第64話 怪奇レポート017.自分の影が足を掴んだ・参
「……ということで、このペースだと今週の水曜日辺りにこの怪異は伏木分室に到達します」
「水曜日って、あと二日しかないじゃないですか!」
週が明けて月曜日。
朝一番で伏木分室のみんなに例の件を報告した。
結城ちゃんはアワアワしながらカレンダーと私を交互に見て、小津骨さんは眉間に皺を寄せながら対応を考え始める。
ここに真藤くんがいたらビビって大騒ぎをするんだろうけれど、今日はあいにく学校に用事があるということで不在だ。
「恐らくだけど、香塚さんの話を聞く限りその怪異は陽の高い昼間にはあまり動けないんじゃないかしら。そして、影が長くなる夕方に活発になる」
「ということは夜になるともっと……――」
結城ちゃんが恐る恐るといったふうに口にする。
「と言いたいところだけど、夜間の目撃情報はないのよね、香塚さん? それが不思議なのよ」
私はこくりと首を振る。
小津骨さんの言う通り、夜間の目撃情報は今のところ寄せられていない。
「そうだ! 夕方は逢魔が時とも言いますよね。人に紛れて、あやかしたちが活動を始める時間。
もしかしたら、他のあやかしよりも弱いモノが周りが動き出す前にちょっとだけ悪さをしているとか?」
「でも、菊花おばあちゃんがケガをしたのは日曜日の朝なの。結城ちゃんが言う通りなら、おばあちゃんが怪異に襲われるのは夕方のはずなんだよね」
私たちは顔を見合わせた。
ダメだ、ちっともわからない。
「こんな時に怜太がいれば、オトリにでもなってもらうんだけど……。」
嫁入り前の女の子にそんなことさせられないわよねぇ。と小津骨さんは笑う。
ここに真藤くんがいたら大ブーイングだっただろう。
「ワタシがなりましょうか? オトリ」
結城ちゃんの申し出に、私は思わず声を漏らしてしまった。
小津骨さんも目を丸くしている。
「ほら、香塚先輩は何かと前に出て怪異の対応をしてくれてますし、小津骨さんは伏木分室全体の指揮を執ってくれるじゃないですか。それに、真藤くんだってなんだかんだ言いながら香塚先輩と一緒に頑張ってて……。
ワタシだけ何もできてないなって思ったんです。
だから、今回はワタシにやらせてください!」
「結城ちゃん……」
たしかに、結城ちゃんは怪異好きだけど一人で対応に行ったことはない。
今回の怪異なら足を引っ張られる程度。
私だって橘花さんから言われるまでそれが怪異の仕業だと気付かなかったくらいだ。
一人で遭遇しても危険は少ないだろう。
「わかったわ。この件は結城さんに一任します。その代わり、危険だと思ったらすぐにわたしや香塚さんに連絡すること。いいわね?」
「はぁい。小津骨さんも香塚先輩も心配しすぎですよぉ」
いつもの口調で返事をする結城ちゃんだけれど、表情は少し硬い。
やっぱり緊張しているんだろうなぁ。
「ねえ結城ちゃん、ひとつ聞いてもいい?」
「なんでしょう?」
「今日はどんな感じだったの? お父さんとかお母さん。ハッピーウルトラ大吉?」
結城ちゃんの家には亡くなってしまった家族の集合写真がある。
ある日は笑っていたり、また別の日には怒っていたりとそこに写っている人たちの表情は毎日変わるらしい。
その表情は結城ちゃんの未来を暗示している……――と、本人は信じている。
「あぁー、今日ですか? トン吉かなぁ」
「トン吉?」
「こんな顔だったんです」
そう言いながら結城ちゃんが見せてくれたのは、無表情なブタのキャラクターの画像だった。
このシュールな表情で、シュールなセリフを言うのが若い子たちにウケているらしい。
「最近ワタシがトン吉にハマってるから同じ顔をしてくれたんじゃないかなって思います」
「あら、懐かしいわね。ポンスケみたい」
小津骨さんの口から知らないキャラクターの名前が飛び出す。
私も結城ちゃんもポンスケがわからず小首をかしげた。
じぇ、ジェネレーションギャップ!
小津骨さんのことをオバサンだと言うつもりはないけれど、気の利いた返しも思いつかない。
この沈黙、気まずい。
「やっぱり若い人たちは知らないわよねぇ。わたしたちの頃は大人気で、行列を作って買いに行ってたのよ」
「たしかに! ブサカワで癖になる顔ですね」
さっそく画像検索したらしい結城ちゃんがニコニコ顔で言う。
「ねえ二人とも、この後時間あるかしら?」
「はい! 大丈夫ですよ」
「私も大丈夫です」
「それじゃあちょっと、ついて来てもらえるかしら? オバサン一人じゃ行きづらいところがあってね」
終業後、小津骨さんに連れられた私たちはまだ蒸し暑い住宅地を歩いていた。
この道は私の家に帰る方向だけど、途中に小津骨さんが行きづらいようなお店なんてあったっけ?
そう思っていると、小津骨さんがとある店の前で足を止めた。
全国的に展開されているコーヒーのチェーン店、スターパックズだ。
「ほら、こういう所って若い子が多いでしょ? それに注文も呪文みたいだって噂だし。お金はわたしが払うから、ちょっと付き合ってちょうだい」
小津骨さんといえばコンビニのブラックコーヒーの印象が強かったから、スタパのドリンクが気になっていたというのは意外だった。
それに、帰り道の途中にあるとはいえ、一人ではあまり立ち寄る気にならないのでここの店舗に入るのは私も初めてだ。
学校や仕事が終わる時間というのもあってか、店内には三、四組の列ができていた。
行列ができないでお馴染みのキッカイ町においてこの光景は偉業と言っていいだろう。
「わたしは抹茶フローズンを。香塚さんと結城さんは?」
「じゃあわたし、今月限定のピーチピーチスペシャルがいいです!」
「私はミルクティー、アイスで」
完成したドリンクを受け取った私たちは、店内の奥の方に空いているテーブルを見付けて腰を下ろした。
真藤くんがいないぶん、色々とぶっちゃけた話もできて思いのほか会話が弾んでしまった。
「あらやだ、もうこんな時間だわ」
腕時計に目をやった小津骨さんが声を上げたのは、十九時近くなってからだった。
「こんなに遅くまで、ごめんなさいね」
「いやいや、楽しかったからあっという間でした」
「ワタシ、こういう女子会なら大歓迎ですよ!」
空になったドリンクの容器を捨てた私たちはスタパを後にする。
小津骨さんと結城ちゃんは同じ方向だから一緒に歩いてバス停に向かうらしい。
私は二人に手を振って、夕焼けに染まる空を眺めながら歩き出した。
その時には、例の怪異のことなどすっかり忘れていた。




