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068 明日に向かって撃て

「ショータイムだ!」


ユージの叫びに、「ちっ」と舌打ちを返した翔一は、未発砲の残弾ごと薬莢を捨てる。

(シリンダーラッチを押し、回転弾倉を展開させ、エジェクターロッドを押し込む)

スピードローダーを使って素早く357Magnumを装填する。


翔一たちが屋敷にたどり着いたのと同じ道順を辿り、林から現れたのは巨大な猪に乗ったマタギの男だった。髭面である。

猪にまたがり、銃を構えている。村田銃だった。距離は80m。


ゆっくりと近づきながら、銃を構えている。


パン!


幹の数メートル先で閃光が走る。マタギが撃った弾丸を翔一が撃ち落としたのだ。


「拝み屋! そいつの拳銃を拾って、こっちに来い! 結界は張れるか?!」

「くそっ。銃撃なんて、そらす程度の効果しか出ないぞ!」

「構わん。朱姫と忍者のねーちゃんたちは、伏せるか隠れるかしてくれ!」


逃げ寄る幹の目前で、再び閃光が走った。


解析スキルと鍛えた射撃の腕で対応しているが、すでにギリギリだった。

コルトパイソンは、競技でも使えるレベルでチューニングしてある。

それでも、点で狙える精度の限界を超えた遠距離射撃は不可能だ。

さらに、状況的にダブルアクションでトリガーを引かざるえない。


「オーム、カン!」


幹が翔一の後方に回りこむ。両手で複雑な印を結んでから、短縮した真言を叫んだ。

燃え上がるよう出現した橙色の結界が翔一を包む。


銃声の直後、翔一の目前で結界が激しくたわんだ。

銃弾は、翔一の頰を削りながら屋敷の壁にくい込んで止まる。

顔面を狙って飛来した弾丸が結界の摩擦でわずかにそれたのだ。


パンパン!


翔一は、パイソンを二連射する。猪の背に顔をつけて伏せるマタギ。


近づくマタギとの距離は、まだ50mはあった。

解析スキルで狙いはつけているが、当てるよりも、銃口を下げさせるために発砲する。


マタギが顔を上げると、さらに一発撃ち込む。猪の左牙周辺に着弾した。

驚いた猪が上体を跳ねるように起こした。マタギは後方へと飛び降りて叫ぶ。


「ちっ。行け! 突撃だ!」


猪が、翔一に向かって突進を開始した。


「拝み屋、手前の木まで走る。お前は木の後ろに隠れろ」


「わかった! ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタ タラタ センダマカロシャダ ケン ギャキギャキ サラバビキンナン ウン タラタ カンマン」


幹が不動明王の火界呪を掛け直すと、結界の橙色がわずかに濃くなった。

屋敷の庭、翔一たちから見て、右前方に栗の木が立っている。

翔一は栗の木の前方を目指して走った。同時に両手へと魔力をたぎらせていく。


音を立てて迫る巨大猪。翔一の胸元に届く頭高だった。

栗の木の前方、あと数歩の地点で、猪と翔一は激突した。


結界の摩擦によって、わずかにそれた猪の頭部。

その側面に左手掌を叩き込み、その反動で身体をひねって捌く翔一。

下げていた右足を前方に踏み込む。銃を持った左腕の肘を固定して掲げる。


ドン!


震脚と同時に、八極頂肘を猪の首周辺へと突き通した。

魔力(気)により、部分的に物理耐久を限界まで高めた一撃。

地を踏み抜いた震脚のエネルギーが、魔力と共に猪肉へと浸透していく。

猪は、横転しながら栗の木に向かって突進を続けた。


ゴッ!

「うわっ!」


ひと抱えほどの栗の木は折れなかった。

木は斜めに倒れながら、猪の巨体を受け止めていた。

木の根が地面から飛び出すように現れる。

根に巻き上げられた土煙が舞い、栗の実が大量に撒き散らされていく。



土煙が晴れていく。そこには倶利伽羅剣で猪にトドメを刺した幹。

そして、土煙の中でリロードを終えたコルトパイソンを構える翔一が立っていた。


「な、なに!?」

パン!


