067 ボディフィールなエグジット
病床の巫女・澄子の容態は、落ち着いたものだった。
顔面は蒼白で、呼吸はわずかに早い。呼気が時折、小さく音を立てている。
鼻は低く小さいが、小顔でバランスは整っていた。
17歳より幼く思えたが、病床である。化粧もしていない。幼く見えるのも仕方ないと翔一は考えている。
乱れた様子のない長い黒髪は、世話をやく里人が手を入れているからだろう。
「治癒術の効果は見えず、苦痛を取り除くことしかできませんでした」
澄子の世話を担当していた里女が語る。
巫女の屋敷には、二人の里女が同居していた。その内の一人である。
「解毒は薬液で終わっている。これから回復魔法をかけよう。俺の魔法じゃ、ダメージを受けた細胞を修復するくらいしかできない。体力の回復は、そっちでやってくれ」
「かしこまりました。ありがとうございます」
翔一は、ポケコンのキーボードを操作している。
2行しか表示できない白黒液晶画面に、BASIC言語が入力されていく。
「run リターンっと」
小さなキーボードがパチッと響いた。
「雪菜! お主、今言ったことが誠なら!」
あまりの激昂に言葉を失う里長。その前で、一人の里女が土下座している。
澄子の世話をしていた者の一人だった。
澄子に毒を盛ったのは私であると、自ら明かしたのである。
「雪菜っていうのか、あんた?」
「津神、どうした?」
「いや、いいんだ」
翔一は、戦災孤児時代に生き別れた、浮浪児の少女を思い出していた。
レイプ被害を避けるために、髪を切り男児を装っていた少女。
姉と慕った彼女が生きて入れば、すでに50歳前後だろう。
目の前で土下座する女は、20代半ばである。名前以外の共通点は短髪くらいしかない。
意識を取り戻した澄子は、布団の上に正座をしていた。雪菜をかばうように発言する。
「毒は呪いとは違います。致死量でもなかった。時間が経てば体外に排出されていたはずです。里長、客人のお二人も、雪菜姉様を許してください」
「そういうわけにはいかん。雪菜が毒を盛り、お前は意識を失った。そのため、結界の効力が弱まり、怪異を侵入させてしまうことになったのだ」
「里長、分かってるでしょ。すべて、私の責任よ」
朱姫は、雪菜に毒を渡したのは自分であると説明を続けた。
呪術師には、可能な限り里の者を殺さないと約束させていたのだ。
ただ、巫女を拉致できれば良かったのだと。
「巫女を失えば、里の結界も失われる。それでは、我らは生きてゆけなくなるではないか」
「皆で里を出れば良いのです。里を出たいと願っているのは、雪菜だけではない。山窩は、すべて山を去りました。山窩の子を産み、守り育てるためだけの里は、もう必要ないのよ」
「それは、違うぞ、朱姫。山窩の血脈を守るためだけに里はあるのではない。どんな時代でも、生き場を追われた女は存在する。これからも、きっとな。里は、存在せねばならんのだ。お主も、山窩が大和民族とは別の種だと本気で信じた訳ではあるまい」
虐待など、様々な理由で住む場所を失った女たちが集団生活するシェルターを、翔一はいくつか知っていた。
寺や宗教団体が匿っている例も少なくない。
社会保障が充実する涼の時代でも、そういった場所が完全になくなったわけではないだろう。
巫女の里は、古くから、不幸な女たちを匿い、山窩に守られながら存続してきたのだった。
翔一は、生き別れた浮浪児の女児たちが、この里のような場所で守られていることを願った。
自分のように、のほほんと普通に暮らしているかもしれない。余計なお世話だと笑われるかもしれないが。
「里を出たくば、朱姫、お主の母親のように去れば良いのだ。引き留めはするが、無理強いはせん。お主のように、一族の呪縛に囚われることこそ、嘆かわしい事よ」
「OK。だいたいわかった。この里の守護は、冒険者ギルドが引き継ごう。困ってる人間をほっとけないお人がいるんだ。俺に任せてくれ」
「津神、お前さ、また無責任なことを」
「ダメなら、俺が勇者候補にでもなって、里を守ってやるよ。俺、一人でもな」
「はぁ?」
「とりあえず、この里の女は全員、俺の庇護下に置く。悪いけど、里長だけは拝み屋に任せるよ」
「和尚様!」
「拙僧は、すでに嫁も子もいる身で!」
「な!? か、かまいません! とりあえず女にして!」
翔一の言葉を聞いた里長が幹に抱きついていた。
「里を出たい人がいれば、俺に言ってくれ。そっちもなんとかするよ。なーに、景気はいいんだ。選ばなければ仕事はいくらでもある」
土間で窮屈そうに身を寄せ合う里女たちの反応は様々だった。
迷いを表情に出す者も多い。目を輝かせて翔一を見つめる者もいた。
布団に座る澄子の表情は暗い。
「嬢ちゃんも里を出たいかい?」
「わ、私は」
澄子は、言葉を詰まらせる。
「学校とかさ、きっと楽しいぜ」
「私が里を出るわけにはいきません」
「大丈夫さ。冒険者ギルドには、元結界師もいる。嬢ちゃんが、この里に居る必要もないんだ」
「結界師ですって? すでに結界師までも冒険者ギルドに取り込み済みだってこと?」
