062 退魔師
「エルはこっち!」
亜美の声が聞こえる。エルは戸惑いを顔に出していた。
「いいよ。あっちに乗りな」
俺はフェリーから軽自動車を降ろしたばかりだ。徒歩で先に降りていたエル、アンヌ、JKZ。
軽自動車に乗ろうとしたエルに、亜美がアンヌの1BOXワゴンへの同乗を呼びかけたのだ。
「いいの?」
同乗を求められたのは嬉しいはずだ、と俺は思う。
目を泳がせるエルを見て、大きく頷いてやる。
エルは一度も振り返らずに走って行った。
スライドドアの前で、埜乃に頭を撫でられ、エルは笑顔でワゴンに乗車した。
まだまだ表情は固いけど、エルも表情豊かになってきているよなぁ。
ちょっと淋しい。
むしろ、俺も一緒にそっち乗りたいよ。
楽しそうだよね。
「車が2台あった方が便利だ」とアンヌに言われ、俺も軽自動車を持ち込んでいた。
エルを乗せて下田まで行き、そこでフェリーに乗船させている。
船の中で、JKZとアンヌに構ってもらい、エルはすっかり懐いてしまった。
『俺がいるじゃん。淋しがるなよ。妹を嫁に出した気分になるのは、まだ早いぞ』
「お前がいてもな」
「大丈夫。僕もいますよ。お兄ちゃん」
アシモが、助手席のドアを開けて、いきなり乗り込んできた。
「誰が、お前のお兄ちゃんやねん。どつくぞ」
「まぁまぁ。生涼さんの声が聞こえましてね。あなたが淋しがってるって」
驚いたことに、アシモには生涼の声が聞こえていた。姿も、ぼんやりとだが識別できている。
こいつには、生まれつきの霊能力があるのだ。
エルの「死に戻り」と同様の天然スキルである。
アシモは、その能力を使って羽田空港事件の際に活躍をしていたらしい。
こいつに見覚えがあったのは、最後のゴブリン戦で後方支援をしている姿を見ていたからだった。
「晶さんは、どうしたんだよ?」
「晶ちゃんなら、ほら」
アシモの指差す方向を見ると、オフロードバイクにまたがった甘美晶がいた。
車高を下げているのか、片足をついて停車できている。
運転席のアンヌと手振りを交えて、何やら語っていた。
「晶ちゃんが、ギルドの用意した宿まで先導するそうです」
「へぇ。お前は、バイクの後ろに乗せてもらえないの?」
「それを期待して、今回は参加したんですけどね。晶ちゃんに密着してバイクに乗れると思ったのに。なんで、こんなチンケな車に乗らなきゃいけないのか。しかも、おっさんと」
俺は黙ってアシモの頭を殴った。
「イッテェ! 殴りましたね! ギルドに密告してやる! それが嫌なら、乗せってってください。お願いします。罰として。それで許す!」
「降りろ! アホ!」
『おい。ちょっと、待て。なんだ、あれ?』
俺が、アシモを足蹴にして車内から追い出そうとしていると、生涼が岸壁の縁を指差している。
「ん? なんも見えないけど?」
『よく見てみろ』
「ん? え?」
目を凝らしても、見ることはできなかった。だが、背筋の産毛が逆立ってくる。
「大丈夫です。生涼さんみたいに、力の強い者がいれば、絶対に近づいてきませんから」
「え?」
「晶ちゃーん! 妖がいる! お願い!」
アシモに呼ばれた晶が、バイクから降りて近づいてきた。
「アシモ君、妖はどこ?」
「ほら、あれ。わかる?」
晶は、印を組んだ指の間から、アシモが指した方向を見る。
「なんとなく。暗くなっている場所くらいなら」
晶は、少し悔しそうに言った。
「手を出して」
「う、うん」
車から降りたアシモが、晶の手を取った。
アシモは晶の手のひらを両手で握る。そして、そのまま揉みしだきはじめた。
ひきつる晶の顔。目が血走るアシモ。
まるで、キャバ嬢の手で遊ぶ中年オヤジのようだ。
「あ、アシモ君、本当にそんな風にしなきゃダメなの?」
「晶ちゃんの場合は、念入りにしないと。本当はもっといろんな場所から、力を分けたいくらいだよ」
「そ、そう。そうだよね。でも、て、手だけにして。。。」
アシモの目は真剣だ。だが、鼻の下は伸びている。
「あ、見えたわ」
「うん」
「アシモ君、妖が見えたから、手を離して」
「うん」
「アシモ君、もう大丈夫」
「うん」
「お願いだから、手を離して」
「うん」
「離せって言ってるだろ!」バキッ!
