応天門の変~発生~
今回は犯人当てを意識してみます。ただ、ミステリーとは少し路線が違うかもしれません。
応天門が燃えたという知らせはたちまち平安京を震撼させた。
何せ大内裏の内側にある門だ。朱雀門とならぶ平安京の象徴といっても過言ではない。それが放火されたとあってはただごとではない。
「おい、鷹取。大内裏のほうで火事だ! 行くぞ!」
「応天門が燃えたっていうんだろ。そんなん放っておけばいい」
散歩から家に戻り縫い物をしていた僕を迎えにきたのは同じ備中権史生である前田樋川。暇な役職仲間ということでよくつるんでいる。
「お前どうせ暇だろ。俺たちも見に行こうぜ。なぁ?」
「まぁいいか」
確かに特にすることもない。二人で火事を見物しに行くことになった。
現場は凄惨たる有り様だった。
大きく炎をあげて燃え盛る応天門。何人かが汲んできた水をかけている他に、周囲に僧が大勢集まって祈祷をしているようだが火は消える気配を見せない。
「あんなので消えたら苦労しないぜ。坊主はこれで食っていけるんだからいいよな」
「前田、いつかバチが当たるぞ」
もちろん前田の言にも一理ある。こうなってしまうと勝手に消えるのを待つといってもそれなりに時間を要するだろう。
「あぁ、こりゃしばらくは消えないだろうな。もう半日燃えてるらしいぜ」
見物のおやじも呆れてそう言った。つまり応天門はもう御陀仏ということだ。
「うわっ!」
炎が音をたてて門に使われている木材が弾けた。
ただでさえ焦げている僕の服に煤が飛んで余計に黒くなってしまった。
「なあ。もう帰らないか?」
「そうだな……っておい。あっち見てみろよ」
どうやら火事を見物にやって来たのは僕らのような有象無象ばかりではないようだ。
明らかに質の違う着物を着た人物。政にあたっているような位の高い貴族もいるようだ。前田が目を丸くしている。
「左大臣の源信様にあっちは大納言の伴善男様じゃないか。いよいよ朝廷も本腰をいれてきたみたいだな」
御偉方の避難はとうに終わっているだろうし、こうして現場を確認しにくる余裕が出てきたということか。
それにしても大納言と左大臣が出てくるとは驚いた。
「大変なことになったな。こうなると黙ってない人が朝廷にはたくさんいるぜ」
事象そのものを捉えるとすればこれは単なる火事だ。ただ、この火事は門以上に大きな、そしてたくさんのものを燃やしてしまったのではないかと僕は思うのだ。