、ではないでしょう? 私は姫様にむち打ちを乞い願うように言ったはずよね。姫様だって本当はニコをむち打ちなんてしたくないのよ。わかっているの? 貴方のために時間と労力を使って下さろうとしているのよ。それなのに、そんな手抜きの口上(こうじょう)を言ったりしてまったくわかっていないようね」


「も、申し訳ありません」

 

ニコはとりあえず謝罪するしかないが、具体的にどんな口上(こうじょう)を言えばいいかさっぱりわからない。


「ニコ、こっちを向きなさい」

 

セーラから短く命令される。


ニコが機械的にセーラの方を向く。


セーラはいつの間にか立ち上がっている。


ニコはアイラ姫には真後ろを向き、背中を見せるような形になってしまう。


セーラはニコを見下ろすような形でニコに声をかける。


「ニコ、あなたは姫様に対する基本的な口上(こうじょう)が全くなってないわね。姫様に何か発言するときは自分の言いたい事だけ言うんじゃなくて、常に自分の立場を考えて物を言わなくちゃいけないわ」


ニコには本当にわからない。


具体的にどういう口上(こうじょう)を言えばいいのだろう? 適切な答えを見つけられず黙っていたら、リズまでも立ち上がってニコに説教口調で上から偉そうにニコに話しかけてくる。


ニコはセーラとリズに次々に話しかけられてかなり混乱している。


「ニコ、貴方は本当にわからないの? 貴方は従者なのよ。それもかなりダメダメな。その自分の立場を正しく理解しているのなら……」

 

リズはちょっと考えて、言葉を続ける。


「例えばこうね。姫様。駄目で、間抜けでポンコツな私は本当に、本当にどうしようもなく、またも、やらかしてしまいました。いつものように姫様やリズ様達に優しく注意されるだけでは、また同じような過ちを繰り返さない自信がありません。どうか姫様、私をむちで強く打って、厳しく、そして容赦なく躾けて下さい。どうか私の身体に自らの過ちを忘れないよう深く痛みを刻みこんでください。そうしていただけないと、また学習能力のない私は過ちを繰り返してしまいます。どうかお願いします。お願いします。と姫様にむちを手に取ってもらうまで、何度でもむち打ちを乞い願うのよ」

 

セーラがうんうんとうなずく。


「まあ、そんなところね。それくらいは言ってもらわないといけないわね」

 

ニコは目の前が暗くなる。


酷すぎる。


ニコにだってプライドはある。


なぜ、なぜ、そこまで自分を卑下しなればいけないのか? リズ達はニコの心を完全に隷属させてしまいたいようだ。


しかし、ニコには反論する有用な言葉を持たない。


「さあ、私が基本的な口上(こうじょう)を教えてあげたわよ。ニコ、早く……」

 

その時だった。


ニコの背中を予告なく鋭い痛みが走った。


今まで味わったことのない激しい痛みだった。


ニコは声にならない短い叫びを発し、床に倒れ、痛みにもだえる。


アイラ姫に背後からむちで打たれたと理解したのは、痛みに耐え、床に転がっている時だった。


「ニコ、これはサービスよ」


ニコはアイラ姫が言った言葉の意味がわからない。


「まあ、姫様ったらお優しい」

 

セーラがアイラ姫に声をかけると、リズもアイラ姫に問いかける。


「姫様、むちの使用具合はどうですか?」


「まずまずね。でもさっきのは練習よ。もう少し慣れると、もっとうまく打てると思うんだけど」

 

さっきのは練習? だと。


痛みの余韻に耐えながらニコは考える。


では、本番は? ニコの内心の疑問に答えるかのようにリズが厳しい口調でニコに命令する。


「ニコ、さっき教えたでしょう。口上(こうじょう)を言い、姫様にむち打ちを乞い願いなさい」

 

ニコがリズのあまりの言葉に固まっていると、セーラからも言葉をかけられる。


「何をやってるの? さっき、ニコが口上(こうじょう)も言ってないのに、姫様からむちを頂けたのは姫様のむち打ちの練習ということもあるけど、姫様の優しさなのよ。その姫様の優しさを心から深く感謝して、今度は正式に姫様に口上を言い、むち打ちを乞い願いなさいと言ってるのよ」

