031 ダンジョン2層
「距離60m、右前方の横穴からゴブリン6体。1体は弓装備。敵先頭、射線出現まで、3、2、」
「待て。ゴブリン6体すべてが穴から出るのを待つ」
地下鉄トンネルを抜けて、俺と自衛隊員たちが辿り着いたダンジョンの2層目は、完全な暗闇だった。
「北斗、冬馬、お前らの6名で一斉射撃。春野はバックアップ。視界問題ないな? 今だ。撃て!」
パパンッ パン
『見事なもんだぜ。全部ヘッドショット一発だ。ほとんど同時に撃ってるから発砲音も少なく聞こえるんだな』
「生涼さん、確認は部下にやらせます。これも経験ですから」
「生涼さん、完全なステルスだもんなぁ」
「横、失礼しまーす」
『おう!まぁ頑張ってよ』
「へへっ。異世界の話、早く聞きたいなぁ」
異世界で鍛えられた生涼はハンパないレベルで夜目が効く。生霊召喚のスキルレベルが上がり、俺から離れられる距離も大きく伸びていた。
だが、驚くべきは自衛隊員たちの方だ。彼らは暗視ゴーグルを着用していない。無線機も利用していなかった。
自衛隊最強の特戦群24名は、なんと全員が知覚強化スキルの使い手だった。
「御室の価値って。。。終わったの?」
『まぁ、一般冒険者には、ほとんどいないからさ。そう言ってやるなよ』
早田隊長の「知覚強化(大)」の力は、御室が憧れたようなものではない。非常に残念だ。まさにザマアミロである。
「知覚強化(大)」は、ギルドアプリでパーティー登録されたメンバー全員に知覚強化スキルの恩恵を授けることが可能という強力なモノだった。
知覚強化スキルを持たない俺も「知覚強化(小)」が一時的に利用できるようになっている。
「知覚強化(小)」を全メンバーが元から持っている特戦群隊員たちは、スキルランクが上がり「知覚強化(中)」を使えている。
ダンジョン2層目の暗闇の中でも、スキルの力で全員が視界に困ることはない。通信機を使わず、つぶやくような小声で会話も可能だ。
銃声はサプレッサーで音域も狭くなっているため、アプリで詳細設定のできる隊員たちには、エアガン以下の音量に聞こえているのだという。
まぁ、「知覚強化(小)」しか使えない俺には、かなりウルサイんだけどね。
サバゲー程度の知識しかない俺でも、この部隊の有用性の高さに驚くしかない。
冒険者で構成した部隊が他国にないのだとしたら、この人たちは世界最強の特殊部隊なんじゃないだろうか。たぶん。
そして、当然のように生涼に声をかけてくる隊員たち。「知覚強化(中)」のシックスセンスで、彼らには生涼が見えている。会話も可能だ。
自衛隊員らしくない、くだけた気安い態度の隊員たち。敵地潜入などで民間人と接する必要から身に付けた所作なのだろう。
髪を伸ばすのも、軍人であることを気取られないためだ。
お前は、ずいぶん機嫌が良さそうだな。そんなにみんなに認識してもらえるのが嬉しいか?
『お前に、恥ずかしい恥ずかしいって言われ続けた寂しさから、やっと解放された気分だぜ』
俺と生涼の会話に距離は関係ない。それと同じような状況が、この場の全員にあるのだ。
生涼は嬉しいのだろうが、人見知りの俺には多少だが逃げ出したくなる環境だった。
『いつまで子供みたいなこと言ってんだよ』
いや、そーいうことを言うなって、みんなに聞こえてるじゃん!やめてー!
