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今ー嫉妬

本日三話目。完結です。



   ***   ***



   ***   ***



 あぁ、貴方は変わってしまった。いえ、違います。全ては私の罪であり、私の大罪です。私の『呪い』の力で強くなったご主人様もまた、私と同じように『呪い』にかかったのです。


 力に努力に才能にカリスマに。色んなものが詰め込まれすぎて、ご主人様はご主人様でなくなってしまった。形だけの薄っぺらな「ご主人様」になってしまった。そして私は私の願いを軽視していました。私は、私の願いにも目を向けるべきでした。

 でも、『呪い』にまみれた私は私自身の願いすら『忘却』してしまった。


 もうご主人様は私のことを忘れてしまったのでしょう。『呪い』にまみれて闇に消えてしまったから。たった二人で旅をした冒険者のご主人様とその奴隷の私という存在は、もうない。いるのはただ魔王を倒した勇者とその奴隷「メリィ」だけ。


 最近になってようやく分かりました。こうなることを『強欲』は知っていたのでしょう。大罪を背負うことの意味。『嫉妬』という大罪を背負った私は深い闇の中に落ちて、本当に欲しいものを手に入れることができなくなった。

 私はただご主人様と二人で……。繊細で、心優しくて、ひたむきなあの人の隣に……。そして……。そして……、



 そして?



 そこから先はもう思い出せません。分かりません。私には、私の心が分からない。誰かの心が分からない。ただ、分かるのはその願いに気づいた時にはもう手遅れで、全てが遅かったということだけです。


 あぁ、貴方は変わってしまった。私が、変えてしまった。けれどもう時は巻き戻らないし、私はもうどこにもいない。

 けれど、もしかしたら。今の「ご主人様」の中にまだ私の知るご主人様が残っているのかもしれない。「誰か」の才能にまみれて変わってしまった「ご主人様」の中にもまだ、魔王を倒した英雄ではなく、花言葉を愛したご主人様がまだ。



 だからご主人様。最期に一つ、試させてください。


   *


「ご主人様」


「何?メリィ」


 食事を終えて両脇に王女と魔法使いを侍らせた「ご主人様」に私は花束を手渡す。赤、黄、紫、緑、そして白。大小さまざま色とりどりの花で作られた花束です。それを見た「ご主人様」の取り巻きたちは小さく息を飲む。


「これは?」


 差し出された花束を前に、「ご主人様」は首を傾げる。……あぁ、やっぱり覚えていないのか。湧き上がる感情を押し殺して言葉を重ねました。

「今日はご主人様が私を買ってくださった十年目の記念日なんです。ご主人様の世界では記念の日には花を贈るのでしたよね?ですから、これはそのお礼」


 対等でありたいわけではないと、そんな「嘘」をつく。


「そ……っか。ありがとう。大切にするよ」

 花束を受け取り「ご主人様」は微笑する。そしてそのまま私の前を通りすぎていきました。取り巻きたちは私と「ご主人様」を遮るように身を動かし、私に冷たい一瞥をくれて去りました。

 「ご主人様」は私とそれ以上の会話をすることも、花を眺めることもしませんでした。


   *


「気づいていますか?ご主人様」


 花束の真ん中にある一輪の花。ランタンのように釣り下がった小さな白い花。スノードロップ。私はご主人様から教えてもらったことは何一つ忘れていません。「ご主人様」はまだ覚えているのでしょうか。


 誰もいなくなった部屋。私の言葉が空しく響きました。


「スノードロップの花言葉は『希望』と『慰め』。ですがこの花は決して、人に贈ってはいけません」


 私が花束に込めた呪い。希望の裏に隠されたもう一つの言葉。マリーゴールドに全く違う意味の花言葉があるように、スノードロップにも別の意味があるのです。


「ご主人様。貴方が教えてくれたことですよ。スノードロップを誰かに贈ること。これの意味は」



 貴方の死を望みます。



 裏表の願掛け。これが私からご主人様に、最期に贈る呪い。闇は光によってのみ払われる。呪いに溺れて闇そのものになった私は光に触れれば消えてしまう。

 この闇の中からの呪いに「ご主人様」が気づいてくれれば、贈られたスノードロップの意味に気づいてくれれば、花を愛したご主人様がまだ残っているのなら、きっと私は死ぬでしょう。


