第68話 怪奇レポート018.顔のぼやけた集合写真・壱
結局、あの核が何だったのか明らかにならないまま私たちはいつもの業務に戻ることになった。
「えーっと、次の依頼はこれか」
積み上げられた書類の中から、優先と書かれたファイルを手に取る。
【修学旅行で撮った集合写真の顔が、だんだんとぼやけてきました。顔のぼやけた人は順番にケガをしたり病気になったりしています。助けてください】
差出人はキッカイ町内の岡志奈西中学校に通っている木村くんという男の子だった。
添えられた資料には写真のモノクロコピーがある。
最前列の子たちは体育座り、二列目は中腰、最後列の子たちは直立というよくある構図の集合写真だ。
後列の両端に立っているのは担任と副担任だろうか。
どこかの神社の境内で撮られたらしく、背後には立派な社殿とご神木らしき注連縄の巻かれた巨木がそびえている。
一見するとごくありふれた集合写真のようでありながら、私たちの目はそこに写る人たちの顔に釘付けになっていた。
依頼文にあった通り、人の顔がぼやけていたせいだ。
単にピントがずれてぼやけているのではない。
三十名ほどの生徒の中の数人だけが、顔にモザイクを掛けられたようになっていた。
「どうやったらこういうことになるんでしょうか」
結城ちゃんは首をかしげる。
画像編集用のソフトを使えばわけもないことだろう。
けれど、今依頼が届いているのは既に印刷済みの写真だ。
「この子って前に依頼をくれた慧くんと同じ学校?」
「んーと、違うっスね」
小津骨さんの問いに真藤くんが答えた。
慧くんは前に依頼をくれてから真藤くんと友達になった中学二年生の男の子だ。
彼が通っているキッカイ町立第五中学校は少し前にも怪異絡みの事件が起きているから、それとの関連を疑ったんだろう。
「怜太、結城さんと一緒に岡志奈西中学校に行って話を聞いてきてちょうだい」
「わかったっスー!」
いつもなら文句を言いながら準備を始める真藤くんだが、今日はやけに機嫌がいい。
同行する相手が結城ちゃんだから……?
「怜太、何かあったらあなたが盾になって結城さんを守るのよ」
「もちろんっス!」
いつもとは違って気合の入っている真藤くんの姿に、小津骨さんも苦笑しながら二人のことを送り出した。
あれから二時間ほどして伏木分室に帰ってきた二人は、写真の原本を借りることに成功していた。
「あれ? この写真前と変わってません?」
モノクロコピーされた写真では数人だった顔のぼやけた人は、クラスの半分ほどまで増えている。
二人が学校に話を聞きに行ったところ、依頼をくれた木村くんもあの後に顔がぼやけてしまった一人らしく欠席していたようだ。
「この子を見てください」
結城ちゃんは一人の女子生徒を指さす。
その子の顔はモザイクがかかってしまった生徒よりははっきりしているが、どこかピントがずれている印象だった。
「これが前兆らしいっス」
「ここからだんだんモザイクが濃くなっていって、病気だったり事故だったりで学校に来れなくなっちゃうみたいで」
「病気とかケガが治った子はどうなるの?」
私が尋ねると、二人は首を横に振った。
「まだ完全に治った子はいないそうです」
「インフルエンザみたいな一週間くらいで治るやつでも肺炎併発したり重症化して入院してるみたいっス」
「亡くなった子はまだいないみたいですけど……」
「まだ」いないだけで、いつ現れてもおかしくない。
そんな恐怖が教室には蔓延していたらしい。
「他のクラスも同じ場所で集合写真を撮ってるでしょう? そっちでは同じようなことは起きてないの?」
「それが、この学校ひと学年一クラスなんです」
つまり比較対象がないと。
「じゃあ直接そこの神社に行ってみましょうよ」
「ですよね! 小津骨さんもそう思いますよね!!」
結城ちゃんがやけに前のめりだ。
……と、結城ちゃんはどこかに電話をかけ始める。
「あ、もしもし。瀬田さん今日は神社にいらっしゃりますか?
……そうです。……はい、夕方ごろに。お願いします」
瀬田さん?
結城ちゃん、なんで瀬田さんに連絡を?
昨日の宮松くんだって、瀬田さんだって、伏木分室の指導から手を引くって宣言してたのは知ってるはずなのに。
私と小津骨さんの疑問に答えをくれたのは、真藤くんだった。
「岡志奈西中学校が集合写真を撮ったあの神社、瀬田さんの雪蔭神社だったっス」
まさか、こんな所で再び瀬田さんとの縁ができてしまうとは。
雪蔭神社に向かう車中、笑顔なのは結城ちゃんだけだった。
結城ちゃんが言うには、瀬田さんは私たちの訪問を快諾してくれたという。
あの写真のことも瀬田さんなら何かわかるかもしれないし、この前の核がある怪異のことも知っているかもしれない。
ありがたいことばかりなのに、気が進まないのはなぜだろう。
膝の上に乗ったみぃちゃんは終始リラックスモードで、人間たちがピリピリしているのを不思議そうに見上げていた。
私が危険な場所に行こうとするといつも合図を出して止めてくれるのに、今日はそれがない。
ということは瀬田さんは、そして雪蔭神社は安全ということのはず。
それもそっか。
みぃちゃんは瀬田さんのところに行って修行しているんだもんね。
神社が危ない場所だったり、瀬田さんが悪い人だったりしたら真っ先に気付いて教えてくれるってわかってたはずなのに。
なんだか、余計な心配をしちゃったな。
車は国道を離れ、山奥へと続く細い道に入っていく。
ゆるやかな登り坂を進んでいくうちに、舗装は途切れて砂利道になった。
辺りはしんと静まり返って、さっきまで汗をかくほど暑かった空気が肌寒くさえ感じられる。
瀬田さん、普段はずいぶんと寂しいところに住んでいるんだな。
「もうすぐ着くっスよ~」
大きなカーブをひとつ越えると急に視界がひらけ、朱色の鳥居が現れた。




