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11. 領主


城に戻った俺達をガランと人魂が出迎えた。


『おお、戻ってきたな!』


人魂は俺の頭上をくるくると回って喜びを表す。

こいつは俺が城にいる間ずっとついてまわっている。

トルマルドが嫌いなようで、ヤツの側にだけは近寄らない。気持ちは分かるが。


『首尾はどうだ?』


「投石機は破壊した。被害は?」


『戻っていないのはスケルトンが3、ゴーストが6だな』


「そうか……すまんな、アンタの部下を」


『我らオルロカルネの兵に悼みなど侮辱だぞ。みな覚悟はできている。既に死んでいるしな、ガハハ! 厄介な投石機を破壊し、オーク共も数十体倒せたのだ。十分過ぎる戦果だ、奴らも本望だろう』


「……そうだな。新兵の訓練は進んでいるか?」


城内にはスケルトンでない死体も大量に残されている。魂が抜けてしまったものだ。

俺とニムダがこの三日間でそれらに屍術を使い、スケルトンを作った。

冥界から別の魂を召喚して宿したのである。兵士として使うには戦闘訓練が必要だ。


『うむ、元々戦闘経験のあるものも多いようだ。100体ほどは戦力としては通用するだろう』


「遊撃部隊は?」


『工作兵を含めて3部隊。森で罠を仕掛け、待ち伏せするよう展開済みだ』


森でゲリラ戦を仕掛ける。

奇襲で打撃を与え、被害が出ないうちに退却する。今回と同じ戦法だ。

肉体的に疲労しないアンデッドには向いた戦法だろう。


初回の奇襲で投石機だけは破壊しておきたかったので今回は無理をしたが、他の部隊には深追いをしないよう言い含めてある。

オーク達の神経をすり減らし、弱体化させることができれば上出来だ。


これで帰ってくれてもいいんだけどな。

まだ倍以上の戦力差がある。撤退は期待できないか。


後は……城内に引き込み、仕掛けてある罠を使って戦う。罠の設置にはトルマルドに協力してもらった。


決戦に向けてやるべきことを考えていると、ニムダが声をかけてきた。


「主君、オーラに揺らぎがあるようです。お疲れでは?」


む、そうか?

確かに頭が重い。疲労か。ゾンビでも疲れるのか?


「精神的なものかもしれませんな。決戦までは時間があります。少しでもお休みになられては」


「悪いな、そうさせてもらうよ」



俺にあてがわれた兵舎の一室に向かう。指揮官の居室だ。

アネッサが整えてくれたベッドに体を投げ出した。


「ふぅ……」


ゾンビになっても……仲間の死には慣れない。

生前からそうだったのだろう。

込み上げてくるのは生前の感情の記憶か。


ここまでついてきた人魂が心配するように俺の顔を覗き込んでいる。

大丈夫だ。まだ戦える。


俺が負ければ……全ては失われてしまうのだから。



──



気がつくと、美しい女が寝ている俺の顔を覗き込んでいる。

紫色の長い髪がさらりと流れる。


「領主……?」


「初めまして、ゾン殿。私はグレンダロフ領主、リアナ=グレンダロフと申します」


女……リアナは軽く頭を下げた。

俺は上体を起こし、辺りを見回す。

部屋は兵舎の指揮官室だが、景色が歪んで見える。これは……夢か。


「あなたは戦争に──仲間が死ぬことに深く傷ついているご様子。私を守る必要などありません。オークに私の身柄をお引き渡しください」


「あんた、あの……人魂か」


リアナは目を伏せるように軽く頷く。


「私は怒りに任せて禁呪に手を出し……城の者達を巻き込んでしまいました。復讐を果たし、正気に戻った後、私は、その罪の意識に耐えきれずに眠りにつきました。気がつくと、人魂になって城内を彷徨っていたのです」


「300年か。長いな」


俺の言葉を聞いたリアナの伏せた目から涙が流れた。


「城の者達も未だに私を守り続けております。もう、私などを守る必要はないのです。死の王の呪縛から解放されてよいのです」


「それで、あんたをやつらに渡すと、どうなる?」


「……恐らく、私を滅ぼし、死の王を他の者に引き継がせるのでしょう」


「……皆は?」


「……魂を現世に縛り付ける私という楔がなくなれば、冥界に導かれるはずです。やがては輪廻の輪に戻るでしょう」


「……あんたは?」


リアナは言葉を止め、無言でこちらを見つめる。

俺も無言で見つめ、次の言葉をいつまでも待つ。

やがて、根負けしたように口を開く。


「死の王の一部として、永遠の責め苦を受けるでしょう」


「……そんなことだろうと思ったよ。リッグスもアネッサも、皆それを知っているんだな」


「禁じられし外道の術に手を出した者の末路です。ですが、それに皆が付き合う必要などありません。もちろんあなたも」


俺は頭をガリガリと掻いて……首を振った。


「……承知できないな」


「何故です? そもそも、あなたには関係のないことでしょう」


「あいつら……あんたの部下達だ。死の王の支配力じゃない。あんたのことを心から慕っている。あいつらの忠誠を、信念を無にするようなことは俺にはできない」


「…………」


「それに、あんたの考え方もだ。自己犠牲か、美しいかもしれないが、気に食わないな」


「ですが、私の過ちで皆を巻き込んだのは事実で……!」


「あんたと話してると、わがままでそうなったとは思えないな。抜き差しならない事情があったんじゃないか?」


リアナの表情が凍りついたように固まった。

図星か。こういう人は、何かがあった時にすぐに自分が全責任を負おうとする。

だからこそ、皆に慕われているんだろうが。


「あいつらは割と能天気にアンデッド生を楽しんでいるようだよ。あんたも責任を感じてばかりいないで、一緒に楽しんだらいいんじゃないか? 少なくとも俺は、ゾンビになったからって自殺するつもりはないぞ」


「……あなたは、強い方ですね」


「よく言われるよ。まあ見てろ、あいつらは追い返す。一度受けた仕事だ、最後までやらせてもらう。できれば一緒に楽しいアンデッドの楽園を作らせてもらえるといいんだがね?」


「……考えておきます。決して、無理はなさらないよう」


リアナはそこでようやく微笑みを浮かべた。


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