軽自動車を飛び越えて現れた埜乃が、着地と同時にアシモのケツを蹴り飛ばした。
「美墨さん、下がってください」
「わ、わ、わかった。甘美さん、気をつけて!」
「ぐえっ!」
突き出して倒れているアシモのケツを足場に、宙へと舞った埜乃。
スキル「天歩」で、再び軽自動車を飛び越え、俺がいる運転席のドアの側に着地した。
「ツガミンには見えないの? お化け」
「え、あ、あぁ。スキルの生霊とは、ちょっと違うみたいでさ。埜乃には見えるのか?」
「見えるわけないじゃん。そんなの見えたら怖くて死んじゃうよ」
晶がどこからか出した紙片をスマホの画面にかぶせた。
スマホが短く振動する。
同時に、しおりサイズの紙片に書かれた太極図が発光した。
「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女」
右手指二本の手刀で宙を斬る晶。
「六根清浄急急如律令!」
スマホの上から、岸壁に向かって射出される紙片。
紙片は、突然、空中でガスコンロに火が灯るような音を発した。そのまま灰塵になり霧散する。
『おお、すげーな』
「もう大丈夫のはずです。清めができないので、消滅したわけではないですが。。。」
晶が、自信なさげに呟く。
「心配ないよ。晶ちゃん。復活するとしても千年はかかるでしょ」
「はい。。。」
アシモの励ましに小さく応えてバイクに戻っていく晶。
アシモは当然のような顔をして助手席に、再び乗り込んだ。
「ねーねー。さっきのはどんなお化けだったの?」
ビビってたくせに好奇心はあるのか? 埜乃がアシモに聞く。
「タコだね。2mくらいのタコが妖になったみたい」
『異世界じゃ、悪霊はレイスやスケルトンになっちまうんだ。あんな化け物はいなかったな』
先導する晶のバイクに、アンヌのワゴン、俺の軽自動車と続いて、新島港から出発した。
結局、俺はアシムを乗せていくことになる。
「こっちにも、ダンジョンには、そういうのいるらしいですよ」
「そんなことよりさ。あんなのが、そこら中にいるのか?」
「そんなわけないじゃないですか? それに、普通は、こんな白昼堂々と出てこないです」
時刻は、まだ昼の1時にもなっていない。腹減ったな。
「黒潮の蛇行の影響で、この周辺に魔素溜まりができています。その影響と、その。。。」
「その?」
「あーいうのは、見える者の元に寄り集まってくるんですよ。埜乃ちゃんたちには、内緒にしてくださいよね。怖がられたくないから」
「見える者って、アシモみたいな?」
「そう。ボクみたいな」
アシモは、幼い頃から霊や妖にまとわりつかれ、何度も危険な目にあったことを話してくれた。
その正体は、強い残留思念などが、周囲の魔素の影響を受けて半魔物化したモノが大半であるとも。
通常、物の怪の類は、生きている人間に直接的に被害を及ぼすことは少ない。
心身ともに健康な人間には、物の怪の力は通じないのだ。一部強力なモノを除いて。
一般的には、その場所に居着き、運気を下げたり、事故を増やしたり、鬱などの症状を重くしたりといった原因になることが多い。
それでも、認識できる人間に対してだけは、救いを求めたり、強い敵意を持ったりするようで、何かとチョッカイをかけてくるらしい。
アシモは、中学生の時に、力の強い物の怪にまとわりつかれる。
家族や友人への被害まで大きくなり、周囲から忌子と呼ばれてしまうまでになった。
それを、元・対魔師の冒険者・肘木によって救われ、保護されることになったのだと、俺に教えてくれた。
「プロの対魔師でも、ボクほど認識できる人は、ほとんどいません。冒険者になれば、スキルを取得して自分で退治できるようになりますし、『知覚強化』で認識能力の制御もできるようになるって、肘木さんが言ってました」
「そっか。大変だったんだな。で、スキルの取得はしたのか?」
「今の所、『知覚強化(小)』だけです。まずはCランクに上げろって、肘木さんが」
「『知覚強化』かぁ。まずは制御する方向なんだな。退治とか考えないの?」
「そっちは、晶ちゃんに頼ります。同じ学校なのも、そういう理由ですから」
正直に言って、『知覚強化』にあまり良い印象のない俺だった。
「つ、津神さん、あれ!!」
「ん?」
『おおっ! 混浴露天風呂だと!』
「なに!! 生涼!偵察を!」
『ふん! 任せとけ!』
港を出たすぐの場所に、偉大な施設が存在した。
生涼が車体を通り抜けて、露天風呂へと飛んでいく。
「侮れんな、新島」
「ええ。ガチで」
『んー』
生涼が戻ってくる。
「なんだよ?」
『全員、水着を着てた』
「なるほど。ですが、かえって若い女性の利用者が期待できますね」
「あー、まぁ、そうかもしれないけどさ」
「晶ちゃんの競泳水着、埜乃ちゃんのスク水、桃花さんのビキニ、アンヌさんのハイレグ!」
「『おおっ!!』」
良い旅になりそうである。来て良かった。
「いずれ、ボクは『知覚強化』シリーズで男のロマンを叶えるつもりです。その時には!」
アシモは、どっかで聞いたようなことを言っていた。
そんなこと言ってると、ゴジモンの餌にされちゃうよ。
晶の先導で、俺たちはペンションに到着した。
そこは、元・退魔師の冒険者・雀来の経営する食堂を兼ねた宿泊施設である。