朱姫は、翔一を睨んでいる。
「日本の呪術師が、ブゥードゥー呪術を使えるのは何故だと思う?」
「ゾンビも、忌々しいギルドシステムの成果と言いたいのね」
幹が口を挟む。
「ただの反魂の術なら、感染したりしないか。おそらく、他流の術との併用」
「ブゥードゥーのゾンビは、調教できるような存在じゃないはずだ。淫蕩術も含めて、日本の呪術師の異能が海外に流出する前に止めなきゃな。マジで世紀末が来ちまうぜ。その上、退魔師の異能まで、闇ギルドに取り込まれるのを黙って見てるわけにはいかねー」
「冒険者ギルドに靡かない者を、あんた達の都合で『闇』と呼んでいるだけでしょうが」
「朱姫よ。この状況で、まだそれを言うのか? 退魔師が呪術師と組んだ結果がこれだ。我らは、津神様を信じ、冒険者ギルドを頼ろう。他に道はない」
「そ、それは」
「決まったな」
「本当に大丈夫かよ」
「任せろ」
土間の里女たちは、苦笑する幹に対し、自信たっぷりに答える翔一を見つめていた。
「津神様! 幹和尚様! 敵が!」
「津神!」
「そろそろ来る頃だと思ってたぜ」
重低音のリズムが屋敷の屋内にも届き始めた。
屋敷の引き戸を開けた幹は、ミラーボールの光に目を細める。
「うるせえ!」
DCブランドの青いスーツに身を固めた男が、ショルダーキーボードを抱えて和音を奏でていた。
腰でリズムを取り、肩パッドで作った逆三角形のシルエットが揺れている。
「寒い夜だから、ボディフィールなエグジットで行こうぜ。おじさんたちもさ。ユーキ!」
「テツヤOKよ!」
茶髪ボディコン女・ユーキが叫ぶと、4体の豚鼻の魔物が現れた。
大きな歩幅で横に動いて踊る魔物たち。流行りのスーツを着込んでいる。
「オークが踊るのかよ。新しいな」パンパンパンパン!
翔一は銃を抜いて、左から順にオークを撃っていく。
撃たれたオークたちは、傷をおさえうずくまっていた。
「サム!エツ!チハル!コーさん! いきなり銃で撃つなんて!」
「ま、まだ、何もしてないだろ!」
怯えるオークに駆け寄ったチハルが叫び、テツヤが翔一を非難する。
「何しに来たんだよ?! 踊りたいなら他でやれ!」
「関係ないね!」
「ユージさん!」
サングラスをかけたリーゼントの男が、テツヤたちの背後から突然現れた。
左手を胸に当て、右手だけで拳銃を翔一たちに向けている。コルト・ローマン357マグナムだ。
「アンタが津神か? よろしくな。俺は日本で銃弾消費量が一番多い呪術師と呼ばれてるんだぜ」
「呪術使えよ!」
「関係ないね!!」
パン!
ユージと翔一が同時に発砲する。
真鳥の目前で激しく火花が炸裂した。
「なっ?! 俺の銃弾を、撃ち落としたのか?!」
「よくわかったな」
「な、なんで、そんなことができる?!」
「俺の銃の腕が良くわかっただろ? 銃撃戦で俺に勝てると思うなよ」
翔一は『解析』スキルで、ユージの弾道を読みきっていた。
銃口の揺れ、トリガーにかける指の力み、腕にかかる銃の重みから銃弾の種類を導き出し、銃弾の速さを計算する。
それらを元に、二人の射線が重なる位置を解析したのだった。
翔一は、腰につけていたゲームコントローラーを左手で取り出した。
コントローラーは尻に回したウェストポーチ内のポケコンにつながっている。
「ぽち」ドン!
「コーさん!!」
一体のオークの胸部が爆発する。肉が裂け、骨が飛び、青い血が噴出した。
倒れて動かないオークから魔素が噴出していく。
テツヤがオークたちをかばうように、手を広げて間に立った。
「や、やめてくれ」
「邪魔する気がないなら帰れ!」
「わかった。わかったから。ユージさん、あとは頼みます。すみません」
「か、関係ないね!」
テツヤとユーキは、傷ついたオークたちを連れて去っていった。
ミラーボールの光と音楽は、いつの間にか消えている。
翔一に銃を向けられたユージは、銃を捨てて、両手をあげて直立していた。
「お前は、帰らないのか?」
「くっ。関係ないね!」
「拝み屋、そいつを縛ってくれ。金縛りでもいいぞ」
「はいはい」
幹は、ユージに近づいていく。
コルトパイソンの残弾は1。リロードする隙を作るためにも、ユージを拘束させる。
里を守る戦いは長くなると考えている。
MPの総量に恵まれない翔一は、魔法でのトドメもオーク一体におさえておきたかった。
「呪術師って、バカばっかりなの? まぁ、おかげで助かってるけど」
「私も、奴らの実戦を見るのは初めてなの」
「退魔師の異能を、こんな奴らに渡すつもりだったのかよ?」
「いや、えと、その。巫女が目覚めたから、もう呪術は効かないと思ってるのかしら」
遅れて屋敷から出た朱姫は、翔一の問いに言葉を失う。
「呪術師は、まだいるわ。ボスの冴木は油断できない気がする。あとカナメって女も」
「オン キリキリ オン キリキリ オン ぐっ」
ユージは、金縛りの法術をかけている幹を突き飛ばして下がった。
「やっと来やがったぜ」
ドドドッと、何者かが、木々を駆け抜けて近づく音が聞こえてくる。
「ショータイムだ!」