驚愕したマタギの右肩に357Magnumが着弾する。

ガタッと、村田銃が地面に落とされた。


「すごい」


朱姫の声が、どこからか聞こえてきた。

それに真鳥が答える。


「うん。すごい。津神様が来てくれて良かった」


地に伏せていた朱姫と真鳥は立ち上がって、翔一を見つめた。





「タカ、来るのおせーんだよ」

「ふっ。目白通りが混んでいてな」

「猪に乗って都内を走るんじゃねーよ」

「それが、マタギのアーバンスタイルさ」


真鳥たち忍者に縛られたタカとユージは、斜めになった栗の木に縛り付けられている。


「あんたら、うるさいから」


全長2mは下らない猪の巨体は消えていた。








「和尚様、一旦、敵の襲撃は収まったと見て、良いのでありましょうか?」

「だといいのですが」


里長が、囲炉裏の鍋から、猪肉と栗の実を椀によそって里の者に配っていく。


「おいしいね」「うん」


里の子供たちが、土間に敷いたゴザに座りながら、笑顔で椀の汁をすすっていた。

翔一は、子供たちを見ながら、タバコに火をつける。笑みが隠せていない。


巫女・澄子が翔一のそばに座った。


「津神様、お手を」

「ん? 澄子ちゃんか。もう、身体はいいのか? 猪の肉で元気になってくれりゃいいんだけどな」

「ご心配は不要です。ありがとうございました」


澄子は、翔一の手を両手で握った。そして目を閉じる。


「えっと、悪いけどさ。お嬢ちゃんは若すぎて」

「津神、黙ってろ。わかってるだろ」

「はーい」


澄子の手は冷たかった。

その冷たさが、血管に流される点滴液のように、翔一の身体を巡り、受け渡されていく。

やがて、二人の体温が戻って来るように、温かみが増していった。


「これで、魔力切れは心配ないはずです。必要なら、またおっしゃってください」

「ありがとう」

「こんなことしかできませんから。次は和尚様です」


立ち上がって去る澄子の尻は小さかった。


「ちゃんと栄養のある物を食わさないとなぁ。もっと、こう肉付きが」

「そういう基準で、里の未来を決めないで欲しいわね」


翔一と並んで、三和土たたきに座り、土間に足を下ろしているのは朱姫だ。

朱姫も、澄子に負けず劣らず細身で小柄だった。見た目では年齢も変わらない。

同じ襦袢姿だが、こちらはスケスケタイプだった。


遠慮なしな視線が胸元に注がれているのを悟った朱姫は、襟を小さく広げて肌の膨らみを見せてくれた。赤面しながら。


「お詫びっていうか。その、つまらない物だけど」

「いいね〜。かわいいオッパイだ」

「お、終わり!」


慌てて胸元を隠した朱姫の小さい肩を抱き寄せ、強引に唇を合わせる翔一。


バシン!


