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クローネ家の末娘はチートがお嫌いなようです

 目が覚めると見知らぬ天井。


 そこが王立学院の保健室だと告げてくれたのは、メイドのクロエだった。


 彼女は、うやうやしく礼をすると、こんな挨拶をした。



「おはようございます、アリス様」



 気絶した主に最初に書ける言葉として適当なのだろうか。


 そんな気もしたが、クロエは気にすることなくその言葉を口にした。


 アリスもアリスで、寝ぼけまなこをこすりながら、



「ふぁ~あ、おはようございます」



 と口にした。


 彼女らしい。クロエはそう思ったが、あえて口にはしなかった。


 いつものように淡々とメイドとしての業務をこなす。


「アリス様、紅茶になさいますか? それとも白湯にさないますか?」


「………………」


 アリスはしばし沈黙しているようだ。


 どちらか迷っているようだ。


「う~ん」と唸っている。


 しかし、すぐにとある事実に気がつく。


 アリスは、がばり! という音が聞こえてきそうなほど、勢いよく上半身を起こすとこう言った。



「魔人は!? ルクレシアさんはどうなりましたか?」



 クロエは言葉を返す。


「やれやれ、ご自身の心配よりも敵の心配ですか。相変わらずお優しい。いえ、甘い方ですね」


 クロエは吐息を漏らしながら答えてくれた。


「ルクレシア様は今、王立病院にいます」


「無事なんですか?」


「はい、アリス様の魔法は魔人石だけを砕き、心臓は一切傷ついていなかったようですよ」


「よ、よかったぁ」


 心底嬉しそうな顔をするアリス。


「ただ、風穴を開けた場所が場所だけに、今、治療を受けています。殺菌をして、高位の神聖魔法で傷をふさいでいるようです。そう遠くない日に復学されるでしょう」


「無事でほんとよかった。後日、お見舞いにいっていいかな?」


「それは構いませんが、アリス様は本当に変わっていますね」


「うん、よく言われる」


「普通、自分のことを殺そうとした人間のところにお見舞いに行きますか? ルクレシア様はアリス様を苛めていたんですよね?」


「返り討ちにしたけどね」


 えへへ、と笑う。


「でもね」


 とアリスは続ける。


「なんかよく分からないけど、ルクレシアさんとは友達になれそうな気がするんだ。仲良くなれそうな気がするんだ。自分からその可能性を閉じてしまったら、もったいないと思わない?」

「思いません」


 ですが、と彼女は続けると、


「アリス様らしいですね」


 と、少しだけ微笑んだ。



 その後、何の異常もないと分かったアリスの身体(そのチート的な魔力は除いて)は


 すぐに保健室から解放されると、クロエに着替えを渡された。


 王立学院の制服だ。


「あれ? これはなんですか?」


「制服です。知らないのですか」


「いや、さすがにそれくらいは知っていますって。てゆうか、今、着ているのも制服ですし。わたしが聞きたいのはどうして真新しい制服が、ということです」


「それは簡単です。これからこの学院の理事長に会って頂くからです」


「…………」


 しばしの沈黙。


 その後の絶叫。


「ええー! どういうことですか?」


「今回の一件の恩賞でしょうか。なんでも是非とも『一度』会って、この学院創設以来の天才S級魔術師とお話してみたいとか」


「天才S級魔術師ってわたしのことでしょうか……」


「初めての実践で魔人を倒してしまう娘を天才と呼ばずなんと呼べば? 『聖女』と呼んでもいいのですが」


「……それだけは勘弁してください」


 アリスはそう言うと、制服を脱いだ。


 たしかに今着ている制服は土埃にまみれていた。森での激闘の傷跡だ。


 魔人の斬撃をかすめたのか、ところどころ破けている箇所もある。


 クロエは処分しましょうか? と問うてきたが、アリスはとんでもない。


 と首を横に振る。


「生地を当て直せばまだまだ使えますよ」


「貧乏くさいですね」


「実際に貧乏ですからね」


「まあ、記念にとっておくといいかもしれません。初めて魔神を倒した勝負服です」


「友達を助けた記念、ということにしておきます」


 アリスはそう言うと真新しい制服に袖を通した。


 軽くくるりと回り着心地を確認。


 ふわり、とスカートが舞う。


「うん、ぴったりだ」


 アリスはそう言うとクロエに問うた。


「ところで、理事長さまと面会と言ってましたけど、どんな方なんですか?」


「なぜそのようなことを?」


「いえ、事前に、どんなおじさまかなあ、と知っておきたくて」


「そうですね。あの大賢者アーリマン様のようにスケベな方だと困りますしね」


 アリスはさっとお尻を守る。もうあのような真似をされるのはかなわない。


「大丈夫ですよ、この学院の理事長は男性ではありません。女性です」


 良かった、とほっと胸をなで下ろすアリス。


「ちなみに何歳くらいの方ですか?」


「御年16歳になられます」


 と、クロエは言うと、それを皮切りにペラペラと口を開いた。



「彼女の金色の髪の毛は、同質量の黄金よりも貴重で美しい」


「その笑顔は周りのものすべて幸せにし、岩戸に隠れた神さえも虜にしてしまう」


「その慈愛に溢れる心は、この世の闇すべてを照らし出す払暁(ふっぎょう)となるお方」



「…………あれ? どこかで聞いたような文句」


「はて? 気のせいではないですか」


 クロエはそう惚けると、アリスを理事長室へと案内した。


 理事長室は、学院の教員棟の3階、一番見晴らしが良く、一番広い部屋があてがわれていた。


 そこにあるひときわ大きな机、そして豪華な椅子に、その『少女』鎮座していた。


 彼女の容姿はクロエが言った通りだった。


 金色の髪を纏った美しい少女。


 その髪が陽光に照らされて、ひときわ綺麗に輝いている。


 アリスはその神々しいまでの美人を見て思わず口にしてしまった。


「ル、ルナリアさん?」


 ルナリアと呼ばれた少女、先日、アリスが出会ったエルザッハ公爵家の娘は軽く会釈をし、太陽のような笑顔でこう言った。


「久しぶりね、アリス」


 そう言うと吹き出すように笑った。


 つられて笑いを堪えていたクロエも笑い出す。


 どうやら、この学院の理事長は、ルナリア・エルザッハその人らしい。


 それを証拠に理事長室には、彼女の肖像画が飾られている。


 相変わらず悪戯好きな女性だなあ、そんな感想が自然と漏れ出たが、それに呼応するように震える未来日記。



 ぶるぶる、ぶるぶる。



 アリスは懐から日記を取り出す。


 そこにはこう書かれていた。



『さて、魔人を見事に倒した未来の『英雄』さん。目の前の女の子は、やがてこの国を救う宿命を持っているの。貴方はそれをサポートするの。もちろん、その運命に従わない、という道もあるけど、どうする?』



 無論、アリスの答えは決まっていた。



「チートなんていらないから、なんとか司書にしてください!」


 どうやら、クローネ家の末娘は、心底、チートがお気に召さないようだった。

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