 

そんな、そんな、あのむち打ちを自分から願うなんて。


ニコはやっと治まりだした背中の痛みを改めて意識する。


「さあ、ニコ、まず姫様への口上(こうじょう)を言い直すのよ」

 

リズは相変わらず容赦ない。


「ニコ、何をやっているの。姫様をお待たせしちゃ悪いわよ」

 

三人の中では比較的まともだとニコが思っているセーラも、この凶行を全く止める気配がない。


むしろ早くやりなさいとニコをせかしてくる。


「ニコ、安心してね。本番はもう少しうまく打ってあげるから。あのくらいじゃ、ニコは物足りないでしょう? それにしても早く口上(こうじょう)を言ってくれないかしら? 早くしないともうむちで打ってあげないわよ」


アイラ姫も、むちをしごきながらニコの口上(こうじょう)を待っている。


「早くしなさい。ニコ、姫様も待っているわよ」

 

「さあ、ニコ、まず姫様の方を向いて」

 

リズとセーラもニコの口上(こうじょう)を待ちかねたように少し興奮し始めたのが口調でわかる。


三人の美少女に寄ってたかってせかされて、ニコは身体極まった。


もうここにはニコの心情を察してくれる味方などどこにもいない。


ニコはやるしかないと決意する。


しかし、自分のあまりの境遇の惨めさに思わず涙を浮かべてしまう。


俺は一体何をやっているんだ。


俺は何を姫様に言おうとしているんだ。


現実のアイラ姫はニコの妄想小説のアイラ姫とは全く違う。


ニコには辛くあたり、当然だがニコのことを内心深く愛しているという可能性などない。


ニコは現実に絶望して、状況を打破してくれるような何かが起きないかと願うことすらやめた。


開き直ったようにアイラ姫の方に向き直り、跪く。


そしてむち打ちを乞い願う屈辱の言葉を言うことにする。


「姫様」


「なあに、ニコ?」

 

アイラ姫は興奮を押し殺したような口調で、ニコの次の言葉をうながす。


「姫様、私は駄目で、駄目な私は、また……、やらかし……」


「ニコ!」

 

リズがまた厳しい口調で口を挟んでくる。


本当にこいつだけは。


いなくなればいいのに。


「な、なんでございましょうか? リズ様」


「ニコ! 貴方はまた口上(こうじょう)を手抜きしようとして! ちゃんと私が教えたでしょう。駄目で、間抜けで、ポンコツで、役立たずな私は、本当にどうしようもなく、でしょう。さっき教えた通りに言いなさい」


「も、申し訳ありません」

 

さっきより悪口が増えているような気がするが、仕方がない。


リズの言う通り屈辱にまみれながら口上(こうじょう)を言う。


言っている最中もリズは執拗だった。


ニコが言葉に詰まったり、間違えたりするたびに、頭を小突いたり体を蹴ったりして無理矢理に口上(こうじょう)を言わせる。


「ニコ、さあ、そこでお願いします。と誠心誠意、姫様にむち打ちを乞い願うのよ」

 

なんとか、口上(こうじょう)を言い終わってもニコに一息つく暇はない。


床に伏して姫様に、何度も何度もむち打ちを乞い願う。


ニコはリズの操り人形みたいなものだ。


アイラ姫も空気を読んでいるのか、なかなか次の行動に移ろうとしない。


しばらくもったいぶった後、やっとニコに返事をする。


「わかったわ、そこまで言うなら……、ニコ、後ろを向きなさい」

 

これから自ら実行しようとしている加虐行為に興奮しているのか、通常より上ずった口調のアイラ姫にそう言われ、ニコはアイラ姫に背を向ける。


ニコは痛みに耐える覚悟をして、正座になり、すこし上体を前に倒す。


悲壮な覚悟でアイラ姫のむち打ちを待っていると、リズがかがんできてニコの顔をのぞき込んでくる。


ニコが思わず微妙に目を逸らすと、リズが髪を掴んで無理に顔を自分の方に向けさせる。


「ニコ、何、顔を逸らしているのよ。貴方の師匠でもあり、想い人でもある私が姫様のむち打ちの前に励ましてあげようっていうのよ」


「い、いえ顔を逸らしてなんか……」


「ふうん、そう? まあ、いいわ。ニコ、貴方はこれからむちを打たれるのよ。とても痛いわよ。ねえ、今、どんな気持ち? 私には一生味わえない気持ちだと思うから、ちょっと興味があってね。教えてもらいたいの。ねえ、今、どんな気持ちなの?」


