九十話 正体
「……どういうこと、これ?」
「色々あった」
疑問符を浮かべるキリカに苦笑を返し、ユリアさんを部屋の中に通す。
そうしてから、背負っていたお嬢さんをベッドに座らせ直した。
「あのー……まず、あの騒ぎは俺達狙いじゃなかった」
「大体想像はつくわよ。この人達を狙ったんでしょ」
「うん、そう」
キリカは頭が回る。二秒で大体の事情をお察ししたらしい。
そこで、お嬢さんがフードを下ろしつつキリカに頭を下げる。
「先程は、私達のせいでご迷惑をおかけしました」
「え、いや、その……何? 何これどういう状況?」
「いや、お詫びされてるんだろ」
改まって頭を下げられることに慣れてないらしいキリカが、お嬢さんを前に困惑する。さらにユリアさんまで加わるものだから、もっと困惑していた。俺ならいつもへーこらしてるんだがな。尻に敷かれてるとか言わない。
「ところで、シオンは?」
「ああ、えっと、セイタから『先に帰ってろ』って言われて帰ってから、お風呂の準備してる」
「手伝おうかな」
「いいんじゃない? 一人で」
水分を集め、温める。それら一連の行程ができるようにシオンには教えてはいた。魔力制御は上手いから問題はないだろうが、それでも気になるといえば気になる。
そんな俺のささやかな心配は露知らず、呆れて溜め息を漏らすキリカ。
「セイタ、面倒は嫌いって言ってたのに……どういう風の吹き回し?」
「面倒は嫌いだけど、後味が悪いのはもっと嫌いだ」
「……そっか。そういう性格だったっけ、あんた」
と、何やら嬉しそうに笑うキリカ。何を思い出してるのかは知らんが、そういう顔は見慣れてないからちょっとどきっとする。
かといって第三者がいる前で、イチャイチャしたりできないのだが。
「んーっと……とりあえず今夜のところは、この人達はここに泊まってもらう。さすがに狭いけど、勘弁してくれ。ユリアさん達も。俺が床で寝れば、ベッドは二人一つで何とかなるだろ」
「あたしは別に大丈夫だけど……」
「それと、ワケありっぽいから事情は聞かないでおいてくれ」
「あー……セイタ? その、事情なんだけどさ」
「ん?」
言い辛そうに、キリカがちらりとユリアさん達に目を向ける。その視線に、強張った表情を浮かべる二人。何か目で会話が済んでいる感じだ。
「何だよ」
「いや、何となく……わかっちゃった気がして。その、事情っていうの」
「え?」
「だからさ。昼に話したじゃない」
言われて、考え……
「あっ」
思い出す。
「身なりはアレだけど、いいとこの出の雰囲気、言葉遣い。そんな身分の人間が、王都で追い回されるって言ったら……大体見当がつくっていうか、一つくらいしか事情は思い当たらないんだけど。あたしは」
「それって、つまり」
ユリアさんを見る。理知的な美貌が葛藤に歪み、顔が伏せられている。
対するお嬢さんはどうかというと、何やら悟ったような、諦めたような面持ちで、目を閉じ上気味に顔を傾けていた。
キリカが頬を掻きながら口を開く。
「間違ってたら、申し訳ないんだけど」
「いえ……おおよそ、あなたの思っている通りです」
「お嬢様!」
「ユリア、これ以上隠すのは騙すことです。恩人にそのようなことはできません。お父様と、家名が泣きます」
「お嬢様……!」
ユリアさんの嘆願叶わず、お嬢さんは一つ息を吐いてから、俺をまっすぐ見据えて言った。
「名乗るのが遅くなったことをお詫びします。私は、エーリス・フィルディア・ゲオルグ・フォン・ラングハルト。ラングハルト公爵家の……現当主です」
その名は、確かに聞いたことのあるものだった。
ラングハルト。当主が死に、その娘がどういう理由か姿を眩ませている、陰謀の渦中にあると言われている家の名だった。
◇
「隠し立てして申し訳なく存じ上げます。できれば名乗らない方がお互いのためと思ったのですが、これ以上は無礼になると思いまして」
お嬢さん……エーリスが、顔を伏せながら言った。
「まあ、見当つけられてたら黙ってても意味ないわね……そっちの誰かさんは全然気付いてなかったみたいだから、黙っててもよかったと思うけど」
キリカがその誰かさんを冷ややかな笑みを浮かべて見る。やめろ。視線が痛いっていうのを現実に感じている。割と痛い。やめろ。
「だって俺には関係ない話だと思ってたし……公爵とか雲上人だし……陰謀とか怖いし関わりたくないし……だから記憶から消してた? っていう」
「それで面倒事一本釣りしてたら世話ないわよね」
ああん! キリカの冷ややかなコメントが久し振りで痺れるゥ!
