079 手のひら
『おーい。お前、今どこにいるんだ?』
迷子になる生霊。
成田空港の到着ロビーは広大な吹き抜けになっており、無駄に広い。
空中に浮いて上から探せばいいんじゃん。すぐに場所が分かるって。
『アホか、母さんに見られたらどうすんだよ。ぷかぷか浮くなんて、行儀が悪いって怒られる』
到着便から降り出た人物を、待ちわびていた数人が囲んで騒ぎ出した。
俺は、その中に両親がいないかを確認する。
人混みを華麗に避けて歩く、キャビンアテンダントのお姉さんと目が合う。
疲れを感じさせない笑顔である。素敵です。
俺が見ている物は、お前も分かるんだろ?
それで、俺の場所が分からないのかよ?
こっちがお前を探してたら、俺まで迷子になるっちゅーに。
『そもそも、どこが到着ロビーなのかも分からない』
帰れ!
生涼は、成田空港に来るのは初めてらしい。
生霊の移動範囲は、ずいぶんと広くなっている。スキルのレベルアップによる恩恵だ。
今では、成田空港の敷地内程度なら、自由に移動できるようになっていた。
最近は、その移動範囲を利用して、ご近所の情報収集に励んでいる。夜間に限るようだが。
『昨夜の鏡子さんは激しかったぜ』
次に、生涼の右手を実態化させた時には、ビデオカメラを亜空間に持ち帰らせようと思う。
『と、盗撮しろって言うのか?!』
偵察とかさ、そういうので使えると思うんだよね。
『うむ。反論できないな。情報収集は大切だよね。特にご近所の』
生涼の部分実態化は、実際には容易にできない。
スマホのソーシャルゲームにある「スタミナ」を想像させるような設定になっているのだ。
精神的、肉体的ストレスが、一定量蓄積されることで「生涼一部実体化」が可能になる。
だが、一度行使してしまうと、同量のストレスが蓄積されるまで利用できない。
新島では、俺は死にかけるどころか、ゾンビ化寸前まで追い込まれている。
女グール・カナメから一晩中、屈辱的な虐待まで受けてしまったのだ。
「このままゾンビになってもいいかも」と、脳裏を何度もよぎるほどであったのだ。
全身隅々に牙を立てられ、血液やら体液やらと一緒に生気を吸い取られる。
そして、カナメの呪いは、俺の体熱を奪うように奥まで冷たく絡みついた。
『気持ち良さそうに、アヘアヘ言ってたくせに。何かに目覚めそうな勢いだったぞ』
道に迷わず「普通の男の子」として生還しなければならない。
でなければ、タイムリープを使わなかったエルが後悔してしまう。
俺は、その一心でアンデッド化の呪いを耐え切ったのだった。
つまり、そのレベルでギリギリまで追い込まれないと、生涼の腕を実体化できないのだ。
「生霊スキル」の表示画面には、ヘイトゲージバーが新たに追加されている。
俺に与えられたダメージやらストレスやらの不満が、そのゲージを埋めていくのだ。
ゲージが満たされ、ようやく生涼の腕を現実に召喚可能となる。
まさに、生死のボーダーラインを超える覚悟をしなければならない。
『木野の魔石があって、ホントに良かったよなぁ。俺にも感謝しろよ』
魔石が無ければ、右腕を捨ててでも抵抗するしかなかった。
そうなれば、エルは自分を犠牲にして、俺の腕を取り戻すために時間を巻き戻しただろう。
結果的に、魔石を使って耐え抜く以外の方法はなかったのかもしれない。
『お前がドジなだけだろ。反省しろっての』
うん。でも、マジで魔石は残ってないの? もう?
俺に黙って隠してるんじゃないの!?
『しつこいな。それより、スマホの電池切れそうだぞ。そろそろ「充電」しようぜ』
ちっ。仕方ない。
俺は、スマホを操作する。
スマホのバッテリーが、俺のMPを消費しながら急速に充電されていった。
1アンペアごとにMP2が消費される。数秒でスマホが満充電状態になった。
電気魔法『急速充電』。
俺が新たに習得した能力だった。
って、残りの魔石のひとつがこれかよ!!
