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061 少年よ

俺は今、新島に向かうフェリーの甲板にいる。

港では鼻に着いた濃密な潮の匂いも、沖に出てからは不快さを感じなくなっている。

照りつける日差しに焼かれる肌を、海風が湿らせていた。


「お兄ちゃん、エル借りるね」


亜美がエルの手を引いて俺に言った。

エルは、戸惑いを顔に浮かべて足を止める。


「亜美も涼の妹なのか?」


「そうだよー」


そうらしいです。


エルは、複雑な表情で俺と亜美の顔を見比べる。

そして、一瞬強い決意を瞳に宿らせてから亜美について行った。


うーん。なんか、大きな勘違いをさせてしまった気がする。

『JKZにも、自分と同じように複雑な事情があると思ったのかもな?』

婆ちゃんに、他人の余計な詮索はするなって言い聞かされてるからね。

エルは心の中で納得することにしたんだろう。



エルの手を引いた亜美は、桃花や埜乃と合流した。

彼女たちの中心にいる背の高い女性はアンヌだ。


アンヌは自衛隊を辞めてから伸ばした髪を、後ろでゆるく縛っている。

髪色は暗めのブラウンに染めていた。リオと違って上品である。

身体にピタっと張り付いたノースリーブのカットソーが、胸の膨らみを立体的に描いている。

長い美脚をヒラヒラのロングスカートに包んでいた。

風によって押し付けられたスカートが、惜しみなく美尻の形状を露わにする。


アンヌの鍛えられた長身と大人の魅力に圧倒されたのか、JKZはすぐに懐いてしまった。

JKZは、アンヌと初対面のはずだ。

カッコいい大人の女の魅力は、少女たちにも伝わったようである。


「おねーさま」


亜美が、そう言い出すまで、時間はかからなかった。



孔雀院地下闘技場でアンヌの頼みを断れなかった俺は、一緒に新島へと向かうことになった。


ポーション精製のために必要な薬草採取に向かっているのだ。

新島に生えるサクユリの百合根が、ポーションの材料になるのである。


さらに、現在、新島ではカニのモンスターの大量発生が予測されていた。

モンスター「俠人虫」。

海底の魔素溜まりの影響を受けて異常成長した半魔物のモンスターである。


半魔物とはいえ、その脅威はゴブリンやオーガなどの魔物と遜色はない。


そもそも、ゴブリンは野生の肉食動物には勝てない。

アフリカの冒険者ギルドには、オーガが野生のライオンの群れに捕食された記録があった。

その後、オーガの魔素を吸収して半魔物化したライオンの方が、オーガより脅威認定度が高かったらしい。


『全部、北条のうけうりだけどな』


まぁでも、日本にもヒグマとか、オオスズメバチとか、危険な生物はいるからね。

バケガニ退治は、先を考えれば良い経験になると思うんだよ。



今回、アンヌと大人の男女二人旅のはずであった。

美杉と北条は、多忙で同行できないためである。


俺には愛梨という愛しい恋人がいるので、決して浮気はできない。

しかしだ。あの愛梨である。

困っている女性を1人放置するような真似を許してくれるだろうか?

断じて言う。許してくれるわけがない。絶対だ!