何だかんだアロイスでの一件以来シオンともどもラブラブだったからな。出逢った時の感じを思い出して、逆に新鮮。
と、ふざけるのはこの辺にして。
「失礼と思い名乗りはしましたが、やはり今後は私達のことは忘れていただいた方があなた方のためだと思います」
エーリスが言う。脇で立つユリアさんが観念したような、吹っ切れたような表情でそんな彼女を見ている。
そこに、キリカが口を挟む。
「今さらだと思うけどね……どうせなら、相談してみたら? この男、お調子者のお人好しだから、大抵のことなら助けてくれるわよ」
「おい」
「可愛い女の子の頼みならなおさらね」
「おい!」
何やら誤解されそうな調子で俺をエーリスの方にホイホイ投げるキリカ。諸手を上げて抵抗するも腹に貫手をドスドス刺された。
傍から見ればイチャついているようにしか見えん。改まって振り返り、壁に寄りかかってエーリスに顔を向けた。
「……まあ、キリカの言う通り人助けもやぶさかではない性格なので、相談くらいには乗りますよお嬢様。言えないことなら言わなくていいけど」
「エーリスと呼んでください。ですが……いえ、ここまで話したら事情を説明しない方が迷惑でしょうね」
「お嬢様……」
「ユリア、いいの。この方々は危険ではない」
「ですが」
「助けていただいたでしょう? それにどうこうするつもりなら、私達はとっくに蜘蛛の巣にかかっている。手遅れよ」
俺は蜘蛛か。まあ本心ではないだろうけど。ユリアさんの方はどうか知らないが。
「キリカさーん、お風呂の準備できました。セイタさんは……あっ」
そこで、浴室から出てくるシオンがエーリス達と蜂合わせる。
何とも思いがけない再会に、その場の時間が一瞬止まった。
◇
改めて、俺達三人はエーリス達に名乗る。目上の者から先に自己紹介させるという噴飯ものの無礼を働いたわけだが、エーリスは鷹揚にもそれを許してくれた。というか気にしていないようだった。
「今の私は家もない身……家格も身分もあったものではありません」
寂しそうにそう言うエーリスと、それよりもっと悲しげなユリアさん。何があったのかは噂で聞いたが、実際見るといたたまれない。
その噂も、聞くところによると大体事実と一致しているということだ。
「私達は……ご覧になったように、追われています。相手はならず者、はぐれ魔導師ですが、その裏に誰がいるかは、私達もまだ……恐らくは、名のある貴族と思いますが」
エーリスが、そこでちら、とシオンを見た。何となく、同年代だから思うところがあるのか。意味ありげな視線をすぐに外し、話を続ける。
「事の発端は、二週間前。私の父が……何者かに殺されたことからです」
「……」
「父は、最近多くの貴族から反発を受ける主張をしていました。疑いたくはありませんが、それに恨みを持った者の仕業……だと、思っています」
「討伐軍絡みのことね」
キリカが言うと、エーリスが頷いた。
「討伐軍の抑制が利かなくなる、と父は言っていました。王の手から離れ、危険な存在になる……それを狙う者もいると。このままでは、近く怖ろしいことになると……それが、まさか父の身に降りかかるとは思ってもいませんでしたが……」
「あなたの身にもね」
「……はい」
国内の主要貴族は主戦派と反戦派……もとい穏健派に大きく分かれたが、圧倒的に力を持っていて声が大きいのは前者だった。エーリスの父であるラングハルト公爵はその流れを止めようと国王に直訴までした。
そこで、最悪の事態が起きた。
卿は、夜道で刺されたらしい。何者による犯行かも不明。詳しい状況も、犯行時刻も不明。そもそもどうした理由でそこに彼がいたのかもわからない。エーリスにですら、だ。
その凶報を受けるのとほぼ同時に、ラングハルトの屋敷にも暴漢が忍び込んだ。そのため彼女達は着の身着のまま、屋敷を飛び出さざるを得なかった。
そうして二週間、逃げ続けていたらしい。
「宿がないっていうのは……」
「咄嗟に持ち出した家財を質に入れて何とかやりくりしてきたのですが、それも尽きて……」
ユリアさんが首を振って答える。その数秒後、エーリスが両手をぎっと組み、視線を落としたまま続けた。
「……私も、幼くても事態のわからないほど馬鹿ではありません。何が起きているのかは承知しています。怖ろしく、忌々しいことに巻き込まれていることは。お陰で、父の葬儀すらできなかった……」
清々しいほどに陰謀である。真っ黒だ。一センチ向こうも見通せない。
さすがに聞いたことを後悔するレベルのドロドロな政争模様だ。自分から首突っ込んでいなければな。
「……話せることは、このくらいです。見ず知らずの方にこれ以上話すと、お互いのためになりません。宿をお貸しいただけたことには感謝いたします。明日には出ていきますので……」
「出ていって、それからどうするの?」
「詳しくは言えないのですが、父と意見をともにしていた方を頼ろうと考えています。危険なので、あまり接触はしたくなかったのですが……」
その相手──多分貴族だ──は、どうやらエーリスの父を殺した敵を、その黒幕の尻尾を掴もうと動いているらしい。今まで頼れなかったのは、追われている自分達が飛び込んだところで敵にまとめて標的にされるだけだからだと。
しかし、もうそんなことは言ってられない。体力も気力も資金も底を尽きた。かといって王都を出ることも叶わない。日々狭まりつつあった包囲網を抜けられないし、そもそも今彼女が王都を出れば、今度は別の穏健派貴族が標的になる。
いわば、彼女は囮になったのだ。穏健派筆頭の父が死に、今度は自分が狙われ、家を追われ、心身が衰弱し切っているというのに、逆にその状況を利用したのだ。
結果論とも言えるが、その隙に他の穏健派貴族は事態の把握と敵の追及をすることができる。そのための貴重な二週間を稼いだのだ。
その身を、ぼろぼろにすることを代償に。
「本当に……どうお礼を申し上げていいかわかりません。今は何もお返しできませんが、事が済んだらきっとこのご恩は返させていただきます。その時には、一度屋敷に来てくださいますか?」
「ああ、うん。わかったよ。何て言うか……上手くいくといいな」
「はい……絶対に父の仇を取って……家に帰ります」
そう言うエーリスの笑顔は、どこか痛々しくて、酷薄で、無機質だった。




