第67話 核のある怪異
「こーづかさん、ヘルプっス〜!!」
「香塚先輩っ……!!」
「香塚さん、助けっ……て……」
声が聞こえて辺りを見回す。
真藤くん、結城ちゃん、小津骨さん……。
みんながそれぞれ黒いモヤのような怪異に襲われている。
一人を助けている間に他の二人の命が危険になる。
こんな時、誰を優先したら……――。
「ふはははは。貴様の相手はこの私だ!」
絶体絶命の状況で目の前に現れたのは、身の丈十メートルはありそうな巨大な魔王――ではなく巨大な木井さんだった。
「すみません木井さん、そこ邪魔です!」
タックルすれば強引にすり抜けられるかな。
狙いを定めて、そびえ立つ柱のような足に思い切り身体をぶつけた。
その瞬間、バキリと嫌な音がして木井さんの体勢が崩れる。
見ると、私が体当たりした足がぐにゃりと曲がっていた。
支えを失った木井さんの巨体は後方へ倒れ込み、黒いモヤに襲われていた三人を巻き込んで沈黙した。
ど、どうしよう。
考えうる中で最悪の状況かもしれない……。
と、とにかく木井さんをどかして下敷きになったみんなを救出しないと!
木井さんに駆け寄ると、その体は紙のようにペラペラになっていた。
紙のように?
ペラペラ?
「そうだ!」
ティッシュを丸めるように木井さんの端を掴んでくしゃくしゃと丸めた。
少しずつ巻き取っていくと小津骨さんの足が見え、結城ちゃんの腕が現れる。
真藤くんは自力で這い出してきて、ペラペラの木井さんは野球ボールサイズのいびつな球体になった。
丸めたは良いがここから先はどうしたものか、と手の中で転がしていると、突然球体が暴れ出した。
驚きながらもいつの間にか近くに置かれていた御札に手を伸ばし、手当たり次第にペタペタと貼りまくった。
「私、人生で初めて自分のうなされた声で目が覚めました」
たっぷり七時間は寝たはずなのに疲れが抜けていない。
それどころか全身が鉛になったような重さだ。
あの怪異の手首を折った感触が見せた悪夢のせいだろう。
私が持ち込んだ怪異の核はみんなの手元をひと回りし、私のところへ戻ってきた。
昨日は不在だった真藤くんはもちろん、小津骨さんも結城ちゃんもこの核のことはわからず首をかしげるばかりだった。
「あくまでも仮説として聞いてくれる?」
しばらく考えた後、小津骨さんは口を開く。
「昨日結城さんが成仏させた怪異と、香塚さんのアパートに現れた怪異って別の個体なんじゃないかしら」
「えっ!? 別物なんですか?」
「そう考えた方が辻褄が合うのよ。
まずひとつ、わたしたちは怪異が成仏するところを見ている。
次に。わたしも怪異に足首を掴まれたけれど、手の跡なんて残らなかった。
最後に、あの怪異は一定の方向、一定の距離しか移動しないはずなのに逆方向かつ離れた場所にあるキッカハイツに現れた」
小津骨さんは根拠を挙げていく。
聞けば聞くほどもっともらしく感じられてきた。
「それにしても変っスよね~。これなんなんスか」
「何って、核じゃないの」
「今までこーづかさんが怪異を殴り倒すところを散々見てきたじゃないっスか。でも核なんて一回も見たことないっスよ?」
「言われてみればそうだよね!」
マンガとかゲームでよく見る表現だから核の存在をすんなり受け入れてしまったけど、私が出会ってきた怪異の中にこんなものを持っているモノはいなかった。
一番巨大だった夢の図書館だって、幻覚を見せる「本体」のような役割を持った睡さんがいたし……。
「なんかすっごく人工的な感じがするっス」
「だとしたら、誰が何のために?」
「こーづかさん多方面から目を付けられてそうだからわかんないっス」
真藤くんの言葉に思わず耳を疑った。
目を付けられるようなことなんてしてないのに!
抗議しようとしたその時、けたたましい音を立てて玄関の扉が開いた。
「香塚ぁぁぁぁぁぁ!!」
男の声が私の名前を怒鳴りながら近付いて来る。
みんなの冷ややかな視線が私に集まった。
けれど……―――
「知らない! 何もしてないってば!」
無罪の訴えも虚しく、私は突然の来客に胸倉を掴まれる。
怒りで真っ赤になったその顔には、見覚えがあった。
「宮松、くん?」
私に怪異との戦い方を教えてくれた、先生のような人だ。
何か事情があったようで、伏木分室に関わる業務からは手を引いたはずだけど……。
その彼が、怒り顔でここにいる。
「これ、アンタだろ」
宮松くんは丸いものを私に突き付ける。
文字の書かれた紙が乱雑に貼りつけられた、野球ボールほどのサイズの丸い……――?
「あっ」
夢に出てきたやつだ!
私が丸めて封印の御札を貼った木井さん。
でも、どうしてそれがここに?
「朝起きたら無月がこの状態だった。こんなハチャメチャなことをするのなんてアンタくらいだ」
「タス……ケ、テ……」
ボールの中から、宮松くんの式神の今にも消え入りそうなくぐもった声が聞こえてきた。
「どういうこと? あの夢が正夢だったってこと??」
「……夢?」
無月に貼られた御札を剥がしながら、私は昨夜見た夢と二体の足首を掴む怪異の話を宮松くんにも語った。
御札は簡単には剥がれてくれず、思い切り引き剝がすたびに無月が悲鳴を上げていて可哀想な気持ちになる。
「この核……」
何か手掛かりが得られればと思って見せた核に、宮松くんの視線が釘付けになった。
「何か知ってるの?」
「いや、知らない」
絶対に嘘だ。
あからさまにソワソワし始めて目を合わせてくれなくなった。
「教えてくれないなら剥がすのやめるけど?」
「……っ、人の足元見やがって」
「話してくれる?」
宮松くんの顔を覗き込むと、彼は舌打ちして私の手から無月を奪い取った。
御札がついたままのそれをポケットに押し込むと、「帰る」と言い残して伏木分室を立ち去ってしまう。
「あっ! 核!」
怒涛の出来ごとに呆然としていたせいで、気付くのが遅れた。
きっと無月と一緒にポケットに詰めて持っていかれたんだ。
慌てて追いかけたけれど、すでに宮松くんの姿は見えない。
「ごめんなさい、大事な証拠だったのに……」
「持ち逃げするってことは、あいつの仲間の仕業だったりするんスかね」
真藤くんが冗談めかして言うと、小津骨さんは静かにうなずいた。
「あの態度、案外そうかもしれないわ」
私の頭をよぎったのは、いつかのフードコートで宮松くんと一緒にいたあの女の人の姿だった。




