episode8 例外中の例外
「……グリジア、抗う者。」
暗闇の中から、緑の髪をした幼女が、感情の読めない瞳で私を見下ろした。
「…異常。マナ…乱れ、世界のルール、外れている。」
「な…何を言ってるの…?」
単語の配列を噛み締めるように冷たく伝える。けれどこの人はこの街の人ではなさそうだ。
「…まともな人、発見。」
あまりに淡々とした、単語の羅列。
けれどその一言一言が、私の正体を暴くように重く響く。
街の住人のような薄気味悪い笑顔はない。
幼女は私の首の痣を指差し、短く断定した。
「首…手形、涙の跡、合格。グリジア、敵ではない。」
「…なによ、あなた。」
擦れた声で言い返す。不気味なことに変わりはないが自然と敵には見えなかった。
「初めまして『エラー』。あなた、下僕。」
「は?エラー? 下僕?」
この子は何を言っているんだ。エラーとか下僕とか。
「…説明、めんどい。ついてきて。」
幼女はそれだけ言うと、私の返事も待たずに背を向けた。
暗い路地裏の、さらに奥。光の届かない闇の中へ、彼女の小さな背中が吸い込まれていく。
「っ…!待ちなさいよっ…!」
掠れた声で呼びかけるが、幼女は一度も振り返らない。
怪しい。あまりにも不気味だ。
けれど、あの気味の悪い笑顔を浮かべた人形たちよりは、この冷徹な幼女の方がよほど「生きて」いるように感じられた。
私はヒリつく喉を押さえ、ふらつく足取りでその後を追った。
入り組んだ路地を、まるで風が道を拓くように進んでいく少女。
やがて辿り着いたのは、街の片隅にひっそりと佇む、古びた小さな酒場だった。
看板の文字は擦り切れ、一見すると廃業しているようにしか見えない。
――ドォォンッ!
幼女は酒場のドアを蹴飛ばして中に入った。
「…ただいま。」
「マリィ!いい加減ドアを蹴飛ばして入るのはやめてくれ…直すこっちの身になってくれよ…。」
「手使いたくないし。」
「分かるわー!蹴った方が効率良いしね!。あたいもこれからそうするー!」
「やめろよ!これ以上厄介事を増やすなっ!」
…中から男の疲れ切った声が聞こえてきた。
さらに妙にテンションの高い少女の声も混ざった。
…なんなのここ…。
さっきまでプログラムされてた人たちとは違う。人間臭く、この街とは場違いの雰囲気に、その場で立ち尽くした。
すると、幼女が私に向かって手をあげた。
「早く、来て。」
「え?誰に言ってるの?マリィちゃん。」
少女の気の抜けた声がした。中に入って良いのだろうか。
…いや、悩んでる暇はない。この人たちはなぜこの街の洗脳に侵されていないのか。あの幼女は何者なのか。この謎を放置するわけにいかない。今の最適解は…。
足を踏み入れた瞬間、私は自分の目を疑った。剥げ落ちた看板の裏側に、これほどまでに清潔で、温かな場所が隠されているなんて。埃一つ落ちていない床に、センス良く並べられた酒瓶。狂気と洗脳にまみれた大通りの喧騒が嘘のように、そこには「日常」という名の贅沢が凝縮されていた。場違いなほどお洒落なその光景に、私は一瞬、自分がどこにいるのかを忘れそうになる。
「…へ?あんた誰?」
「拾ってきた。」
「拾ってきたぁ!?どうして?も、もしかしてあたいのために実験体を…!?」
透明感のある銀髪の少女が私を見て不思議そうな顔を浮かべるもののライトブルーの瞳の奥底は何か不気味だった。
「あほ、"例"の人。」
「なぁんだ、実験体じゃないのか…。って例…?ま…本当に見つけたの…!!」
少女がパァァァと笑顔になって私の肩を揺らした。
「はっ…離せ!」
怒りを露わにして少女の手をどかした。
少女は叩かれた手を気にせず、私をジロジロと見ていた。不気味だ。
「ハクレ!驚いているだろ!悪い…迷惑かけて。」
男がハクレの前に立ち私の顔を覗いた。
「…なに?」
「首…アザになってる。見せてくれないか?」
「っ…!」
反射的に一歩下がって首を抑えた。信用出来るわけがない。突然知らない建物に連れて行かれて、見知らぬ人に弱みを見せるなんて。
すると建物の奥から軽やかな足音が聞こえた。
そこには――。
「あらあら…喧嘩は、めっ。ですよ。」
波打つプラチナブロンド。慈愛そのものを形にしたような、ミモザの姿。
私は、息をすることさえ忘れた。
「……っ、ミモザ……」
憎しみを込めてその名を呼んだ。