 この世界で花を贈ることはあくまで対等であることを意味します。私は呪いと一緒に私自身の命をスノードロップの花に託しました。賭けるものは同じ命。呪いが発動するのは明日の朝。朝日が昇ると同時に、私かご主人様の命は失われる。


 あぁ私は今泣いて、笑った表情をしている。お願いです。どうか気づいてください。「ご主人様」ではない、ご主人様でいて。花を愛したご主人様でいて。そして……。そして……。そして……。


   *


 次の日、私はご主人様の部屋の前に立ちました。朝日はもう昇っています。昇って、しまいました。


 もはや不必要なノックはせずに扉を開けます。天蓋つきのベッドの中でご主人様は眠っていました。眠るように、死んでいました。

 部屋の机の上には、私が渡した花束が横にして置いてありました。その様子から眠る前に眺めるでもなく、花瓶に飾るつもりもなかったことが分かりました。私は花束を手に取り、抱きしめました。

 フワリと、役目を果たして崩れ落ちるスノードロップが見えました。黒い塵になって消えていくその花は、まるで命を散らしたご主人様のようで、凍てつき始めた私の心のようで。


「ふ、ふふ」


 部屋の中から笑い声が聞こえてきました。他でもない私の笑い声。始めは小さく。それから徐々に笑い声は大きくなっていきました。

 腹の底から、真っ暗闇の底から、狂いに満ちた()()がこみ上げてきます。


「あ、あぁ。あは、あはは。あははははははははははは!」


 嗤いは止まりませんでした。私は嗤います。醜い顔をゆがめて嗤います。闇の底から笑います。私の中の何かが壊れて、私のわずかに残った温もりが消えて、色どりが消えて、私の全てが冷えきっていきます。

 契約魔法で結ばれた主人が死ねば、奴隷もまた死にます。しかし私は死にませんでした。当然でしょうね。闇を払えるのは光だけですから。私を殺せるのはご主人様だけでしたから。


「何事!」


 私の嗤い声を聞きつけて、女たちが部屋の中に入ってきます。そして嗤う私と、命を失ったご主人様を見て愕然(がくぜん)としました。


「嘘……」


 王女の口からそんな呟きがこぼれ、キッと憎しみを込めた視線を私に向けました。それと同時に私は力を失ったように嗤うのを止めました。ダラリと、私の両手が垂れさがり、花束がバサリと床に落ちました。色とりどりの花弁が無様に散らばりました。

 その花弁すら、枯れて塵へと変わっていく。


「あんたが……やったの?」


 女の問いに頷きます。怒りにかられた魔法使いが私に火の玉を放ちました。赤い、赤い火の玉。一切の躊躇も手心もない、私を殺すつもりの一撃。

 私はご主人様に目を向けたまま、うっすらと全身に闇を漂わせました。闇に阻まれて炎は消える。魔法の炎は私を傷つけるに至らない。当然です。世界から光が消え、唯一の闇になった私を傷つけられるものなど、この世にはもう存在しないのですから。


 驚愕と未知への恐怖を押し殺して、女たちはめげずに私に魔法を放ち、剣を振るい、奇跡を願います。けれど無駄。どんな魔法も、どんな剣技も、神の罰すらも私には届かない。

 深い、深い闇の前に、光無き力が届くことはありません。


 そもそも彼女たちが魔王を倒せたのはご主人様がいたからで、私が呪いをかけていたからで、魔王に殺意がなかったからです。何か一つでも欠けていたら彼女たちはここにはいません。

