エピローグ
夕方。 帰り道。
空は薄く曇っていた。
季節は変わったはずなのに、風だけが少し冷たい。
川沿いの道を歩く。 見慣れた景色。 変わらない街。 変わらない日常。
もう、時計を気にすることもない。
7:32。
その数字を思い出そうとしても、うまく輪郭にならない。 ただ、“何かがそこにあった”感覚だけが残っている。
橋の途中で、ふと足を止める。
理由は分からない。
分からないのに、ここで止まらなければいけない気がした。
川を見る。 流れている。 正常に。
その“正常さ”に、少しだけ違和感を覚える。
ポケットに手を入れる。
何も入っていない。
そのはずだった。
指先に、紙の感触が触れる。
「……?」
取り出す。
白紙。
何も書かれていない。
ただ、中央に薄く折り目だけが残っている。
どこかで見た気がした。
だが思い出せない。
風が吹く。
紙が揺れる。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ。
紙の表面に文字が浮かぶ。
「――次は」
瞬きをする。
消えている。
最初から何もなかったように。
「……気のせいか」
そう呟く。
だが、その声は少しだけ震えていた。
遠くで、時計塔の鐘が鳴る。
一回。
二回。
三回。
その音の合間。
ほんの一瞬だけ。
誰かの声が聞こえた気がした。
「今度は、ちゃんと」
振り返る。
誰もいない。
夕焼けだけが、静かに街を染めている。
それでも。
なぜか分かってしまう。
これは終わりではない。
終わったあとにも残り続ける、“観測の余韻”だ。
風が吹く。
白紙が手を離れ、空へ舞い上がる。
その裏側に。
ほんの一瞬だけ、文字が見えた。
「選べ」
そして、時計の針が。
誰にも気づかれないまま、
ほんのわずかに逆へ動いた。