リズは外見だけは天使だが、心は間違いなく悪魔だ。


この嗜虐心はどこからくるのだろう。


生まれつきだろうか? 育ちだろうか? しかし、そんな答えのない問いを自問して現実逃避している暇はない。


ニコはリズの陰湿で、いやらしい問いに答えなければいけない。


「と、とても、怖いです」

 

ニコは短く答えた後、目から涙が止まらなくなった。


むち打ちへの恐怖の感情からだけではない。


リズに話しかけられ、努力して思考を停止していたが、つい考えてしまう。


年下の少女達からいいようにいたぶられ、虐められる。


さらに屈辱的な口上(こうじょう)を強要された後、むち打ちまでされようとしている。


自分の現状の、あまりの惨めさを無理やりに再確認させられ、感情があふれて不覚にもリズの前で泣いてしまった。


「ニコ、みっともなく泣いたってむち打ちは中止にならないわよ。何しろニコが自ら望んだんですもの。ほら、下を向かないでちゃんと私の方を見なさい」


リズはそう言って、ニコの髪を掴みリズの顔の方へ向けさせる。


「リズ、そうやってニコがむち打ちされる間、ニコの顔を自分の方に向けてるの?」


セーラがリズには問いかける。


「そうよ。ニコもむち打ちされている間、愛する私の顔を至近距離で見られると、心強いし励まされるでしょう。痛みも半減するに違いないわ」


「まあ、リズったら本当に優しいのね」

 

セーラは素直に感心しているが、ニコにはわかる。


嘘だ。


リズはむち撃ちされ、痛みにもだえる俺の顔を至近距離で見たいだけだ。


リズがニコの髪をつかんでなければ、ニコはむち打ちされた直後、さっきのように床に突っ伏し、痛みにもだえ転げ回ることができる。


リズはそれでは満足できないのだろう。


リズがニコの髪をつかんでいれば転げ回ることも出来ず、その場で痛みに耐えなければいけない。


ニコとすればリズの嗜虐心を満足させたくはない。


むちで打たれても平気な顔をしていたいのだが、人間である以上、そういうわけにもいかないだろう。


目の前の天使のような悪魔の顔をにらみつけてやりたいのだが、以前と同じ失敗をするわけにはいかない。


仕方なく不本意にも礼を言うことにする。


「リズ様、ありがとうございます」

 

リズは天使のような顔のまま微笑み、ニコの髪をつかんだままで答える。


「いいのよ。可愛い弟子の為ですもの」

 

優しげな口調で答える。


その時だった。


明らかに背後からむちを振り被った気配がした。


姫様がむちを振り被った。


またさっきのように予告なしにいきなりくるのか。とニコは体を硬直させる。


痛みを覚悟していると、軽く撫でるように背中にむちが当たる感触がした。


髪をつかんでいるリズが大笑いする。


「きゃははは、さっきのニコの顔ったら」


「びっくりした? ニコ?」


アイラ姫が問いかける。


意地が悪いのにも程がある。


アイラ姫は本当は優しい心の持ち主だと信じたいのだが、やはりリズの従姉妹だ。血は争えない。


「は、はい。びっくりしました」


「そう、でも、そろそろ本気でいくわよ。準備はいい?」

 

ニコは震え上がる。


リズが元気よく答える。


「はい、いつでもいいです。姫様」

 

セーラがニコに声をかける。


「ニコ、貴方はどうなの?」


今度こそ本当だろう。


ニコは返事をする。


「はい、い、いつでも結構です。むちをお願いします」

 

ニコは何度目かの悲壮な覚悟を決める。


そしてせめて目の前のリズの顔を見なくてすむよう、目を閉じた。

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