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眠る身体、動く身体 ーー番外編ーー   作者: 明日葉
微妙な感情

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2/2

聞いていない名前

ある日、白俊が何気なく口にした。

「ヨリ、それを取ってくれへんか」


その一言に、尹怜の手がわずかに止まった。

ゆっくりと顔を上げる。

「……今、何と呼んだ」

白俊は特に気にした様子もなく、肩の力を抜いたまま答える。

「ヨリ、と言ったけど。それがどうかしたんか?」

「いつ、その名を聞いた」

「弟子見習いにした時や。そう言う時に互いに名乗るやろ、普通は」

あまりにも当然のように言われ、尹怜はそれ以上追及しなかった。

言っていることに、特に不自然な点はない。

そのまま視線を戻し、何事もなかったかのように手元へ意識を戻した。


 * * * *


それからしばらくたったある日、今度は別の場面で、同じ名を聞くことになる。

「ヨリさん、こちらへ」

それは、朴紘範の声だった。

柔らかく、落ち着いた調子で、最初からそう呼んでいたかのように自然だった。

尹怜はゆっくりと顔を上げ、朴紘範を見る。

「……お前もか」

「はい?」

「その名だ。いつ聞いた」

朴紘範は一瞬だけ考え、すぐに答えた。

「碁盤を使った、石を挟んで色を変える遊びをやった後に聞きました。

 彼女が自分の負けだと言って、自ら名乗りました」

それもまた、不自然ではない。

尹怜は軽く息を吐き、それ以上は何も言わなかった。


 * * * *


尹怜には、しばらく考える時間が必要だった。


二人の説明には何一つ矛盾はなかった。

いたって自然でもっともな話だ。


名は、必要な時、必要な場所で、自然と出てくるものだ。

そもそも、そういうものだ。

それは納得できる。


では、なぜ自分にはそれがなかったのだろうか?

ヨリと向き合った時間は短くない。

石を挟んで色を変える遊び、囲碁、将棋もやった。

盤を挟んで過ごした時間は、三人の中では自分が最も多いはずだった。

にもかかわらず、名を聞いたことがなかった。


(機会がなかった……それだけのことか)


そう結論づけることはできる。

それは事実だが、それでおさまるほど単純な問題とは思えなかった。

尹怜の視線は、自然とヨリへ向いていた。

ヨリはその視線に気づいていたが、何も言わなかった。


 * * * *


ヨリはあえてこの男にはヨリとは名乗らなかった。


尹怜には、この名前で呼んでもらいたくなかった、それだけだった。


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