97話『大事な人を守るために』
意識も少しずつ戻り始め、辺りの音も聞こえてきた時、俺は急いで立ち上がろうと体に力を込めようとした。
しかし、どんなに力を込めても痛みだけが体を襲い、立ち上がることも、顔を上げて周りを見渡すことも出来なかった。それに加え、ゴブリンキングに突き刺された腕は、感覚するもなくなっており、自らの腕が生涯使い物にならなくなったのが分かってしまった。
だが、どんなに致命傷を受け、体がボロボロになったとしても、ゴブリンキングを倒したことには変わりなく、死を決意した中でも生きていられただけで幸運だ。そんな風に考えながら、俺は一つの違和感を覚え始めた。
いつもなら倒れた俺の近くに居るシロとメアが居ないのだ。いや、それだけならまだいい。しかし、俺の視界に映るのは最も残酷な光景だ。
立ち上がる事もできずに見ることの出来る視界の範囲は狭いが、それでも命を削るようにして倒した筈のゴブリンキングが生きており、それに加え、細く白い腕が二人分だった。
「……えっ? あれ? あ、ぁぁぁぁあああ!!!」
気付きたくはなかった。この辛い現実から目を逸らしたかった。だけど、見えてしまった事実は変わることもなく、俺は絶望し狂ったように叫び声を上げた。ゴブリンキングに生きている事をバレてもいい。それても、この悲しみと絶望を少しでも和らげる為には泣き叫ぶ事しか出来ないのだ。当然、泣き叫ぶことでも体には痛みが走るが、最早そんなことどうでもいい。だって、
シロとメアはゴブリンキングによって恐らく殺されているのだから。
「違う。まだ死んでるとは決まっていない……そうだ。まだ生きてる可能性だって……」
ぶつぶつと現実を否定しようと呟くが、俺の体は動かず、シロとメアが生きているのか死んでいるのかさえ分からない。けれど、こんな酷すぎる光景を見ることによって俺の心は砕け散っていた。立ち上がって確認しようとすら思えない程に絶望していたのだ。
いや、違う。絶望していて立ち上がれないのではなく、死んでいるというのを認めたくないが故に体が立ち上がり、確認するのを拒否しているのだ。
そして、絶望はいつしか憎悪に変わった。自らの弱さが原因なのは分かっているが、それ以上にゴブリンキングが憎い。地に伏していながらもゴブリンキングへの憎悪がどんどん湧き上がってくる。
俺は弱い。そもそもゴブリンキングに勝てる程強くはないのだ。それでも、シロとメアを守るためなら力が湧いた。けど、負けてしまったのだ。もっと俺が強ければ二人を守る事が出来たことに間違いはない。
「ほぉ。生きていたのか。先程までの痛みを貴様に味あわせてやろうではないか!」
俺の悲痛の叫びを聞き、俺へと高笑いしながら歩み寄るゴブリンキング。しかし、どんなにゴブリンキングが憎くても俺は体に力が入らず立ち上がることは出来ない。それ故に、ゴブリンキングが俺を蹴り飛ばしても抵抗することが出来なかった。
憎い、憎い、憎い。考えれば考えるほどにドス黒い感情が湧いてくる。でも、俺の心のどこかには死のうという感情もあった。このままゴブリンキングが俺を甚振るのならばそれで死んでもいいとすら思っているのだ。
死ねばシロとメアにもう一度会える。いつの間にか狂っていた俺の思考はそんな事まで考えていた。
「……マキト……逃げ、て……」
「ます、たー……」
ゴブリンキングが俺の胸ぐらを掴み上げ、拳を振りかぶったその時、か細いく小さいながらも、俺の耳にはシロとメアの声が聞こえた。
それは、俺にとって希望の声だったのだ。
「―――ぶっ殺す!!」
「き、貴様ぁぁあ!」
力が湧いた。不自然なほど俺の心は単純だった。シロとメア生きている。それだけの事なのに俺は自らの心にあった思いを全て吹き飛ばし、ただ目の前に居るニヤけた顔をしているゴブリンキングの顔面を殴り飛ばした。
きっと、火事場の馬鹿力というやつだろう。動かないほど傷だらけの体でもゴブリンキングの巨体を吹き飛ばすことが出来てしまったのだ。利き腕ではない左腕は相変わらず使い物にならないが、右腕ならばまだ戦えた。それでも、ゴブリンキングが吹き飛ばされ動揺している間に俺はまずシロとメアをの元へと走った。
ゴブリンキングに甚振られた事によって少し距離があったが、俺は痛みを無視して走った。
そして、ゴブリンキングが怒りで俺の元へと寄ってくる前に、俺はなんとか辿り着き、かろうじて生きているシロとメアの傍らに座って頭を撫でた。
「……マキト……逃げてって言ったのに……」
「シロ。ありがとな。でも大丈夫だ。あとは任せとけ」
「ますたー。メア、がんばったよ……」
「あぁ。ゆっくり寝ててくれ。目が覚めた時には全部終わってるからな」
「……うん」
シロとメアに優しく語りかけ、安心させて眠らせたが、正直今の状況でゴブリンキングに勝てるビジョンは浮かばない。
「ちげぇ。弱気になるな。俺は勝たないといけないんだ……!!」
無理やり体を奮い立たせると、足元でカランッという音が鳴った。
その音に反応し、足元を見ればそこには折れた槍の穂先が転がっていた。考えている暇はない。ゴブリンキングはもうすぐそこまで迫っている。
俺は穂先のみとなった槍を手に取り、ゴブリンキングの心臓をもう一度貫くために構えた。この世界に一番最初に来た時には覚えていたことも今では忘れ、スタミナゲージも殆ど枯渇することもないから忘れていた。こんな絶望的な時にこそ俺は思い出してしまったのだ。今まで自分がスキルを使って倒れてきた理由を。スタミナゲージが殆ど無くなっている今の状況だから分かる。既に俺は立って戦える状況ではないのだ。
そんな事を考えながらも、俺は槍を持った。その瞬間に、俺の体には有り得ない現象が起きたのだった。
次回主人公が覚醒します。