 彼女たちは弱くはなくとも、強くもないのですから。


「ご主人様のいない世界なんて何の価値があるというのでしょう。ねぇご主人様?」


 女たちの猛攻を横目に、ご主人様の骸を見つめながら、私は呟きます。


「貴方は私の『希望』で『慰め』で、誰よりも貴方のことを愛していました。だから」


 私を置いて行った貴方に嫉妬しました。死を願う程に貴方のことが恋しかった。光の下に生きる貴方が憎くて仕方がなかった。


「貴方のいない世界に興味なんてない。『希望』も『慰め』もないこの世界なんて……」


 あぁ、ご主人様から私の存在が消えていったように、私の中も私が消えていく。ご主人様を愛した私が消えて、『嫉妬』だけが残る。


 私の願いが、心が闇の中へ消えてゆく。



「私は……」

 世界に対して私は告げる。


「魔王軍幹部『嫉妬』にして、この世界を滅ぼす新たな魔王」


 そして私の瞳から涙がこぼれました。冷え切った私から流れた最後の涙は雪のようで、それは雫のように落ちていったのでした。



 暗転


   ***   ***



   ***   ***



   ***   ***



   ***   ***



 澄み渡るような青空も、総毛立つような夜空も、息を飲むような暁の空も、全部。全部。全部。表情豊かな空はこの日を境に無くなりました。私が無くしました。あるのは見る者を憂鬱にさせる灰色の空だけ。


 これが私の物語。『罪の魔王』と呼ばれた愚かな私の、穢れた罪の告白です。



 あの日から長い時が経ちました。気の遠くなるような時間の流れの中、身勝手な私は誰かの願いを身勝手に叶えてきました。焼けつくような誰かの願いを知って、私もまた知りたいと願いました。

 私の心とは何か。私の最初の願いは何か。私は私を知るために、誰かを救い続けてきました。

 今ならあの魔王の気持ちも分かる。彼と同じです。やがて私は一つの願いを抱きました。


 身勝手で穢れた、闇より深い闇そのものになってしまった私。



 それでも私は……


















































 蓮の花が欲しい。






































































 思えば、ずっと夢見心地で過ごしていたような気がする。突然異世界に召喚されて、素質がないと分かるや否や追い出された。常識も、右も左も分からない中、頼れる味方もいない僕はしょうがないからたった一人で冒険者になった。


 戦うのが怖くて、ネズミ退治やドブさらいなんかの依頼ばかり受けて日銭を稼ぐ毎日。楽しくはない。スズメの涙みたいな貯金を溜めることだけが嬉しいだけの、辛いだけの日々。

 城でちやほらされる勇者が妬ましい。どうにかして見返してやりたい。その気持ちは嘘じゃない。でも、その思いも毎日のせわしなさに押し流されてしまいそうになっていた。


 停滞した僕の毎日が動きだしたのは、気まぐれにいった奴隷売り場で彼女に出会ってからだ。


 安売りされる奴隷の中に彼女はいた。彼女は死んだ目をして僕らを見下ろし、でも誰のことも目に入っていなかった。

 彼女は特別不細工だったわけじゃない。ただ醜かった。顔にできた大きな火傷跡のような傷がそうだし、粗末な服から伸びた不健康な体から見える傷跡が彼女を醜くしていた。


 でもそれ以上に僕の目を引きつけたのが彼女の髪と瞳。黒髪と黒の瞳。その色は僕が生まれ育った日本に住むほとんどの人たちと同じで、平和だったあの日々を懐かしむ気持ちが僕を突き抜けていった。

 だからこそ、彼女の黒い瞳が絶望を宿しているのが耐えられなかった。だからこそ、彼女の黒髪が朽ち果ててしまいそうなほど傷ついているのにこらえきれなかった。


「買うよ。その奴隷」

 だから僕は気づいたら彼女を買っていた。この日から、本当の意味で僕の冒険は始まったんだ。



 たった一人が二人になった。それだけで毎日が色づいて見えた。一人で食べてもおいしくない食事も、彼女と、メリィと一緒ならおいしく食べられた。一人では恐ろしくて受けられなかった魔物と戦う依頼もメリィとなら受けられた。戦うことができた。


 いつしか彼女の容姿が日本人と似ているとかそんなことは関係なくて、メリィの存在そのものが僕の心の支えになっていた。

 メリィさえいてくれればいい。勇者なんてどうでもいい。そう思えるようになっていた。


 メリィに花言葉を教える時間は楽しかった。本当は花を育てたかったけれど日本では女々しいからやめろと言われてできなくて、代わりにやっていた花言葉調べ。花言葉をメリィに教えるだけの、他愛もない時間は僕の荒んだ心を癒してくれた。


