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008 MAX HEART

「こ、これは回復魔法なんですか?」


距離を取ろうとするももかに、俺は声をかける。

別に引き止めようとしたわけじゃないからね!


「まぁ、そんなとこですかね~」


ももかは笑顔だが声が硬い、声のトーンに距離を感じてしまう。俺の純愛は儚かった。

だが、そんなことより確認しないといけないことがあった。


「ガレージの中に子供がいました。助けられますか?」


俺が言い終わるのとほぼ同時に「ポフッ」という擬音が鳴る。コンクリートの地面に後ろ手で座る俺の足元に、突然と人形が投げ落とされた。


「うわっ!」


「お兄さんの言う子供って、それじゃないですか?」


ビックリするだろ!いきなり投げつけるのは!やめてー!

あみの手から投げられたのは赤い靴、赤いスカートを着けた女の子の人形だった。


呼吸を忘れて人形を見つめていた俺は、それを理解するのに数秒の時間が必要だった。

全身から力が抜ける。気を失うかと思った。


「そっか、人形だったんだ。良かった」


ももかは微笑みを、あみはニヤニヤとした笑みを浮かべて、俺を見ていた。

羞恥心で顔が熱くなって目を逸らしてしまう俺。火照りの熱の影響か、右の頬骨あたりに鈍い痛みが走った。

俺は右手を頰に当てて確認しようとする。


「あ、えと、痛みは少し残るかも。骨は元どおりに繋がってるわ。痣もしばらくすれば消えると思います。外れた奥歯は残念だけど難しいの。えーと、失った血と物理耐久力が戻るまでは無理をしないでください。明日は熱が出ると思います」


スマホを確認しながら、ももかが少し早口で教えてくれた。

俺は舌を動かして歯の状態を確かめる。右の上奥歯がごっそりと欠損していた。どこ行った?飲んだかな。

顔に刺さっていただろう、いくつかの木材の破片が抜けて首まわりに落ちていた。

さらに怪我の様子を確認しようと身体を見る。身に着けていたジャージがひくほど血まみれだった。

今更ながら、血と汗と小便と獣の臭いが身体中から、むせかえるように漂っているのに気付いた。


こんな汚い奴を抱きかかえて運んでくれたのか、ゴブリンに無防備に近づいてでも。それだけじゃない。俺を運びやすいように電撃でゴブリンの動きを止めたり、ゴブリンの前に立ちはだかりヤツを抑え込んでくれた人たちもいる。


「君たちは命の恩人だ。本当にありがとう。いや、ありがとうございます」


ももか、あみ、ののを順番に見ながら、俺は頭を下げ礼を言った。

ののはガレージの中から一瞬だけ俺をみて、片手を上げて応えた。

折れ曲がった鉄パイプを持って、あちこちをひっくり返したり、なにかを確認したりしているようだ。時々、ゴブリンの死体をつついたりしている。


「そろそろだから、その人連れてきて」


ののが俺を指して言った。


「あ、ちょっとさ。着替えてきていいですか?すぐそこの車の中に着替えが」

「いいから来てって。おじさんが臭いのなんか今更だから」


え?おじさん?


「ののー、ダメでしょ。津神さんだっけ?ビックリしてるでしょー」


あ、俺の名前知ってるんだ。ももかさん。


「行きますよ」


俺はあみの短い言葉に促されガレージの中に向かおうと立ち上がった。すぐに目眩で倒れそうになる。

ももかが背を押すように支えてくれたおかげで俺は倒れずにすんだ。お、お母さん!

あみは、ただニヤニヤと見つめていた。


「これ、壁から引き抜いてくれる?」


ガレージに入った俺に、ののはゴブリンを指してそう言った。




俺は、壁から引き抜いたゴブリンの死体を仰向けに転がした。

俺たちは、ゴブリンを囲むように輪になって立つ。

今更だが、ゴブリンは臭かった。強烈な獣臭に腐った魚の臭いをヤバい感じで混ぜ合わせたら、こうなるような気がする。

ガレージ内には柴犬のバラバラ死体もあるので、臭いに限らず凄惨な環境になっている。


3人の女の子は揃って鼻をつまんでいるが、慣れているのか平然としたものだった。




ゴブリンを引き抜いている間に、簡単な自己紹介を済ませたので、ここに記しておく。ちなみに名前と年齢、冒険者ランクは正確だが、他は俺の妄想である。


美墨 埜乃 15歳 高1 Cランク 推定身長152cm 推定Cカップ


雪城 亜美 16歳 高2 Cランク 推定身長156cm 推定Aカップ


九条 桃花 17歳 高3 Cランク 推定身長162cm 推定Eカップ


話によると、3人ともに同じダンススクールに通っているとのこと。本日は世田谷のダンススクールから、駆けつけてくれました。それぞれ負けず劣らずの美少女ですが、私としては桃花さんがイチオシです。ヘソ出しルックも都心の外れでは痴女かと間違われそうですが、ダンスウェアとのことで納得です。埜乃さんなんかホットパンツと見間違えそうな短パンです。ムッチリ生足です。亜美さんは髪をオシャレにターバン風のバンダナで纏めていますが、Tシャツにはアニメキャラが描かれています。そこには、少し危険な感じがします。それぞれ薄着で風邪をひかないかと親心で見ちゃいますね。癒しの光に包まれた私は、すでに仙人のように心穏やか、まさに賢者のごとくです。賢者はパーティーに必要です。彼女たちのパーティーには、私のような大人の賢者が必要ではないでしょうか?


「始まるよ。おじさんは、もっとゴブリンに近づいて」


いや、埜乃さん、私の名前は津神涼です。まだピチピチの24歳です。さっき教えたでしょ。貴女たちのクエストにも私の名前が載っていたってゆうじゃありませんか? けしておじさんではありませんよ。大人の賢者です。


ゴブリンの死体から空気の抜けるような音が出てきていた。

同時に干からびるように縮んでいく。

コップの中の炭酸水から泡が立つかのように、白い気体がゴブリンから立ち上がり俺たちを包むように広がり霧散していく。

それは、回復魔法の癒しの光のように俺たちの身体に吸収されていった。


気体の放出が終わると、ゴブリンの死体は小さく干からびていた。

どこかで見覚えがある物体である。それはバラエティ番組でカッパや人魚のミイラと紹介されていたモノにそっくりに見えた。


「こ、これは?」


「終わったかー。回収するぞー」


俺の問いを無視して、ガレージに近づいて来たのは、むさ苦しいオッさんだった。


間違いない。


彼こそ、おじさんですよ、埜乃さん。

ご存知の通り、タイトルには意味が無い時もあります。

少し苦しくなってきましたが、明日も更新目指します。

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