澪
目が覚める。
7:32
その数字はもはや時間ではない。
“位置”として固定されているものだと理解している自分がいる。
「……まだ続いてる」
その言葉は確認ではなく、状態の読み上げに近い。
起き上がる。
体は重いが、その重さに違和感はない。
むしろ基準として安定している。
机の上。
紙。
そこにあることは、もはや異常ではない。
“存在しない方が不自然なもの”になっている。
手に取る。
「澪を見ろ」
その文字を見た瞬間、思考より先に“対象指定”の感覚が走る。
命令ではない。
だが拒否もできない種類の確定。
呼吸が一瞬だけ浅くなる。
浅くなるというより、“浅い状態に調整される”。
制服に着替える。
動作は一連の流れではなく、分割された手順の実行のように感じる。
玄関を出る。
空気は変わっていないはずなのに、“均質すぎる”と感じる。
変化がないこと自体が構造の一部になっている。
校門前。
澪がいる。
そこにいることは当然であり、同時に“配置されている”ようでもある。
視線が合う。
彼女は驚かない。
驚く必要がない、という前提で動いているように見える。
「来ると思ってた」
その言葉は予測ではなく、結果の先取りのように聞こえる。
「……お前は」
「澪」
即答。
その即答に対して、違和感が生まれかけるが、すぐに消える。
歩き出す。
彼女は迷わず横に並ぶ。
距離は一定だが、その一定さが“設計されている”ように感じる。
「久しぶり」
「そうだっけ」
そのやり取りに、時間の意味が曖昧になる。
“久しぶり”が時間ではなく状態の評価になっている。
彼女が言う。
「ここ、前も来た」
「いつ」
「覚えてない?」
その問いは確認ではなく、照合に近い。
一瞬だけ視界の奥にノイズのような映像が浮かぶ。
同じ道。
同じ沈黙。
だがそれは記憶というより、“ログの断片”。
すぐに消える。
「変わってないね」
その言葉だけが確定情報のように残る。
喫茶店に入る。
音が少ない。
その静けさは偶然ではなく設計のように感じられる。
席に座る。
澪は迷わない。
「ここでいい」
選択というより位置決定。
「……ああ」
その返事も同調に近い。
彼女が言う。
「最近さ、変だった?」
その問いは時間軸ではなく状態軸に向いている。
「何が」
「全部」
その“全部”は範囲ではなく構造そのものを指しているように聞こえる。
澪はコーヒーを見たまま続ける。
「でも、ちゃんと続いてるよ」
その“続く”は動詞ではなく前提。
「あなたは覚えてないだけ」
「何を」
「選んだこと」
その瞬間、視界が一瞬だけズレる。
ズレるというより、“重なりが発生する”。
同じ席。
同じ会話。
だが一つだけ異なる選択。
どれが現実かではなく、どれが残ったかの問題になっている。
戻る。
澪は変わらずそこにいる。
「なあ」
「うん」
「これ、何なんだ」
その問いは説明を求めていない。
整合を求めている。
澪は少しだけ沈黙する。
その沈黙は思考ではなく順番待ちに近い。
「まだ“見てる側”だから分からない」
「見てる?」
その言葉は一瞬だけ意味を持ちかけるが、すぐに形を失う。
澪は答えない。
代わりに視線だけを動かす。
「そのうち分かるよ」
その言葉は慰めではない。
確定済みの未来の提示に近い。
店を出る。
夕方。
光は時間ではなく“結果の色”のように見える。
別れ際。
澪が言う。
「次は、もっと分かる」
「何を」
間。
その間は空白ではなく“確定待ち”。
「あなたが、“どっち側か”」
その“どっち”は選択ではなく分類。
澪はそれ以上答えない。
その沈黙が答えになっている。
家に帰る。
机。
紙。
そこに書かれている。
「見ている」
そしてその下。
「澪を見ている」
さらにその下。
「あなたはまだ、選べていない」
そして最後。
「選ばれる前に」
その文は警告ではなく手順のように見える。
しばらく動けない。
動けないというより、“動かない状態に固定されている”。