 メリィが僕のそばで笑ってくれる。それだけで僕は幸福になれた。


 僕の世界にはメリィだけがいて、メリィ以外は何もいらない。でもメリィに失望されたくなくて、格好つけたくて勇者を倒したいと、見返したいとずっと言い続けていた。


 いつしか、そう思うことも少なくなっていたのに。


   *


 全てが狂い始めたのは僕以外の勇者が城を旅立ってから。勇者を見返したいという気持ちがまた膨れ上がって、どうしようもなくむしゃくしゃしていた時期だ。


 僕は僕でなくなった。


 魔族がいるという遺跡に行ってから、メリィは顔に暗い影を落とし、また少しして僕は見知らぬ知識や技術を使えるようになった。まるで夢のようで、本当に夢のように思っていた。

 僕じゃない「僕」の力。僕じゃない「僕」の記憶。いつの間にかに僕とメリィの世界には王女や魔法使いがいて、「僕」は彼女たちとずっと旅をしていた。


 記憶はある。でも辻褄(つじつま)は合わない。でもそのことをおかしいとは思えない。歪なままに「僕」は旅を続けて、気づけば「僕」は魔王を倒していた。



 どうしてだろう。幸福なはずなのに、望んでいたことのはずなのに、僕には全てが色褪せて見える。王都の離宮で誰もがうらやむ生活をする「僕」。美しい女に囲まれて優雅に微笑む「僕」。

 でも「僕」は僕じゃない。


 夢うつつに毎日を過ごし、そしてある日、メリィが「僕」に花束を差し出した。



「今日はご主人様が私を買ってくださった十年目の記念日なんです。ご主人様の世界では記念の日には花を贈るのでしたよね?ですから、これはそのお礼」



 ごめんね。心の中で僕は謝る。メリィは僕が教えたことを全部覚えているのに。僕はもう色んなことを「忘れて」しまった。

 メリィがくれた花束。その真ん中には白い、小さな花が差してあった。


 スノードロップ。その花言葉は。


「あぁ……」

 どうして誰も気づかないんだろう。メリィはあんなにも暗い顔をしているのに。今にも泣きそうな顔をしているのに、どうしても「僕」も、王女も、魔法使いも、他の皆も気づかないんだろう。


「どうして僕は……」


 女たちを遠ざけ、「僕」は一人部屋に入る。手にした花束を適当に机に置いて、「僕」はそのままベッドに入る。

 「僕」は覚えていないけれど、僕は覚えている。メリィにスノードロップの花言葉を教えたことを覚えている。だからこそ、


「ごめんね」


 メリィが僕のために、暗い闇の中で頑張っていることには薄々気づいていた。でも僕は止めなかった。「僕」が……いいや、僕の薄汚い心がメリィをもっと深い闇の中に突き落としてしまった。

 僕の犯した罪はもう償えない。だから僕は受け入れよう。スノードロップの花を。彼女が望んだ死を。


 僕の願いはただメリィと二人で穏やかに過ごすことだけだったのに。僕は、僕らはどこで間違えた?



 そんな想いを抱えたまま、僕は永遠の眠りについて、長い夢が終わった。

スノードロップの花言葉『希望』『慰め』

ただし、相手にスノードロップを送ると相手の死を『希望』することになる。


 これで『雪の雫を貴方にあげる。』は終了となります。ここまで呼んでくださった方、ありがとうございました。さて、この物語はあらすじでも言った通り、以前投稿した短編の改稿版となっております。書き直してみると文字数が13068字から2万字超えになったので、別作品という形で投稿しました。

 罪の魔王シリーズも完結に向けて、短編を改稿するかもしれません。その時は新しく投稿するかもしれないし、もしかするとこの小説のタイトルを書き換えて、後に続く形で投稿するかも。まだ分かりませんが。


 ともあれ、一度完結とさせていただきます。感想、ブクマ、ポイント評価などをしてくださると、この救いのないシリーズの完結への意欲がわきます。他の作品も含め、よろしくお願いします。

 ……罪の魔王シリーズはメリーバッドエンドを謳っているのですが、改めて読み返してみると、この作品に関してははっきりとバッドエンドですよね。


罪の魔王シリーズ(https://ncode.syosetu.com/s3625e/)

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