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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.4 Conspiracy
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九十一話 犠牲

 はっきり言って、ツインベッドの部屋に五人が泊まるというのは無理があるものだ。ベッドが広いからといって二人で一つ使うにしても、一人あぶれる。申し訳ないが浴室か床で寝ろということになる。


 普段は、というか何もない夜は、シオンとキリカに一緒に寝てもらってる。シオンが小柄でキリカも細身なので、それで何とかなる。今夜もそうした。もう一つのベッドはエーリスとユリアさんが使う。

 なので床寝は俺である。女四人と男一人の部屋でこれは、一件家畜か何かのようだが、まあ仕方がない。


 一瞬、ローグの宿に泊めてもらおうかと思った。けどエーリス達が追われているということを鑑みると、俺がこの部屋を離れるわけにはいかない。匿った以上責任は取らなければならないし、シオン達も危ないかもしれない。


 そういうわけで、俺は実際寝ることができない。

 寝てもいいが、『探知』と『結界』は常時オンである。家畜どころか人間警報器をしなければならない。まあ酷い。


 しかし粛々と寝ずの番をこなすばかりである。商隊護衛でこういうのは慣れてるし、元々夜更かしが得意な体質だ。『活性』を使えば一日二日はどうってことない。


 問題は暇だということである。

 普段は眠くなるまで構う相手であるシオンは寝入っている。年頃なせいか、シオンはよく食べるし、寝付きがいい。俺よりよっぽど健康的だ。

 キリカはどっちかというと俺に近い生活サイクルである。元が荒んだ生活だからだろうか。最近はシオン寄りになってきたのだが。


 当然、二人より歳が下と見えるエーリスも寝付きがよかった。そもそも疲れてるし、体力も限界だったからだろう。一見よくわからないが、相当無理が祟っているような顔色をしていたのだ。


 そのせいもあってだろうか。

 俺が暇を持て余していた丑三つ時、彼女は不意に、小さくうなされるような声を上げ始めたのだった。


「うっ……うぁ……う」


 一瞬マジでビビッて、ガタンと座っていた椅子を揺らしてしまった。

 不意を突かれたので普通に怖かった。エーリスの声だと気付いてもしばらく動悸が激しいまま収まらなかった。


 そうしてようやく落ち着いた頃、ユリアさんが起きていて、うなされるエーリスを抱いて頭を撫でているのに気が付いた。


「……すいません。驚かせてしまいましたか」

「えっ」


 俺が音を立てたのに気付いたのか。まあ、当然か。起きていれば気付かないはずがない音だった。


 ユリアさんがしばらく撫でていると、震えて泣くエーリスが段々落ち着きを取り戻し、再び静かな寝息を立てるようになった。そうしてから、どうしてかユリアさんが静かに、ゆっくりと身体を起こした。


「少し……お隣、よろしいでしょうか?」

「えっ、あっ、はい。そりゃもう、はい」


 不意を突かれてまともに反応できない俺を横目に、するりとベッドから出て、俺の反対側の椅子に「失礼します」と言いながら座るユリアさん。

 窓から差し込む月明かりに、ぼうっと映し出されるユリアさんの顔を改めて見る。何度見ても、どこから見ても美人だ。

 俺、というか日本人とはやや異なる色合いの、ショートの黒髪。失礼ながら歳を目算すると、俺より年上、二十の半ばくらいか。寝巻用の薄着姿は、露骨なものはないがしっとりとした色気を感じる。

 落ち着いた雰囲気は、今や懐かしいフォーレスのニルナさん辺りと似ている。あの人よりもやや張り詰めた感じだが。


 しかし悲しいかな、今やその顔色は、酷く青白く、生気に乏しく見える。言い過ぎれば幽鬼のよう、できるだけ言い繕っても薄幸そうな顔である。

 恐らく、まともに食べていない。寝ていない。今まで一人でエーリスを庇い、逃げていたせいだろう。


 普通に、寝ないでいいのだろうかと思った。


「その……大丈夫ですか?」

「何がでしょう?」

「だからその、寝なくて。凄い疲れてるように見えますよ。見張りとかなら俺がやりますから、ディーツさんは……」

「お気遣い感謝いたします。ですが、私のことは心配なさらずとも」


 いやそうは言っても心配。何を言っても大人しく寝てはくれないと思うけど。

 そう思っていると、ユリアさんがやにわに頭を下げた。


「……重ね重ね、お礼申し上げます」

「それはもういいですよ。俺が勝手にやったことだし……」


 そう言ったが、ユリアさんは頭を上げない。

 気まずくなり、つい尋ねた。


「あのー、ディーツさんって、えっと、エーリスお嬢様の……」

「はい。家庭教師兼お世話役兼護衛のようなものをさせていただいています」

「い、色々大変そうですね」

「そのようなことはありません」


 そのようなことが凄いありそうな顔色をしているのだが、それを指摘するのも野暮で空気が読めないので何も言わない。

 代わりにユリアさんが続けた。


「大変なのは、お嬢様の方です。ギオニス様がお亡くなりになられて、どれだけ苦しまれておられるか……」

「彼女のお父上ですか」

「はい。とてもお優しい方でした。お嬢様のことをとても可愛がられておられて、身寄りのない私にもよくしてくださって……」


 そこでユリアさんが止め、首を振った。


「申し訳ありません。セイタ様には関係のないお話でした」

「いや、そんな。それに様はやめてくださいよ」


 どう見たってユリアさんの方が年上、というか大人なのである。ついでに身分的にも俺の方が下のはずだ。貴族ではなかろうと、少なくとも公爵の家付きの女性が根なし草のヘタレ男の下であるわけがない。