『えー、大事だろ? スマホのバッテリーが切れていたら、ゾンビ化も防げなかったんだぜ。また、同じようなピンチは絶対にある。お前のことだから』
確かに便利だけどさぁ。みんなの充電係にされそう。
どの魔石を残すかの選択は、俺が自分でやるんだった。
おかげでヘイトゲージがわずかに増えた気がする。
『JKZに良い魔石を渡したのは、お前だろ。自慢げに』
もう、返してくれないだろうなぁ。
俺は、迷子の生霊に説教されながら、失った魔石の数を数えるのだった。
俺は、一人ベンチに座り、国際便の電光掲示板を眺めている。
両親を乗せた飛行機は、十数分前に到着しているはずだった。
生涼は、迷子のままである。
俺は、満充電のスマホを操作した。
冒険者ギルドアプリのアイテム画面には、最後の魔石から取得した武器が表示されていた。
「『魔王デオツの槍』かぁ」
魔法少女カオルが現世に持ち帰った異世界の武器である。
異世界の勇者・生涼は、魔王・デオツを殺した。
その際に、魔王から奪った物だと、生涼から聞いている。
ひどい話だぜ。
強盗殺人かよ。財宝まで奪ったらしい。
『アホか! デオツの外道ぶりは聞かせてやっただろ!』
かつて最強と呼ばれた魔法騎士・デオツが、闇に落ち、魔王となった。
魔族と魔物を従えたデオツは、異世界最大の勢力を誇った帝国を滅ぼしたのだと言う。
その後、大陸の中心部分の大半を占める帝国の領土は、魔界と呼ばれるようになる。
帝国の人民は、奴隷とされる者、魔物の餌とされる者、魔族の繁殖に利用される者と、民族浄化的ジェノサイドの犠牲となり滅んでいったらしい。
異世界は、経済と文化の中心であった大国を失い、暗黒時代と呼ばれるようになっていく。
そんな時代背景において、もう一人の俺(生涼)は、異世界に転移したのだ。
カナメから聞かされたデオツが、生涼の知る魔王かどうかは分からない。
生涼が過ごした時間軸で考えれば、転生したデオツの年齢は、4歳程度のはずだ。
生涼やカオルとは違い、転生というカタチになるのも不可解だった。
俺たちが勝手に、そう連想しているだけで、生涼の知る魔王デオツとは別人なのかもしれない。
だが、デオツという名は、生涼にとっては特別なモノなのだ。
おそらくは、魔法少女・カオルにとっても。
木野たちが巫女の里跡地を襲ったのも、カオルの意思だったのかもしれない。
『おい涼! 見つけたぞ。懐かしいなぁ。ぐすん。母さんがひとりで。え? あれ?』
生涼は、母と遭遇したようだ。
『あ、えと。いや、違うんだ。化けて出たわけじゃなくて。この涙は、なんて言うか』
なんだろう? 生涼が慌てている。
『そ、そんな抱きつくなって。母さん。。。』
は? 抱きつく?
『もう子供じゃないんだからさぁ。母さん、小さくなったなぁ。昔から小さかったけど』
『うん。そうだね。俺が大きくなったんだ。10年ぶりに、ぐ、ぐすん』
『いや、なんでもない。母さん、人前で手を握られるのはさ。ちょっと恥ずかしいよ』
『え? 俺の姿は見えてないだろ?って。そうだった。わははは』
おい、こら。何が起こってるんだ? 説明しろ、生涼!
