065 遺された記録
「つ、津神様、お願い。降ろして」
抱える真鳥の重みが増している。全身の力が抜けていた。
見ると瞳孔が開き、唇が紫になっている。頰が赤い。
抱える手に触れる肌が汗ばんでいた。
「ノウマクサマンダ バサラ ダン セン 」
「ストップだ! 拝み屋」
印を組み真言を発しようとした幹を翔一は止めた。
「俺に、任せろ」
翔一は真鳥を降ろす。
だが、彼女は翔一の首に回した腕を離さない。
潤んだ瞳。すがるように顔を翔一の胸に埋め、自分の胸を翔一に押し付けている。
こすりつけるように脚を絡めていた。息が荒い。
「真鳥、どうした? 津神、これは?」
「和尚様!」
「うわっ!?」
突然、白髪の里長が幹に抱きついた。
押し倒された幹。老婆の両手に顔を抑えられ、無理やり口を吸われている。
「うぐ、う。や、やめ」
「なるほど、やはりそういうことか。念の為に、真鳥ちゃんを確保したのは正解だった」
翔一は、ヒップホルスターから拳銃を抜く。コルトパイソン 2.5inch。
親指でハンマーを起こし、右手で構える。
パン
踊る女ゾンビの額に、小さな弾痕が空く。後頭部から抜けた弾が脳症を撒き散らした。
女ゾンビは、その場に崩れ落ちる。
ユーロビートとミラーボールの光は、いつの間にか消えていた。
「オン キリキリ オン キリキリ オン キリウン キャクウン」
隙をついた幹が真言を唱えると、金縛りの法術により里長は静止した。
里長を腕で退けて立ち上がる幹。
「真鳥にも」
「いや、いい。彼女には、巫女の元まで案内してもらわないとな。それと他の里人も気になる。男慣れしていない女が多いんだろ? なら、全員こうなっていてもおかしくない」
「立川流の淫蕩術だと思う」
「へー、そういう流派もあるのか。行為に溺れて前後不覚なったら、ゾンビに襲わせる。で、ボディコンを着せて仲間入りってか」
「どうするんだ? 真鳥がこのままだと」
『真言立川流』、密教と陰陽道に伝わる邪法を極めた呪術流派である。
操るゾンビにボディコンを着せていたのは、男を誘うためだろうか。
バブルの雰囲気を出したいだけなのかもしれない。
樹海を舞台にしてしまったせいで、時代背景の表現に苦労しているのだろう。
身体の奥底から熱を発して絡み付こうとする真鳥。
「本意ではない。ほんとに本意じゃないけどさ、仕方ないわ〜」
翔一は、幹から隠すように背を向けて真鳥を抱きしめた。
唾液をすする音が途絶えると、真鳥はペタリと倒れるように座り込む。
「47秒29。新記録達成だぜ」
「ったく、何が仕方ないわ〜だっての。テク自慢するんじゃねー。術でほだされた女相手に、解析で弱点をついただけだろ」
腰が抜け、女の子座りで動けない真鳥。身につけた忍者装束は乱れていない。
翔一が目を向けると、真鳥は限界まで赤面させて顔をそらした。
「あ、そんな。なんで?」
真鳥から漏れた小便が板間に広がる。力めない彼女には、どうすることもできなかった。
恥辱で、すすり泣いてしまう真鳥。
「大丈夫。俺は気にしないから」
「せ、せ、責任とってほしい、責任とってください!」
「お安い御用だ」
「また、そんなこと言ってら。最低男め。加奈さんに言うぞ、こら」
翔一は、真鳥に背を向けてしゃがみ、「乗れ」と指示を出した。
「汚れてしまいます」
「気にしないって言ってるだろ」
真鳥と里長から淫蕩の術は解けていた。
だが、解呪したところで、火のついた身体が、すぐにおさまるわけではない。
翔一と幹に淫蕩の術の影響はわずかだ。
このタイプの呪法は、異性に免疫のない者ほど影響が出やすかった。
古来から立川流では、この術を使って拉致した少女や尼僧を操ったのだ。
「おい、拝み屋。お前、おっきくなってるぞ。婆さんの魅力にやられたか?」
「く、不覚。お前だって、人のこと言えないだろ」
「俺は、真鳥ちゃんだぜ。これくらい当然だろ。都内でも、こんなベッピンはそういない」
「や、やめてください」
真鳥は、翔一の言葉に再び赤面する。そして、その背に顔を埋めるようにしがみついた。
「やれやれ」
幹が嘆息しながら呟いた。
里内には、小屋のような屋敷が点在していた。それぞれの屋敷には、柵のない小さな畑がある。
土を踏みしめて出来た小道の脇には、栗や柿、イチジク、ビワの木が植えられていた。
真鳥を背負った翔一が小道を歩いていると、前方に揺らめく女の影。