ということで、俺はアンヌに同行することにしたのだった。


『くくっ、まさかガキどもまで一緒に来ることになるとはな』


そうなのである。


闘技場から帰った俺は、家庭教師・亜美にウカツにも今回のことを話してしまった。

亜美にエルを任せて、新島へとアンヌと二人で行こうと俺は考えていたのだ。


「新島? いいなぁ。いいなぁ。エルも行きたいよね?」


問われると、海水浴の経験がないことをエルは亜美に伝えた。

それを聞いた亜美は、すぐに桃花と埜乃に連絡をとり、JKZの新島行きをまとめてしまう。


「お、おい。桃花は受験勉強があるだろ?」

「一週間くらいなら行けるって言ってたよ。たまには息抜きしないとね」


ということで、JKZは正式にクエストを受注して、新島行きを決めたのであった。

俺とアンヌの二人旅を反対していた美杉は、JKZの参加に安心したようである。

だが、北条は違う。


「JKZに何かあれば、御室さんと同じ目に会うと考えて置くように」


地下駐車場での戦いの後、御室は拘束されレインボーブリッジから吊り下げられている。

どうやら、ゴジモンをおびき寄せる餌にされているらしい。

ゴジモンは、あんな変態くさい男を好んで喰ったりしないだろう。たぶん。

ゴジモンが本当にイカを喰うのかは俺は知らない。木野にあったら聞いてみよう。


ちなみにゴジモンのことは、まだ誰にも説明していない。

木野の危険人物度が上がっちゃうからね。


エルには、旅に出る直前に俺が与えたスマホに冒険者ギルドアプリをインストールさせていた。

木野と共に真イスラム国を壊滅させた少女戦士は、Hランク冒険者になったのである。

俺とパーティーを組む設定を行ったので、俺と一緒なら俠人虫クエストの受注も可能だ。

エルには、薬草採取を手伝わせるだけにしようと思っている。




女性陣5人は、2階上部デッキへと移動して、手すりを掴み和やかに会話をしている。


俺がいる1階デッキから見上げると、手すりに食い込んだ埜乃の短パン尻が見えていた。

埜乃の隣で、桃花のロングスカートが風に舞う。

桃花がスカートを抑えると、順を追うようにアンヌのスカートがめくれあがった。


「「『おしい!』」」


思わず声を上げてしまう俺と生涼。ん? 1人分声が多かったような?

側を見ると、しゃがみこんで食い入るように女性陣を見つめる1人の少年がいた。


「こらこら少年。あそこにいる女は全部俺のモノだ。タダで見てんじゃねー」


思わず本音が出てしまう俺。少し強めの語気になってしまった。


「ちっ」


「おいこら。お前、今、ちって言ったな? ちって!」


「噂通り、女性ばかり連れ歩いてるんですね」


「え? 噂?」


「知ってますよ。あなた、津神さんでしょ。女たらしで有名な」


前髪が揃った黒髪の少年。どこかで見覚えがあるような。


「この船に乗っているということは、あなたも俠人虫のスタンピード撃退クエストに参加するんでしょう? ふっ、あんな女子供と一緒になんて。モンスターを舐めているとしか思えませんね。うらやましい」


「うらやましいが本音か? 少年」


「ふんっ! その呼び方はやめてください! 子供扱いするな!」


少年は中学生くらいだろうか?