俺は、スマホに生涼の居場所を表示させる。
俺の座るベンチからは、それほど遠い距離ではなかった。
「ったく、仕方ねーな」
「涼!」
スマホを片手に立ち上がる。突然。声がかけられた。
声に振り返らずとも分かる。聞き慣れた男の声だ。
「母さんが、さっそく行方不明なんだ? 探してくれ!」
「親父。えっと、お疲れだったね」
「バカ! そんなことは、後でいいんだ。母さんが! 澄子!!」
濃紺のスーツを着た長身の中年男が、大声を張り上げて周囲を見回している。
俺に似た地味な顔を縦に伸ばした感じである。顎が少し出ている。
「か、母さんは、たぶん、あっちに」
右後方を手で指し示してから、俺は「冒険者ギルドアプリ」のMAPを父に見せた。
「あ? そのアプリ? ちっ。まあいい、後だ。澄子! どこだ!?」
「誠くん、大声で騒ぐのはやめなさい! もう、みんな見てるじゃない」
『おー、親父だ! なんだろう。あんまり嬉しくない』
「こら、涼。そういうことは正直に言うんじゃないの!」
後方から、母と生涼の声が近づいてくる。
「澄子。勝手にウロつかないでくれって、言ってるだろ」
「大丈夫よ。アナタの声は、どこにいたって聞こえるわ」
「いつも大声を出させているのは、君じゃないか。それに、この前みたいに君だけ、なぜか中部国際空港に降りていたなんてことが、何度もあったら困るんだ」
「千葉も名古屋も、同じ日本じゃない」
「いやいや。ロンドンで降りるはずが、君だけパリなんてことも」
「パリを見たかったのよ」
「あの時、君を探して、やっと会えたのはバルセロナだっただろ!」
母・澄子は、激しく方向音痴である。
母の行方を探す父、それも幼い頃から慣れ親しんだ姿だった。
樹海の奥、巫女の里での生活が影響しているのだろうか。
いや、俺も社会に出るまでは、相当な方向音痴だった。
今は、スマホのおかげで、迷いっぱなしになることはなくなっている。
行動範囲の広がった生涼が迷子になってしまうのも遺伝なのかもしれない。
「あら、本当に涼がもう一人。誠くん、見て、涼が二人いるのよ」
母は、生涼の手を取り握っていた。
生涼は、俺と目が合うと、母の手を振りほどこうとする。
「あら、いいじゃない。ねぇ」
「う、うん。いいぞ、生涼。そのまま手を繋いでいろよ」
『てめえ! 俺を見て、ニヤニヤ笑うんじゃねー』
強引に振りほどいて傷つけてしまうことを恐れたのか、まだ生涼の手は母と繋がっていた。
今までも、生霊を見ることができる者、会話できる者と出会ったことがあった。
だが、母のように、触れることができた者はいない。
いや、そうでもないか。中本静香は、生涼に攻撃を当てたのだ。
それでも静香は、生涼の姿を目視できていた様子はなかった。
「涼、説明しろ。澄子は、何を言っている? お前が二人いるって、どういうことだ?」
「話が長くなるからさ。家に帰ってからでいい?」
父は、俺のスマホを一瞥して、鼻を鳴らして溜息をついた。
「こっちの涼が、いつもの涼なのね。霊体の涼ほどではないけど、アナタも少し雰囲気が変わったみたい。『気』が明るくなってる。表情も」
「え? そうかな。自分では分からないよ」
生涼と手を繋いだままの母は、俺の顔を見上げている。
「アナタのおかげかしら?」
『まぁ、そういうとこだな』
「ちっ、偉そうに言うんじゃねーよ」
「いろいろあったのね」
母の笑顔には、どこかで見た少女の面影があった。
過酷な運命の下で健気に笑う少女。
新島で聞かされた母の過去の姿が、幻影のように視界に浮かんだ。
黒髪を後頭にまとめた母は、空いている片手で俺の手も優しく握る。
「ま、いっか。涼が元気になったんなら」
「一人っ子じゃ、かわいそうだって、アナタが子供の頃は思ってたのよね」
母・澄子は、俺と生涼の顔を交互に見ながら、そう言って笑っていた。
更新頑張ります。見捨てないで!