 だが、ユリアさんは聞き入れてくれなかった。というか聞いてないかのように話を続けた。


「……セイタ様は、王都のお生まれではないですよね」

「ええ、まあ」

「魔法は、どこで覚えたのですか?」

「それは、その……あれ? 俺魔導師って言いましたっけ?」


 話の微妙に繋がらない奇妙な質問に、つい問い返してしまう。ユリアさんは首を振り、俺の方をまんじりと見詰めて答えた。


「私も一時期、魔法を齧っていたことがあります。なので、誰かが魔法を使えばわかります。セイタ様のそれは、とても微かな気配でわかり辛かったのですけれど」


 聞くところによると、ユリアさんはかつてこの王都の魔法学術院に身を置いていたという。それが何の因果かエーリスのお傍役になり、修業は中途半端なものに終わってしまったが、魔導師としての基礎の部分はできているらしい。


 そのため、魔力を読むことができる。先の騒動で俺がいくつか魔法を使っていたこともわかったのだと。

 さらに、襲撃者達のそれとは段違いの実力だということもわかってしまったという。この分だと俺が食堂で滅茶苦茶やったのもお察しだろう。霧で隠れて見えないと思い、派手にやらかしたのが災いした。


「相当の腕だとお見受けいたしました。てっきり学術院で学んだものかと思ったのですが……」

「い、いやあ、教師がよかったんですよ。教師が……」


 魔王がいい教師というのも酷い皮肉だ。草葉の陰でヴォルゼアが複雑な顔をしていそうだと思った。


 誤魔化しながら、ちらりとユリアさんの顔色を窺う。

 怜悧な表情だ。少しでも笑えば、雰囲気からのギャップでとんでもなく魅力的に見えるのだろうが、今は悲しいことにそんな余裕は一切ない。

 それでも、充分過ぎるくらいに綺麗な人なのだが。


 と、ぼんやり思っているうちにその血の気の失せた唇が開いた。


「セイタ様」

「は、はい」


 改まった──というよりずっとそんな調子だったのだが──声でユリアさんが声をかけてくる。ちょっと上擦った返事になった。


「繰り返すようですが、お嬢様は大変危険な状況にあります」

「はい」

「ですから、どうかこのことはご他言なきよう、お願い申し上げます」

「そりゃあ、はい。当然」


 言うわけがない。そんな泣きっ面に蜂な酷い真似できるわけがない。

 しかし、ユリアさん達にその確信は持てない。それもわかる。

 誰を信用してもいいかわからない状況だ。偶然運よく俺達が助けたとあっても、決して信用はし切れないし心変わりしないとも限らない。いくら念押ししたって裏切りへの不安は拭えない。既に大きな裏切りに遭ったばかりなのだから。


 結局、俺は見ず知らずの他人だ。そんな他人の親切心など、不気味に感じて然るべきである。厳しい世界だ。当たり前のことだろう。


 だから、ユリアさんは眠らないのだろう。

 眠れないのだ。今までとは違って俺という寝ずの番がいるとしても、信用できないのならいないも同じだ。


 多分、うなされるエーリスを宥めるためというのもあるのだろうが。


「……一つ、お聞きしても?」

「何ですか?」

「セイタ様は、先のこと……エーリス様のこと、本当にご存知ないままお助けくださったのですか?」

「えっと……そうです」


 それは間違いない。助けたというより、俺の被害妄想と自意識過剰の結果としての過剰防衛のついでみたいな感じだったが。

 動機はどうあれ、他意はない。俺が俺の勝手でやったことだ。

 見返りを望んだわけではない、と一応言っておいた。金目当ての人助けなら、ちゃんと然るべき道筋だの契約だのを通ってからやる、と。


 そう言うと、ユリアさんは眉をわずかに動かして、視線をほんの少し惑わせてから、「そうですか」と答えた。

 それから、続ける。


「……では、然るべき依頼と、相応の報酬があれば、そちらにつくと」

「ええっと……それはどうでしょうかね」


 俺は賞金稼ぎや傭兵じゃない。労力に金が見合わないなら動きたくないし、見合ってもやりたくないことはやらない。「然るべき」というのはその辺を含めての使い勝手のいい文句である。


「信用してもらえないかもしれないけど、言っておくと、ディーツさんとエーリスお嬢さんを売る気はありませんよ。下手に裏切って関わるより、知らん振りした方が安全ってわかってますし。俺は別に金に困ったりしてないですし」

「申し訳ありません。疑って言ったつもりではないのですが」

「いいですよ」


 どうだろうか。そうは言ったものの、やっぱりまだ疑ってる気がする。

 というか、疑うべきだ。エーリスは物事がよく見えているのか、それとも思考も疲れ果ててしまっているのか、割と簡単に信じてしまった。

 が、四面楚歌の状況でそれはマズい気がする。どこに敵の目と耳と手が生えているかわからないのだから、とりあえず疑ってかかるべきだ。


 疑うことと信じること。二人で役割分担をしているのだと考えれば、それはそれで頷けるのだが。

 ただ、疑う担当のユリアさんの心労が気掛かりである。


「……なら、こちらにつくという話ならどうですか?」

「……はい?」


 心配していたら、突然そんなことを言われた。

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