幼げな丸顔は、見ようによっては小学生くらいにも見える。


俺は、どこで彼を見たのか思い出せない。しばらく記憶を探ってみる。


その時、再び強い風が吹いた。


「きゃ」

「「『はっ!!』」」


桃花はピンク、アンヌは黒だった。


『くそっ。やっぱり俺にはモザイクがかかってやがる!』


生涼にはギルドの規制がかかっている。冒険者のパンツを生で見れないのだ。

そんなことを一人納得していると、二階デッキにいる亜美と目があった。

桃花はスカートを押さえて、赤面した頰を膨らませている。かわいい。


「お兄ちゃん! そこから覗いてたでしょ!」


亜美は、やはり賢い。風の強い場所にスカートは履いてこなかった。

こう綴るとスカート無しのパンツ丸見えみたいだが、実際はハーフパンツを履いている。


「ちょっと待て。俺はずっとココにいたじゃん!」


「あ、アシモだ」


埜乃が少年を指して言った。

少年は、鼻の下を伸ばしたまま目を泳がしている。


「ふーん。むっつりアシモが一緒にいるということは、やっぱりそういうことだね」


「え? 亜美さん、何を言ってるの?」


「アンヌおねーさま。やっちゃってください。あの二人」


「あら? いいの、亜美ちゃん? じゃあ。ピクシーお願いね。殺しちゃダメよ」


亜美が頷くと、アンヌの背後から光の鱗粉を引き連れてピクシーが舞い上がる。

即応ステが高い俺には、ピクシーが飛ぶ軌跡が見て取れている。

ピクシーは瞬時に俺とアシモの頭上へと移動した。


やっぱりこうなるのか。


「「あばばばばばばばばばっ!!」」


ピクシーから迸る雷撃に襲われた俺は、気づくと膝立ちになっていた。

デッキの床に手をついてうなだれる。

隣のアシモからは煙が漂ってきていた。


アシモは仰向けに倒れ白目をむいて痙攣している。

彼のダメージが俺より多かったのは、魔法耐久の数値の差なのだろう。


『いや、こいつが電極を余計に勃たせてたからじゃね』


少年アシモの股間から煙が上がっていた。




俺は、武士の情けでアシモの股間を隠してやる。と言っても、仰向けを横にしただけだ。

アシモに回復魔法をかけていると、船室から現れた少女が歩み寄ってきた。


「アシモ君が、ご迷惑をおかけしました」


「え? えっと、何も聞かないのに、いきなりコイツが悪いってわかるの?」


「ええ。アシモ君ですから」


普段の行いが、こういう時にモノを言うのである。気をつけよう。


「遅れました。私は甘美 晶です。よろしくお願いします」


「つ、津神涼です。よろしく」


あらためて少女を見る。


晶は、プニッとした頰が可愛い、幼げな美少女である。

タレ気味の大きな瞳の奥に強い意思を秘めていた。

身長は、埜乃と同じくらいだろうか。

ゆったりとした服装で身体のラインは隠されている。脚も長いズボンで隠されていた。


だが、俺には分かる。


胸の膨らみは埜乃より、ワンサイズ大きいだろう。これは、典型的なロリ巨乳である。


「こらこら。ツガミン。なに、甘美さんに見とれてるんだって。このロリコン」


埜乃が失礼な言葉を投げかけてきた。

いつのまにか2階デッキから降りてきていた女性陣。


「あ、美墨さん! では、JKZの皆さんも俠人虫のクエストに?」

「甘味さんが参加するってことは、肘木さん、猪木さんたちも?」

「はい。先行した雀来さんが怪我をしたようなんです」


「マジで? 大丈夫なの? それじゃ、元・退魔師パーティーは全員参加かぁ」

「はい。鯖家さんは、別のクエストの傷で療養中ですが」


埜乃に続いて桃花も発言する。


「雀来さんの怪我ってどのくらいの?」

「今は、猪木さんが診ています。雀来さんのお弟子さんもいますから、ご安心ください」


会話についていけない俺に、亜美が説明をしてくれる。

一般冒険者事情に乏しいアンヌも、俺のそばで話を聞くようだ。


「甘美さんはCランク冒険者だよ。埜乃と同じ学校に通っている同級生。彼女は、葛飾区にある元・退魔師ギルドのメンバーですね」


「退魔師ギルドって?」

「それなら知ってますわ。奈良吉野に本部を置く対魔師ギルドと、恐山が本部の対魔師ギルドが壊滅寸前になるまで抗争を続けたのよね? その後、抗争を止めた冒険者ギルドに吸収されたって聞いたわ」


「ええ。さすが、おねーさまです。葛飾には、元退魔師たちが過去の諍いを捨てて集まっています。退魔師には経験豊富な者が弟子を育てる慣習があって、冒険者になってからも続いているのです。甘美さんは、Bランク冒険者・猪木さんのお弟子さんですね」


亜美はアンヌにだけ向けて説明を続けた。

晶は埜乃と何やら話し込んでいる。

桃花は、アイスクリームで汚れたエルの口元をハンカチで拭いていた。


「なぁ。亜美さんや。こいつは?」


俺は、倒れたまま放置されているアシモを指差した。


「あぁ。それ? それはアシモ。それも埜乃の同級生だよ。Dランク冒険者だった気がする」


亜美は興味なさげにアシモの説明をあっさり終える。そのままアンヌと話し続けた。


『おい。こいつ、こそこそ動いてるぞ』


ん? よく見るとアシモは芋虫のように床を這っていた。

目があった俺に向けて、指を当てた唇を見せる。黙っていてほしいらしい。

彼の動く方向では、桃花のスカートが風で揺れていた。

瞳に強い意志を込め、傷ついた身体で、少しずつ進むアシモ。


『少年は、いい目をしてるな』


そうか?


その時、桃花のスカートの裾が大きく風に流される。


体を伸ばして目を見開いたアシモ。


突然、その顔に液体がドボドボと振りかけられた。


「アシモ君。海に捨てるわよ」


晶が手に持っていた小瓶から液体をアシモに振りかけていた。


「目が目がぁぁ。目がしみる!」


目を押さえて身悶えるアシモ。


「あ、それ、奈良支部名産の回復薬ね!? すごい。初めて見るわ!」


ピンク色を一瞬だけチラつかせた桃花が晶の元に駆け寄る。


「ええ。猪木さんのご実家が製造元ですから」


奈良支部名産の回復薬。アンヌが目を光らせて、晶を見つめていた。




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