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  作者: yoshihira
13/13

3-4

別視点







 ―――約束だよ、きっと君を元の世界に返してあげる。


 そう言って柔らかな微笑を浮かべたあの青年は、―――もう、何処にもいない。

 







 *****







 定時の謁見を終え、溜まりに溜まった書類仕事に戻る為、扱いづらい側近の一人に執務室に急かされている途中だった。


 見晴らしの良い回廊の突き当たりで、抜刀している警備兵の姿が目に入り、付き従っていた護衛役の近衛騎士たちが顔を見合わせる。


「穏やかではないですね、何があったのか聞いて参りましょう」

「待て、俺も行く」


 湾曲した回廊に沿う水路に向かって警戒していた警備兵たちは、突然、現れた国王に気付き、慌てた様子で居住まいを正す。


「ここに魔物が現れただと?」

「は、はい。たった今、姿を消してしまったのですが」


 一太刀浴びせる事が出来たものの、転移術で逃げられてしまったらしい。


 魔物には様々な種がいる。こちらの予想のつかない未知の能力を持っている種もいるのだ。


 現場には水路の付近に血痕が残されていた。

 まだ乾き切らない鮮やかな真紅は、魔物が姿を消して間もない事を示している。


「で、どちらだ」

「…?」


 水路を睨んだままの国王の問いに、警備兵たちは戸惑う。


「殺すべきか、否か、お前たちの意見は?」


 物騒な問い掛けにその場にいた者たちが息を詰める。


 異界から流れてきたモノたちを何時から『魔物』と呼ぶようになったのか。

 その多くが凶暴性が高く、言葉の通じない、人とかけ離れた異形であった事から、各国が徒党を組んで狩り始めるのに時間はかからなかった。


 『魔物』だと判断されれば問答無用で狩る国もある。


 サンフォルドでは積極的な迫害にまでは至っていないが、人に害を為す魔物は当然、討伐される。

 現時点では、魔物を異界に返す術は存在しないからだ。


 仕えるべき主君からの問いに、警備兵の一人はすぐに姿勢を整えると、はっきりと答えた。「排除すべきかと」


「理由は?」

「その、先程の魔物は外見的特徴から言って『ヴェルダ事件』に関わっていた人型の魔物に相違ありません。

 私はヴェルダ征伐に加わりましたので、当時、首謀者の魔術士と行動を共にしていた魔物を見た事があります。

 ここに現れた魔物と同じ、銀の髪と真紅の瞳を持つ少女の姿をしていました」


「ヴェルダの魔だと!?」


 思いがけぬ情報に、同行していた近衛騎士たちが目を剥く。


 この場にいる者でその名を知らぬ者はいなかった。


 国王はその報告に引き続き周囲の警戒を命じると、ねぎらいの言葉を与えてその場から離れた。


 ヴェルダ事件。三年前に国内で起きたそれ。

 犠牲者数十名を出し、術者本人の命を奪い去っても止まらなかったその禁術は、危うくこの世界を引き千切りかけた。


 空が割れた―――そう呼ぶしかない空間の歪みを、国中の人間が恐怖と共に目撃した。人々の記憶からはまだ忘れ去られてはいないだろう。


 その首謀者である魔術士に付き従っていた異色の少女。

 魔術の法則に反する独自の術を行使していた彼女は、『魔物』であると断定され、その事件の最中に行方知れずとなっていた。

 

「ったく、また終わらないとはな。しかも今この時期に、だ」


 人払いをした執務室で、気の置けない十年来の部下ばかりとなれば、国王は素に戻って自然とうんざりした顔になる。


 昨日も国内外における魔物関連の被害状況をまとめた統計資料に目を通したばかりだ。

 報告に上がらない分を差し引いても、この数年の変化は増加の一途で、見逃せないものがある。


「今のところ後手にまわるしかありませんからね。オーバ殿の例の研究がかたちになれば少しは違ってくるでしょうが。

 ―――それにしてもヴェルダの魔とは」


 執務補佐を担う年嵩の側近、サディウスの声も自然とひそめられたものになる。

 それほどまでに凶悪で、凄惨な事件だった。


「あぁ、面倒臭ぇな。決め付けるのは尚早だが、転移が使える以上、厄介な相手である事は否定できねぇな。

 ふあぁ…極め付けは『狸』の件だったが」


 眠そうに欠伸を噛み殺しながら国王が示唆したそれに、サディウスはやや真面目な顔つきになった。


「由々しき事態ですね。何時から傀儡かいらいに入れ替わっていたのか…。彼らも平定に時間がかかるわけです」

「ま、全て魔物の仕業にできりゃ話は簡単だがな。欲の皮の突っ張った狸なら付け込まれる隙は幾らでもあったろうよ。

 要らぬ欲を出した報いは受けてもらうが」


 見る者をひやりとさせる顔で低く笑う主に、部下たちは無言で首肯する。

 黒狸の通称で扱われていた反国王派の老貴族は、証拠が集まり次第、遠からず断罪される予定だったとはいえ、事態は予想のつかない展開を迎えようとしている。


 と、一転、王は不満げに舌打ちした。


「にしても、片を付けるのにかかりすぎだ。休暇と勘違いしてやがんじゃねぇのか」

「下手な手を打たぬよう、表向きは穏便にと命じられたのは陛下でしょう。多少の融通は必要かと。

 既に向こうを発った頃でしょうから、そろそろ顔を見せる頃合いかと思いますが」

「嫌がらせに生還祝賀式典でも盛大にしてやるか。イーザの奴向きに若い貴族令嬢を山ほど用意してやってもいい。きっと泣いて喜ぶに違いないからな!」

「陛下…大人気ないですよ…」







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