屋敷内の里人が一斉に翔一たちをふり返る。

翔一の頰に、紅葉のような手形がついていた。


「せ、責任とってよね。ここにいる全員の!」


「取るさ。喜んで取らせてもらうぜ。ガキも含めて、全員残らずな」


翔一を睨む朱姫の瞳は濡れていた。


「まったく。加奈さんと息子が気の毒すぎる。どんだけハーレムを増やす気なんだ」


幹は、翔一の家族の不憫を考えずにいられなかった。


「責任ねぇ」







翌早朝。


「これでも喰らえ」


上体を起こした大蜘蛛の胸、そこにある女の顔の口内にコルトパイソンの銃口を突っ込む。

そのまま、回転弾倉に残った4発全てを発射した。


血を吐きながら仰向けに倒れる大蜘蛛。

それでも、目線を翔一に向けながら、一本の足先で刺突を狙って繰り出して来る。


翔一は、それを予測していたように、余裕を持って躱した。


「女郎蜘蛛に効く属性は水だったな。4発分あれば、大丈夫だろ」


翔一は、腰に吊っていたゲームコントローラーのボタンを、手探りだけで押した。


翔一を睨んでいた女郎蜘蛛の眼球が、水圧で押し出されて小さく飛び出した。

遅れて眼窟から吹き出す水。胸部と腹部の関節からも、水が溢れ出てきた。


翔一の孫・涼が、ダンジョンで戦った大蜘蛛は、外骨格内部に水を浸透させてやると倒せる性質を持っていた。

魔物名・女郎蜘蛛。日本古来から存在する魔物の一種だ。

この個体が、ダンジョン深部の魔物発生源から召喚された物なのか、何者かの手により呼び出された物なのか、地上でひっそりと繁殖した物なのか、流石の翔一にも分からない。



「おい! こっちも手伝え!」


朱姫と二人で、もう一体の女郎蜘蛛と戦っている幹が翔一に向かって叫ぶ。


「やれやれ」


翔一は、戦う二人を無視して、屋敷に向かった。

真鳥に護衛されながら観戦していた澄子に、左手を差し出す。


「頼んだ」

「はい」


澄子の手から翔一の身体に魔力が充填されていく。


「まだ、嬢ちゃんの魔力は尽きないのか?」

「はい。まだまだ余裕がありますから、心配無用です」


翔一の魔力保有量(MP)は、多くない。

彼は、ほぼ全ての属性魔法を持っているが、魔法ランクは、全て「(小)」である。

小ランク魔法でも、5回も使えばMPを使い切ってしまうのだ。

翔一は、解析スキルを用いて、弱点属性でのクリティカルを狙って使っている。

それで倒せない魔物は少なかったが、連続使用は苦手であった。


「女郎蜘蛛の魔素では、回復は難しいのですか?」

「うーん。MPの回復はわずかだね。ギルドシステムを通して、強化には使えるんだけどね」


魔素と魔力は、似ているようでまったく違う。

魔力は「気」と呼ばれて、現実世界にも普遍的に存在する。

魔素は魔力を含んだ微粒子のような物質だ。


魔素は、本来は異世界にしか存在しない物質であった。

海底にある未発見のダンジョンから溢れ出ていたりはするのだが、現実世界の生物には、よほどのことがない限り、影響が出ることは少ない。

オーガなどの上位魔物を、生きたまま捕食するような例外も存在する。


異世界産の魔物は魔素の吸収で成長する。

ギルドシステムは人体の強化を、魔素を使って行えるように作られていた。

翔一は、システムの根幹になっている魔術の本流は異世界にあると推測している。

魔素を扱う技術は、この世界では他に存在しないからである。


「嬢ちゃんの魔力は底なしだな。まるで、大地? 地球からエネルギーをもらってるみたいだ」

「気、そのものに大小はないそうです。気の総量が宇宙から、減ることも増えることもない。私は、ただ人より多く扱うことを許されているだけです」


理解はしていた。そうだとしても限度を超えているように、翔一には思えるのだ。

澄子は樹海に『亜空間』とでも呼べる空間を作り出し、たった一人でそれを維持している。

必要となるエネルギー総量は計り知れない。


山の民・山窩にも忘れ去られようとしている巫女の里。

樹海の中に巨大な結界を作ったのも、過去に里を守っていた退魔師たちだった。

今や、その術理も朽ち、澄子の魔力なしでは成立していない。


彼女の力を狙う組織は、現れ続けるだろう。

呪術師を通して闇系ギルドに存在を知られるのは時間の問題だと思えた。

そして、澄子と同じような、いやそれを超えるかもしれない存在が生を受けることを、まだ翔一は知らない。


「人間発電所じゃあるまいし。こんなことを続ける必要はないな」


翔一のつぶやきを、澄子は黙って聞いていた。

幹の剣戟音、朱姫の奏でる弓の音が響いている。


「影を弓で縫い止めたわ! 幹空和尚、女郎蜘蛛の顔に攻撃を!」

「分かった! くっそ。長剣を借りてくるんだった!」







その後も呪術師が繰り出した魔物の攻撃は続いた。

さらに翌日、正午近くになって、ようやく冒険者ギルドの応援が到着する。

翔一が、冒険者ギルド本部に連絡をとり、依頼を出していたのだ。


「どーも、翔一さん。幹空さんの式神に会えなかったら、ここに辿り着くのは無理でしたよ」

「お、美杉か。ご苦労だったな。太一はどうしてる? 元気か?」


当時、20代後半の美杉である。すでにBランク冒険者だった。

産まれたばかりの息子の名前を呼ばれ、頭を掻いている。


「我が息子の名付け親は、あいも変わらず元気そうで」


翔一の周囲には、里の女と子供が集まっている。

完全に倒された栗の木の上、真鳥の膝枕で翔一は笑っていた。


「本郷さんが動き出しました。呪術師ギルドとは全面対決になるでしょう」

「へー。本郷先輩が動くのか。いよいよ、国家の敵ってとこかね」

「またまた。ここの住人が安全に下界で暮らせるように、わざと巻き込んだでしょう?」


「退魔師ギルドはどうなる?」

「彼らは、ギルドシステムを持っていない。呪術師ギルドに対抗しきれないでしょう。冒険者ギルドと一緒になることを選ぶ方向で間違いないと思います。まぁ、一部は呪術師に吸収されるでしょうけどね」


「ふむ。あ、そうだ。栗食べる?」


「ふふっ。いただきます。たく、あんたは自由で羨ましいよ、翔一さん。これから、どうするんです? いい加減、東京支部の一部くらいは率いてくださいよ」


「そういうのは、お前の仕事さ。しっかり出世しな」


「いつも騒動の中心にいるくせに。最後は、こっちに押し付けてくるんだよなぁ。翔一さんが、TOPの直属だって噂はマジっすか?」


「さあな」









その後、退魔師の多くが冒険者ギルドに吸収されることになった。

巫女の里の住人は街に降りることになる。

翔一に世話を焼かれる姿が、朱姫たちに目撃されている。


澄子は、津神家で預けられることになる。

冒険者ギルドのシステムを使って、その力を大幅に制限されることになった。


そして、彼女は、俺の母となる。そのあたりは、父・誠から直接確認してからの話になるだろう。


さて、俺にとって最大の問題は、真鳥の存在だ。

彼女は、孔雀院に住み込みながら、津神翔一の手足として長く仕えていたらしい。


俺は、若い網タイツ忍者を一人知っている。

名前は『真魚まお』。

確か、俺の監視役の一人であるはずだ。この話も、どっかで聞かれていたかもしれない。


彼女を「叔母さん」って呼んだ方がいいのかな?

とても本人に直接確かめる勇気はなかった。


やばい。祖母の前で、この話をする勇気が出ない。


しばらくすれば、祖父・翔一を嫌っていた父と会うことになるのだ。

そう、爺ちゃんの仏壇の前で。


『さすが、爺ちゃんだよな。男の責任の取り方を分かってる』

「はぁ? とても責任取れてると思えねーよ。孫にまで負担かけやがって」

『朱姫にも手を出してるんだろーなぁ』

「ちょ、やめて、その話はもう。。。」





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