『母親を友達に見られて恥ずかしがる男子小学生か!』
いや、マジで、そんなんじゃねーから、てめーまじフザケンナヨ!もうおウチ帰ろーよー。
「ぷっ。ふふふっ」
アンヌ隊員が、こちらを見て吹き出すように笑っていた。早田隊長が護衛として俺につけてくれた3人のうちの1人だ。
特戦群の紅一点である。ハーフで綺麗なお姉さんだ。年齢は少し上、身長は俺と同じくらいかな。
「えと、俺の心の会話も、もしかして聞こえてます?」
「いいえ、まさか。生涼さんの声と、あなたの表情でなんとなく。ぷっ」
『こいつ、二層目に降りるのを渋ってたくせに、アンヌさんを見て行く気になったんですよ。たく、愛梨に言いつけてやる』
「な、なに、なに言ってんの? お前、バーカ、バーカ」
「あら、彼女さんいらっしゃるの?」
「え? えと、まぁ。その一応」
『あれ? 彼女なんだっけ?』
「ちょ、てめ。バーカ、バーカ。死ね、アホ、ボケ!」
マジでおウチ帰りたい。生涼、マジで死ねばいいのに。
「あら、ホーンラビットが隠れてる」
凸凹とした壁の隙間奥に手を入れてホーンラビットをつかみ出すアンヌ。
ツノを掴まれぶら下がる角兎は、最初こそ暴れていたがすぐに大人しくなった。
ツノ以外はまんま兎である。少し大きいが、わりと可愛いかもしれない。
「危なくないんですか? でも、ちょっと可愛いですよね」
『俺、こいつ、向こうで飼ってたんだよ。けっこう懐くんだぜ』
「この階層が未成熟だから、魔物も衰弱してるわ。もう少し魔力が濃くなれば、この子たちも生きやすいんでしょうね」
そう言ってから、アンヌは気だるそうに、無抵抗の角兎の首をひねった。ポキって。
「『。。。』」
「ほら、夕食の一品が増えましたよ」
肉食クール系女子に恐れをなした生涼は、男性隊員たちの元に移動して行った。
ダンジョン二層目の壁は洞窟のようだが、壁はモルタルを吹きつけたように硬い。
ナメクジ型魔物が壁を這い、なすりつけた粘液が乾いて硬質化するためだ。
硬質化した粘液の上に生える苔と、ナメクジは角兎の餌となるらしい。そして、ゴブリンはナメクジと角兎を餌としていた。
苔は成長すると光を放つようになる。そのためヒカリゴケと呼ばれている。
苔が成長しきる前に、角兎が食い尽くしてしまうため、このダンジョン2層は暗いのだそうだ。
ナメクジは魔力だけを餌にしている。ナメクジの粘液が硬質化を維持するにも、苔が育つにも、下層から流れてくる魔力が必要だ。
魔力量が乏しいダンジョンの上層は、生態系の維持もギリギリの状態になってしまう。
下層の厳しい競争に戻るか、現状の貧困を受け入れるか、一か八かの掛けで上層に出る、この層のゴブリンや角兎はこの三択を選んで生きているのだ。
しかし、生涼が茶々を入れてこないので、なんか説明が面倒である。リズムが掴めない。
『お前の独り言や妄想に付き合ってる暇は、今の俺にはないからね!』
生涼は男性隊員たちと、異世界の話で盛り上がっていた。またハーレムの話である。
奴の異世界話は、ほんとかどうか確かめようがない。絶対に話を盛ってるに違いない。
俺と同一人物がそんなにモテるわけがないだろ!このフカシ野郎め!
両手で女の尻を掴む真似をして腰を振っている生涼。男性隊員のみなさん、無理して付き合って笑う必要ないんですよ!!