パン
「津神様! 何を?!」
「残念だが、もう手遅れだ」
翔一が撃ったのは、モンペを履いた女性だった。頭部を撃ち抜かれ倒れている。
上半身は何もつけていない。首には、肉を噛みちぎられた傷があった。
「そ、それでも」
「真鳥、津神には分かるんだ。お前の気持ちは分かるが、彼女はもう手遅れだった」
「真鳥ちゃん、ごめんな。のんびり誰何してる場合じゃないんだよ」
「はい」
「津神、急いだ方が良さそうだ」
「あぁ」
真鳥は唇を噛み締めている。握りしめた拳で翔一の背を小さく叩いた。
20戸ほどの小さな屋敷には、それぞれ3〜4名ほどの女性が共同生活をしていた。
里で産まれた山窩の子孫がほとんどだが、中には樹海で行き倒れた女もいる。
死に場所を求め彷徨い、行き場を失った彼女たちを里が保護してきたのだろう。
一軒の屋敷に入る。
板間では、二人の女性が全裸で絡み合っていた。
土間には、ワンレンゾンビと、それにのしかかられ噛み付かれている女が一人。
翔一は、ためらいなく土間のゾンビと女を撃った。
「奥の二人は無事だ」
「どうする? 金縛りをかけてもいいんだが」
「放っておくとゾンビに襲われるかもな。だが、連れていく余裕はない」
「助けてあげて。お願い。お願いします」
真鳥の懇願を、幹は無視して屋敷から去ろうとした。
背負っていた真鳥を降ろして立たせる翔一。
「おい、何を? まさか」
「仕方ないだろ。ほんと困るよなー。あー、参った参った」
絡み合う二人の女の元に、翔一は進んだ。
「腰が抜けているだけだ。金縛りよりはマシだろ」
「里長にもしてやれよ」
「うん。まぁ、余裕があったら最後にな」
翔一は、再び真鳥を背負っていた。
その頰には、真鳥に叩かれた手の形が残っている。
最短記録更新を続けながら、屋敷を周って女たちを淫蕩術から解放していく翔一。
頰の傷は、嫉妬した真鳥に付けられた物だった。
翔一は、すぐに口を防いで真鳥を黙らせている。
おかげで、いつまでも真鳥を背負わなければならなかった。
「こんな気持ち、初めてです。自分がわからない。こんなことしてる場合じゃないのに」
「いいさ。おかげで真鳥ちゃんのお尻をずっと触っていられる」
翔一は、左手だけで真鳥を抱えていた。
右手には銃が握られている。
「小さい子供もいるんだな。それに、男の子も」
「はい。出稼ぎに出る者が外で作った子供と、樹海で拾われた女が産んだ子供です」
淫蕩の術の効き目が強すぎるのか、幼い子供たちは失神して倒れていた。
幸いにも子供たちにゾンビ被害の犠牲者はいなかった。
術から解放した女たちが動けるようになれば、一緒に逃げ出すだろう。
子供が無事だったのは、ワンレンゾンビに、わずかな心が残っていたからだと翔一は考えている。
「巫女様も、元は樹海に捨てられていた赤子でした」
「巫女さまってのは、何歳なんだ?」
「17です」
「うーん。ギリギリ許容範囲だな。イテテッ!」
翔一の背中を指でつねる真鳥。
小刀を抜いて、翔一の首にあてた。
「巫女様に、巫女様だけには、手を出すのは許しません! あなたを殺して、私も死にます」
「心配はいらない。巫女さまの屋敷ってのはアッチだろ? 屋敷の周辺一帯は、呪術が無効化されている。分かるだろ? 拝み屋?」
「あぁ。今、俺たちがいる場所に、瘴気も邪気も漂っていない。急ごう」
「なら、降ろしてください。私も戦います」
果樹林を抜けた視界の先に、巫女のいる屋敷があった。造りは他の小屋と変わらない。
見ると、屋敷の前で、ゾンビたちと戦う数人の女が見えた。
屋敷に向かって、100mほどの距離を、幹と真鳥は走っていく。
翔一は、時折ふらつく真鳥の尻を眺めながら、ウエストポーチに手を突っ込んだ。
取り出したのは、電卓のようなポケットコンピュータ、ポケコンより大きいモデム、太さが子指ほどもあるケーブル、単4電池の入ったBOX、そして魔改造ポケベルであった。
「うーん。めんどくさい。『解析』が常時発動型スキルで助かってるけど、疲れるんだよね。天然スキルとか天然魔法、どうにかして手に入れられないかなぁ。今度会ったら、ボスに頼んでみよう。あの人、無理を言うと、すぐに逃げるんだよなぁ」
翔一は、その場にしゃがんで、カチャカチャと機器の接続を始めるのであった。
そんなつもりじゃなかったんだけど、翔一さんが楽しいので続いてしまうのでした。