ぴー
アンヌが口笛を吹いた。すると数体の魔物が現れる。アンヌが使役するコボルトだ。
1体のコボルトが背負っていたリュックを広げると、アンヌは角兎のミイラを中にしまう。
コボルトはゴブリンと同格と言われているが、おとなしくずっと害は少ない。いたずらが目立つ程度らしい。
ゴブリンより全体的に細身で一回り小さいが、力は逆に強いという。
そのコボルトを同時に12体操るアンヌの召喚魔法のレベルは相当なモノだろう。
今回の探索でコボルトたちは、隊員の荷物運びとして運用されていた。
コボルトの頭を撫でていたアンヌが目線を変える。
「下層へ降りる階段を見つけたようですわ」
先ほど戦闘のあった横穴の奥に、階段状になった3層への入り口が見つかった。
2層は1層の地下鉄と比べても規模は小さかったが、果たして3層目はどうなのか?興味は尽きない。
下層に降りるほど、ダンジョンは規模を大きくしていくらしい。
2層は直径4mほどの洞窟に十数カ所の横穴がある程度でしかなかった。
戦闘もゴブリン相手に6回行われたが、すべて先ほどのように数瞬で終わっている。角兎は戦闘と呼べるレベルにもならなかった。
3層に降りるのは翌日となった。
すでに午後9時30分。遅い時間だが、2層目に入ってから、たったの数時間しか経っていない。
特戦隊員たちは、手早にベースキャンプの用意を終わらせていた。スキル使用を停止して、照明を焚いている。
早田が生涼のために隊員たちのシックスセンスだけをONにしてくれていた。
哨戒、食事の調理を行う班以外は、洞窟の地面に腰を下ろし、思いおもいに休憩を始める。
「酒を飲んでいる人もいますね。いいんですか?」
「一杯だけですよ。あー見えて、こいつらの半数は実戦初体験なんだ。そのままじゃ寝られないヤツも多い」
はりだした岩に腰をかける俺に、隣に座った早田が答えてくれた。
早田はスキットルをくわえて酒をあおっている。早田さん、かっこいいぞ。憧れるぅ。
知覚強化スキルのほとんどの機能をOFFにした早田は、俺に静かに語り始めた。
「なぜ、自分が同行を求められたか気になるかい?」
「そりゃ、まぁ」
「政府から、君の情報を集めろと命令があってね」
「はい? まさか、俺なんか」
早田は、目を一瞬だけ大きく開いてから、笑みをこぼして続けた。
「ふふ。やはり君は理解していないようだ。羽田空港で自分が何をやったか」
「。。。」
「亜空間を利用したテロは、欧州の冒険者総出で何もできなかったんだよ。中本静香たちが強引に解決してしまったようだがな」
「そうですか。。。でも、すげえな、Sランク」
フォックススティールが、どうやって亜空間の爆発物を処理したのか想像もできなかっった。
「幸い、今のところ、死者は出ていない。だが、それも時間の問題だろう」
「かもしれないですね。。。」
「それを、君は簡単に解決したんだよ。実際はどうかは分からん。でも、そう思われている」
「こ、困ったな」
「世界のテロに関わる機関じゃ、日本がどうやって解決したのか気になって仕方ないはずだ」
「に、逃げたいかも。。。それじゃ、向こうの冒険者ギルドも知らないってこと?」
「日本のギルドを通して向こうの冒険者の一部に君の情報は伝わっているようだね。だが、欧州の政府には一切情報は与えられていない」
「。。。」
「あっちは、日本ほど冒険者ギルドとの関係はよくないんだ」
「君は日本政府に目をつけられてる。可能なら冒険者ギルド抜きでも関係を築きたいほどにね」
「それを、俺にバラしちゃっていいんですか?」
「ふふ。まぁ、俺は怒られちゃうよな、きっと。でも、君の信頼を得るには、そうする方がいいと判断した」
「なんというか、すみません。気を使わせて」
「まぁ、アンヌからも、そうしろと言われたのさ。君は簡単なようで難しいってね」
なんだろう、このこそばゆい、綺麗な女性に理解してもらってる感じは。
アンヌさん、もう僕には愛梨がいるんですよ。そ、それでも、いいなら。。。1回だけ。。。ダメ?
やっぱり、あなたにとっては仕事ですか? それがお仕事なら仕方ない。僕は1回だけなら、2回でもいいけど。
「あれ、難しいようで簡単だったかな? ちょろいとかなんとか」
早田さん、もういいです。
『おいっ、涼!こっち来い!妄想はやめて、こっち来い!』
自衛隊レーションと焼いた角兎の食事が一段落つき、宴会の模様に発展しつつある中心から、生涼が俺を呼ぶ。
早田は、俺を見てうなずいてから、行けと無言で促した。
「なんだよ」
『いいから、ここに立て。直立な』
瞳を輝かせて生涼と俺を見る男性隊員たちに、愛想笑いを浮かべながら近づき、生涼の指示通りにしてみた。
生涼は俺にかぶさるように立ってから、開くように身体を離して叫ぶ。
『アジの開き!』
「「「「ぎゃははははは」」」」
「ちょっ、これ、この前、お前がユーチ○ーブで見てたやつか!」
『黙ってろ。次、仰向けで寝ろ』
隊員たちの期待の眼差しに耐えられず、指示に従ってしまう。。。
『幽体離脱!』
「「「「ぎゃははははは」」」」
「まんまじゃねーか!!」
もう、おウチ帰りたい。




